6ページ目 お出かけですか?
ピィィ ピピィィィ
最近朝の目覚ましが鳥のさえずりではなく、ワイバーンのさえずりと言うのが新鮮だ。
その癖、鳥より働き者。
中々起きないアリウスの髪を噛んでグイグイ引っ張るのだ。
「いだだだだだっ! わ、分かったから! もう起きるから、なっ!」
「ピピィ」
こんな朝早くから、ワイバーンに起こされた理由は調理場にあった。
「あ、アリウス、シャディ、おはようございます」
「おう、おはよう」
「ピィィ」
すると、肩に止まったワイバーン、シャディも返事をする。
シャディがここに来てから3日が経過した。
あの出来事の後、アリウスとコノハはゼオ・ライジアの雛をここで育てることに決めたのだ。
名前、シャディはユーランスペルで「尊きもの」を意味するらしい。コノハが名付けたものだ。
今ではすっかり馴染んでおり、特にコノハに対しては母親の様に懐いていた。
シャディは勢いよく、アリウスの肩からコノハの胸に飛び込んだ。
「ひゃっ!? もうっ、シャディったら!」
「ピピピ!」
しきりに顔を擦り付けるシャディ。
アリウスはこれが、ワイバーンの甘える行為だということをよく知っていた。
「朝食はもうすぐ出来ますから、ちょっと待っててくださいね」
「あ、ゆっくり作っていいぜ。ちょっと肥料の様子見てくるから」
そう言うと大きな欠伸を一つし、アリウスは調理場にある裏口から外に出る。
容赦ない朝日の洗礼が、寝起きを襲う。
「うぉぉ、キツイな」
何とか光に耐えつつ、少し離れた肥料入れの大穴へ向かう。
中では形容し難い形になった肥料が入っていた。しかしそれとは裏腹に、香りは爽やかだった。
材料はベリーワイバーンの糞を基に、雑草、乾かした骨粉、そしてコノハが調合した特製発酵液。
それを混ぜ込んで放置するのだが、何と二日程で完成するという。
アリウスが長い棒でかき混ぜてみると、グロテスクな粘性と音が完成を告げていた。
「うん、朝見るもんじゃあねえなこれ」
今更ながら、後悔したアリウスだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「うわぁ……」
朝食を食べ終え、アリウスが身支度をして戻ってくると、コノハが難しそうな顔をしていた。
見ると、テーブルの上に様々な種が並べられていた。
「どうしたコノハ?」
アリウスが声を掛けると、コノハはテーブルにへたり込んだ。
「持ってきた種、どれも季節に合わないんですよ。火吹きネギ、ドラゴンパンプキン、ミルクポテト……」
火吹きネギとミルクポテトは冬、ドラゴンパンプキンは秋が旬の野菜だ。
「確かに全部旬に合ってねえな。今は春だから、夏の野菜とか無かったのか?」
「家にある分を持って出たんですけど……失敗しました……」
一体どんな意図で旬のずれた種ばかり持って来たのだろうか。と思ったが、その原因はもしや自分にあるのではとアリウスは考えた。
アリウスがここに来ることなく、コノハ一人で作業を進めていたとしたら、春に作業を終えるなど出来なかったのかもしれない。
といってもここまでトントン拍子で進んでいるため、この憶測が正しいとは限らないが。
「な、の、で!!」
ドン、と両手でテーブルを叩く。
「これから街に行きますよ、アリウス!」
「ま、街?」
突然の申し出に、アリウスは驚きを隠せない。
ここ竜の庭は、深い森と切り立った渓谷に挟まれ、前方には大海原が広がっている場所。
街など、影も形も見当たらない。
するとコノハは心の中を読んだかの如く、地図を懐から取り出した。
よく見ると、渓谷を挟んで向こう側に街を表す記号が刻まれていた。
街の名前はラットライエル。アリウスは聞いたことの無い街だった。といっても竜の庭自体知らなかったので、この周辺の事についてはちんぷんかんぷんだが。
「そこで何の種を?」
「育つのが早くて、丈夫な夏野菜……、ニードルキュウリとクモオクラの二つです」
アリウスもよく知る、割りかしポピュラーな夏野菜だった。
どちらも、よく夏になると騎士団の食堂の料理に入っていたのを思い出す。
するとコノハは席を立ち、棚から瓶やボトル、小さな袋を取り出し始めた。
「どうしたんだ?」
「街に行くので、ついでに用事を済ませに行こうかと。なので……」
コノハは以前のリュックを取り出す。
「荷物、お願いします♪」
いつも通りだな、とアリウスは軽く諦めていた。
「さて、行きましょう。善は急げ、です」
「はいはい。おし、行くぞシャディ」
アリウスが呼びかけると、床で眠りこけていたシャディは大きく伸びをし、アリウスの頭の上によじ登る。
「…………そこに乗るか?」
「ピィ」
何が悪いとばかりに一声鳴いたシャディを見て、コノハは笑みを浮かべた。
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渓谷の両端を繋ぐ、長い石造りの橋。
コノハ曰く、作り始めたのはかなり昔だが、完成したのはここ50年前だという。かつては橋の上で屋台などが開かれていたらしいが、今では人の影すらない。
……まるでその現場を見たことあるような口振りだ。
これを機に、前に聞けなかった質問を投げかけた。
「なあコノハ」
「はい?」
「今お前、何歳なんだ?」
空気が凍りついた音が聞こえた気がした。
コノハの表情は無そのもので、目は細められていた。
「アリウス、何か欲しいものでもあるんですか?」
「は? いや無いけど……」
「じゃあ、今日の夕飯は好きな物作ってあげますか?」
「いや、それはいいから歳をだな」
その瞬間、無表情から陰りのある笑顔へ豹変。
あまりの殺気に、頭の上にいたシャディが「ピハャウ!!」と上ずった悲鳴をあげる。
「”レディ”ニトシヲキクナンテシツレイデスヨ〜、ア・リ・ウ・ス?」
「……ごめんなさい」
そう呟くより他は無かった。
実はアリウスには、もう一つだけコノハに聞きたいことがあった。
だがそれは、アリウスにも答えがなんとなく分かっていたもので、踏み出す勇気が無かった。
コノハが出かける時、うなじにある逆鱗を隠していた理由を。
アリウスは頭を振ってそれを記憶の奥底に押し込め、話題を変えた。
「しかし遠いな。丘を一つ越えて、この長い橋渡って、そこから林を抜けないといけないのか」
「大変でしたよ、最初は荷物持って街に行くの。おかげで沢山荷物詰めれました。いやぁ、背中が軽い軽い」
「こっちは重い重い背中だけどな」
残りの距離を考えると、気持ちまで重くなって来る。加えて頭の上の飛龍は鼻息を立てて寝ている始末。
コノハはその様子を見ると、フフンと笑う。
「最近アリウスは失礼極まりないですからね。大いに反省したらいいです」
「コノハだって俺のこと最近こき使ってる癖に何言ってんだ」
「そんなこと言って、本当は楽しいんじゃあないですか〜?」
「……ハハッ、まあな」
アリウスの反応を見たコノハは、何故か意外そうな顔をする。
「え……?」
「畑作ったり、森を探検したり、騎士団にいる時は知る事が出来なかったことを知ったり。全部楽しいことだろ? それに……」
少し思案した後、こう続けた。
「何よりコノハが表情豊かだから、一緒にいて楽しいんだろうな」
直後、コノハの顔が少しばかり朱色に染まった。
相当発言には気をつけたつもりだったが、何かあったのかとアリウスは不思議に感じる。
「…………だ、騙されませんよ」
「? 今なんて……」
「何でもないです! さあ、先を急ぎましょう!!」
「あ、あぁ」
いつの間にか橋を渡りきり、ラットライエルまであとわずか。
何故か林を通る間、コノハは口を聞いてくれなかった。
続く
作者「おい、農業しろよ」
というわけで、6ページ目でした。
相も変わらず進まぬ農業。マインクラフトとかなら直ぐに出来るんですけどね。
ともあれ、次からはラットライエルでのお話です。一波乱ありそうですな……。
というわけで皆様、ありがとうございました!!