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84ページ目 解放

 

 コノハは静かに歩み寄る。地に膝をついたアリウスはピクリとも動かない。それとも動けないのだろうか。


 深々と突き刺さった剣から流れ出る瘴気から、ぐちゃぐちゃになった負の感情を感じる。アリウスだけのものではない。この剣の元の持ち主のものも混じっているのだろうか。



「…………アリウス」



 呼びかけても返答はない。やはり身体を貫いている剣を抜かねばならないのだろう。

 コノハは柄へ、ゆっくりと手を伸ばした。


「その男の事を想っているのならやめておけ」


 目の前の瘴気が人の形を象った。その漆黒の鎧をコノハは見た事がなかったが、これまでアリウスが纏っていた鎧と同じだった。

「この剣が、この男の心を唯一繋ぎ止めている。その支えを抜けばどうなるか、分からないお前ではないだろう」

「貴方は……?」

「もう覚えていない。確かなのはこの男と同じ運命を経験した事だけだ。大切な人を、理不尽に、惨たらしく奪われた、その事しか記憶にはない」

 コノハは真っ直ぐに騎士を見据える。兜と鎧の下に眠る感情の波が、荒れ狂いながらコノハの頭を流れていく。


 生半可なものではない。永い永い時の中で歪んでいった想いは汚泥の様に穢れていた。


「その男…………アリウス・ヴィスターの心はあの時に死んだ。にも関わらず、死んだ心に気付かないふりをしてお前達と過ごしていた。何を聞こうと、何を見ようと、空虚に響いていただけだというのに」


 瘴気は徐々にコノハに纏わり付いていく。


 冷たい。それもただの冷たさではない。


 死の冷たさ。肉体ではない。全ての熱情を吸い取ってしまうような、心を凍りつかせてしまうような冷たさだ。


「分かったなら帰るんだ。迷う必要はない。このままでいる事がお前にとっても、この男にとっても幸せなんだ」

「……決心がつきました」



 コノハは迷わず、



 剣の柄を握った。


 瞬く間に瘴気がコノハに流れ込む。頭を引き裂くような激痛が襲い、視界が何重にもぶれる。だが決して手は離さない。

「馬鹿な……! それほどまで苦痛を望むか!? それほどまでこの男を苦しめたいか!?」



「アリウス! もう、気づいている筈です! 貴方はもう1人じゃない! 貴方はもう自分の足で歩けるんです!!」



 黒騎士の声などに耳は貸さない。


 大切な彼からもう目は離さない。



「いつまでも…………座って、ないで……! ずっと一緒にいますから……!」



 その時だ。


 ビクともしなかった剣が少しずつ、動き出す。重く、鈍い音とともに引き抜かれていく。しかし同時にコノハを覆う瘴気は既に身体のほとんどを覆い尽くしている。




「前に進むのが怖いなら私が手を引くから!! だから、だから…………!!」






「帰って来てぇっ!! アリウスッッッ!!!」




 アリウスの顔が微かに上がった。


「コノハ…………?」



 直後、アリウスの身体は剣から解放された。



 その瞬間、真っ白だった周り一面に白い花弁が舞い散り、足元を花が埋め尽くした。投げ出された剣は花に埋もれ、見えなくなる。

 前へ倒れるアリウスの身体。コノハは前に回り込んで抱き留めようとする。が、しかし、

「う、うわっ、あぁっ!」

 支えきれるはずもなく、2人は花咲く地面に倒れこんだ。


「ア、アリウス……?」

「聞こえたよ、コノハの声」

 抱きしめられる。優しく、しかし決して離さないようにしっかりと。

「ありがとう。コノハの言葉が無かったら、俺はもう戻れなかった」

「……私1人じゃ何も出来なかったと思います。ハーヴィンと……ネフェルさんがいなかったらきっと」


「ううん。アリウスを救えたのはコノハちゃんが頑張ったからだよ」


 2人の横にネフェルと、小さな仔竜達が姿を現した。仔竜達はわらわらと2人の元へ群がってくる。

「久しぶり〜アリウス〜」

「おかえり〜」

「あの黒い奴がいる間、剣に誰も触らないよう頑張ってたんだよ!」

「あああ分かった分かった! お前らもありがとうなって痛い痛い!!」

 3匹の仔竜にいたぶられるアリウス。対してコノハはというと、

「お姉ちゃん良い匂いする〜」

「あんたがアリウスの新しい女? ふーん、ネフェルよりも子供っぽいわね……」

「あ、あ、ちょっと……!」

 スカートの下に潜り込まれたり肩に乗られたりと、すぐに懐かれている様子だった。


「アリウス」

「……ネフェル」

 叶わない筈だった再会。

 何と言葉を掛ければ良いのだろう。助けられなかった事を謝るべきか、それとも再会出来た事を喜べばよいのか。

 言い淀んでいるアリウスより先に、ネフェルの口が開いた。

「アリウス、サピヨンの花言葉、知ってる?」

「別れ、だろ。そして……」

「再会の運命。叶ったね」

 ネフェルが笑う。変わっていない。こちらも自然と笑みを浮かべてしまう様な笑顔だ。

「あの時、きちんとさよならを言えなかった事、謝らなきゃってずっと思ってた」

「謝らなきゃならないのは俺なんだ……あの時、助けられたらって、ずっと……ずっと……」

「ほら、そんな顔しない! しゃんと背を伸ばして、新しい彼女の方へ行きなさい!」

 俯きかけたアリウスの顎を上げ、背中を押してコノハの元へ送り出す。


「ネフェル……」

「少しお話出来たんだから十分でしょ。後は帰って、皆に迷惑かけた事謝る。そして、もう立ち止まらない事。……コノハちゃん、アリウスの事、お願いね」

「……はい」


 アリウスの手を取り、コノハは歩き出す。アリウスも同じ様に歩き出すが、僅かに振り返る。


 言いたい事が沢山あった。話したい事が沢山あった。だが、もう立ち止まらないと約束したのだ。


 この言葉に全てを込めて伝えた。



「今までありがとうネフェル……さようなら」



 それからはもう、振り返る事はなかった。2人の姿は眩い光の中に消えていった。



「十分だよ、ありがとう。貴方と一緒にいた日は短かったけど……愛していたよ、アリウス。さようなら」

 ネフェルは最後まで笑って、2人を見送った。


「……貴方も、諦めてアリウスの身体から出て行ったら?」

 ネフェルの後方から現れた黒い瘴気。それが再び黒騎士の形を取った。その表情は兜によって窺い知れない。

「もうアリウスは貴方とは違う。貴方と同じ末路は辿らない」

「…………何故そう言い切れる?」

「分かるよ。コノハちゃんがいるから。貴方にはいなかった、手を引いてくれる人がいるから」

 ネフェルの言葉に、黒騎士は拳を握りしめた。

「……まだだ。俺はまだ…………諦めていない」

 そう言うと黒騎士は黒い瘴気となって姿を消した。まるで空に溶けるように。


「貴方もいつか、救われるといいね……あっ」

 ネフェルの身体もまた、光の粒子を零しながら空へと昇っていく。仔竜達もだ。

「わ〜、綺麗だよ〜」

「どこ行くんだろ〜ね〜」

「神様のところに行くんだよ」

「生まれ変わるのかなぁ?」

「良い子にしてたもの、私達生まれ変われるわ! ねぇ、ネフェルも一緒に……」


 体の小さな仔竜達は一足先に、光の粒となって旅立って行った。


「そうだね。次に生まれ変わるなら……アリウスとコノハちゃんの所に生まれたいな。皆と一緒に……」



 そして彼女も、天へと旅立って行った。



続き

次回、ドラグニティズ・ファーム、


「審判の行方」

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