85ページ目 審判の行方
帰って来てからの出来事は大変だった。
意識の無いアリウスと疲弊していたハーヴィンを、コノハ1人で運ぶ事など到底出来ず。結局ウィスがその場に駆けつけるまで2人を介抱していた。
戻った後、回復が早かったハーヴィンとコノハは何があそこで起こっていたのかをユーシとウィスへ報告した。私情を挟まず、ただ事実を伝えた。
ユーシとウィスはそれを、何も言わずに聞いていた。コノハ達の話を深く掘り下げようとはしなかった。
「あそこで、そんな事が起きていたなんてね……」
ユーシは山の方角を見ながら溜息混じりに呟く。
コノハとウィスは既に戻っている。どうもアリウスがまだ目覚めて間もないらしく、心配するコノハを見かねたウィスが提案した為だ。
「旅から帰って来て早々、大変だったみたいだね、ハーヴィン」
「……親父」
「何だい?」
顔を伏せたまま言葉を投げかけるハーヴィン。その声は何処か、不安な色を含んでいた。
「奴は…………アリウスは、どうなる?」
「…………里の皆が言っていた事、気になるのか」
返答は深い吐息だった。
里の住人達のほとんどが、あの黒い瘴気を目の当たりにした。更に山に入った者が、荒らされた森、そして大量のハーピィワイバーンの死骸を発見。今まで大きな事件が起きなかった里は騒然となった。
となれば当然、人々は原因を探し始める。そしてその矛先は、最近村へ訪れたアリウスへ向けられる事となる。
「何もしないように通達は出した。でも、彼らの不安と恐怖は次第に大きくなっている。……恥ずかしい事だけれど、抑えられない人も出てくるだろう」
「……奴があそこまで暴走したきっかけは、俺なんだ」
「ハーヴィンの所為じゃあないだろう」
「いや俺なんだ。大切なものを守るなんて言いながら、俺は彼奴が見つけた大切なものを、奪おうとしていた」
ハーヴィンはコノハから、アリウスの過去を聞いたのだった。これほどまでに事情を知らなかった事を恨めしく思ったことはなかった。
アリウスは自分と同じだった。大切な者を奪われていた。それを知らず、ハーヴィンは彼にまた同じような事をしようとしていた。
自分が同じ事をされたなら、決して許さなかっただろう。決して怒りは収まらなかっただろう。
だが少し前に目覚めたアリウスは、ハーヴィンにこう言ったのだ。
「俺は、自分の心を制御出来なかった。怒りに呑まれてお前を手にかけようとした。……すまなかった、ハーヴィン」
何も返すことが出来なかった自分を恥じた。何も理解していなかった自分を恥じた。
だからこそ伝えなければならない。彼がこの里を去る前に。
「…………親父、少し出かける」
「ん? うん、気をつけて」
「しっかしまぁ、とんと女心が分からねえ奴だなぁ」
ヴァーレカルムは鍛治の道具を並べ、炉に火をつける。まだ日が昇りきっていない早朝から作業が始まる。
だがそこに、コノハの姿もあった。
「身体が治ったらすぐ畑仕事。間違ってはいねえさ。けどよ、そりゃ堅すぎるってもんだぜ」
「良いんです、止めたって聞きませんから。それに今はアリウスも、身体を動かしていたいんですよ」
諦めたような、それでいて少し嬉しそうな、そんな笑顔と言葉で返す。
「ご飯もしっかり食べましたし、無理せず昼には帰ってくるので。……というか、そう約束させました」
「ははぁ……やっぱ嬢ちゃんに杖剣はまだ早かったかぁ?」
「えっ!?」
何故いきなりその話へ転換したのか。そして杖剣は自分に早いとはどういう意味か。二重の想いが短い声として飛び出す。
それを見たヴァーレカルムは誤解を生んだ事に気がついたのか、小さく手を振る。
「あ、いや、素質がないってわけじゃあねぇ。むしろ嬢ちゃんの心がな……なんというか、清らかすぎるってのか? 杖剣と相性が良すぎるから、危ねえっていうか……」
「…………?」
「私が説明させていただきます」
と、背後にはいつのまにかベルクラドが立っていた。
「魔法は魔力腺にて生成された元素魔法がもとになっています。つまり下地になる元素魔法が強力であればあるほど、魔法の効力は大きくなります。ここまではお嬢様もお分かりですね?」
「はい……魔法の種類はあくまできっかけ、種火の様なもの、ですよね?」
「仰る通りでございます。杖剣は基礎となる元素魔法を増幅して、詠唱手順を簡略化する役目を担っています。ですが魔力腺の働きは精神に大きく依存します。平常心にて用いる事が重要なのですが…………お嬢様のようにひたむきで思いやりの強い方では、杖剣が過剰に反応する場合があるのです」
ベルクラドの説明でようやく合点がいった。何故自分が2度も竜へ姿を変えたのか。もっとも、あの奇跡には彼女の存在もあったのだろうが。
「つまり私は、まだ未熟者なんですね……」
「未熟である事は恥ずべき事ではございません。お嬢様はまだ、これからが本番なのですから」
杖剣を握りしめる。もうあの声は聞こえない。しかし温かさはまだ残っている。
「んでベルクラド、おめぇそれ言うために来たのか?」
「そんなわけないでしょう。貴方が頼んでいた鉱物をお持ちしました。精錬済みですので、すぐにご使用いただけますよ」
「本当か!? こいつはありがてぇってな!」
「……もしかして洒落のおつもりで?」
げんなりしたベルクラドを無視し、ヴァーレカルムは浮かれた様子で外へ出ようとする。
「おっと、嬢ちゃん付いてきな」
「え? まさか、私を呼び出したのは……」
「そうよ。嬢ちゃん、あの朴念仁を振り向かせるのに俺が一肌脱いでやる」
朴念仁、とはアリウスの事だろうが、その手段とは何なのだろうか。
コノハが首を傾げていると、ヴァーレカルムは大声でその答えを出した。
「嬢ちゃん、何か彼奴に作ってやんな」
「私が、ですか?」
「おうよ、何でもいいぜ? 俺も手伝ってやる」
少し考え込む。
アリウスが喜ぶもの。最初は小物をプレゼントしようと考えていたが、ふと、あるものが過った。アリウスが今回の事件で失ったもの。
「私…………」
「おう、何だ?」
「私、アリウスに剣を贈りたいです! 私の想い全てを込めた、最高の一振りを!!」
ようやく畑を耕し終えた。
何を植えるのかはウィスと相談してから。アリウスは小さな岩に腰を下ろす。すでにその側ではシャディが寝息を立てている。彼には小枝や小石の掃除を任せていたのだが、いつのまにかサボっていたようだ。
「本当は里の人たちと決める予定だったんだけどな……」
あの世界。自分の精神世界から帰って来ると、気を失ってしまっていた。意識を取り戻した時、アリウスの身体に変化が起こっていた。
黒く変色していた腕は白くなり、覆っていた甲殻は雪の結晶のように姿を変えていた。あの剣もいずこかへ消えてしまい、居場所はもう分からない。
あの山で起きた事件はすぐに里中に知れ渡った。詳細を知る者はアリウス達以外にいないはずだが、こういう場合、余所者が入ってきた事が原因だと人は考える。それは図らずも当たっていたのだが。
もう自分に信用はない。複雑な事情とはいえ、コノハの夢を壊してしまうような事をしてしまった。
「……お前、まだやってるのか?」
上から響いた声。見上げるより早くつまみ上げられ、硫黄のような匂いを放つ鼻先まで持っていかれる。マグラスの鋭い眼と目が合った。
「悪いか?」
「もうこの里の奴等は、お前が何をやっても聞く耳を持たない。……ドラグニティはな、それほど閉鎖的で、疑り深い種族なんだ」
「だったらコノハがああなったのは、よっぽどあんたらの教育が良かったんだろうな」
「俺というよりは、俺の親父だな。親父はドラグニティの閉鎖的な考え方を嫌っていて、俺とウィスを色んな種族の里へ送り出していたんだ。コノハはそれに付いて回っていたわけだ」
マグラスの目はアリウスを見ているようで、遠くを見つめていた。
「良い面より、悪い面を多く見てきた筈なんだ。なのに、コノハは……」
「…………んで、本題はなんだ? 何もないなら再開させてくれ」
「そうだったな。お前に渡すものがある」
乱暴に地面に降ろすと、マグラスは爪先に引っかけた何かをアリウスへ渡した。
琥珀色と翠色の結晶が交互に連なった腕輪だ。ずっと見ていると吸い込まれていくような感覚がする、美しい輝きを放っている。
「何だこれは……?」
「この山にいる四竜、イフルヴェントが作った腕輪、創生樹の腕輪だ。付けて意識を集中してみろ。……俺は他に用事がある。じゃあな」
マグラスはさっさと行ってしまった。羽ばたく風圧でシャディが寝たまま転がっていく。
アリウスは言われるままに創生樹の腕輪を左手首に嵌めた。目を閉じて意識を集中すると、何かが頭に響いてきた。
『むにゃ……お腹すいてきた…………コノハのところへ帰ろう』
声ではない。しかし頭の中にしっかりとそのイメージが伝わってきた。そしてイメージは、シャディの方から伝わってきたのだ。
「シャディ……?」
『わっ!? 何でアリウスの声が聞こえてきたの!? ……っ、あれ、この匂いは…………』
と、何者かの足音に集中が途切れた。
横を見ると、風になびく桃色の長髪が目に入る。一瞬女性かとも思ったが、すぐに正体に気づく。
「ハーヴィン……何でお前…………」
「お前に、聞かなきゃならないことが残っていた」
歩み寄るハーヴィンに対し、シャディが立ち塞がる。大きく翼を広げて通せんぼをする。しかしハーヴィンに喉元を撫でられると、ゴロリと寝転んでしまった。甘々なガードである。
「あの時、お前が竜になった時だ。お前は正気を失っていたのに、何故俺へ爪を振り下ろすのを止めた? 何故コノハの名を呼んだ?」
「…………悪い。あの時のことはほとんど覚えていないんだ」
「覚えていないのに……か。なるほどな」
それは無意識下に自分を助けた。あれほど憎み合い、戦っていた自分を。否、本当は憎んでいなかったのだろうか。
だがそれはあえて聞かないことにした。
「なら最後、本当に最後の質問だ」
「ん?」
「お前は、コノハの事が…………好きなのか?」
「…………」
またその話か、とアリウスは返さなかった。少し考え込むようにして、やがて言葉を続けた。
「………………………………そうか。そうだったのかもしれないな。きちんと伝えなきゃならないのかもしれない」
「……どっちなんだ?」
意味深な発言を訝しむハーヴィン。アリウスはニヤリと笑った。
「教えない。コノハ以外にはな」
「…………やっぱり、お前のことは気に入らない。気に入らないが…………コノハを任せられるのは、お前しかいないのかもな」
アリウスとハーヴィンは初めて笑い合う。
分かり合えるんだな。種族が違おうと、追い求めた理想が違おうと。
「アリウス、1つ言い忘れていた」
「今度は何だ?」
ハーヴィンは心の底から笑っていた。初めて出来た、異種族の友人と共に。
「ありがとうアリウス。お前のおかげで俺はまた、歩き出せる」
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム、
「私の全てを、あなたに」
全て話そう。
全て話します。
俺の
私の
お前への
貴方への
想いを




