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81ページ目 終わらぬ黒き夢

 

「この程度で死ぬわけがない……」

 飛ばしたのは形を自在に変え、しかしながら切っ先はあらゆる物質を打ち貫く水の槍。それらを操る事は、例え杖剣を持ってしても並大抵の者には出来ない。


 だがハーヴィンの感は告げていた。まだ奴は、死んでいない。


 土埃が晴れると同時に、4本の水槍の刺突を避けて飛び回る黒騎士の姿があった。

 うねり、獲物を食らわんとする槍を全て紙一重で躱す。その腰に差した禍々しい剣は抜いていない。

「…………何のつもりだ、奴は」

 槍を操りつつも、ハーヴィンは黒騎士から目を離さない。何かを狙っている。そんな気が頭から離れないのだ。


 そしてその勘は当たった。


 黒騎士は突然体をハーヴィンへと向けると、地面に着地すると同時にハーピィワイバーンの死骸から肋骨を抜き取り、投擲してきたのだ。

 ハーヴィンはすぐさま土の壁を作り防御。魔力で強化し、岩盤ほどの強度を誇る防壁を、肋骨はハーヴィンの目の前に迫るほど侵入する。見るとそこからは僅かだが、黒い霧のようなものが燻っていた。


 あの時アリウスから感じたものと同じだ。


「お前……一体どこでそんな力を……」

 直後、防壁に強い衝撃が走る。


 黒騎士が打ち込んだ右拳の一撃は防壁にひびを入れ、左拳の二撃目で防壁を完全に砕いた。同時にハーヴィンの集中が途切れたのか、水の槍は形を崩す。

(まじな)いシカ芸がナイカ?」

 黒騎士が挑発じみた台詞を吐くが、ハーヴィンは歯牙にも掛けない。

 懐から金属の歯車を取り出し、後ろに回避しながら放り投げる。杖剣をそれらにかざすと、歯車はすぐに周りの岩石を取り込み、ハーヴィンと同じ丈のゴーレムが2体形成される。

 それだけではない。生み出されたゴーレムの内1体は風を、1体は炎を纏ったのだ。


「オマエ、地水火風の呪いを使エルのか」


 2体のゴーレムは雄叫びを上げ、黒騎士へと襲いかかる。

 風を纏うゴーレムの腕が黒騎士の頭部を掠めると、兜が斬り裂かれ、黒い霧が散る。無数に逆巻く風がナイフのように荒れ狂っていた。

 間一髪避けた黒騎士の頭に、炎を纏ったゴーレムの拳が叩きつけられた。まるで杵の様な打突部を持つ腕は炎が荒れ狂い、黒騎士の身体を大きく吹き飛ばした。


 ハーピィワイバーンの巣から投げ出された黒騎士は、崖の遥か下へと転落。木を数本なぎ倒しながら地面に叩きつけられた。



「……ルイを連れて行け」

 ハーヴィンは自らの飛竜に告げると、崖から飛び降りる。突き出した岩へ飛び移りながら降り立った先には、薙ぎ倒された木々と引きずられた様な跡が道を作っていた。

 最初ハーヴィンは、吹き飛ばされた黒騎士が地面に叩きつけられた時に付いたものだと考えた。

 だがすぐに、自らその考えを否定する。この跡は人間1人が引き摺られた割には小さすぎたのだ。もっと、太く、重い物。


 ハーヴィンが答えに行き着くと同時に、上空から巨大な丸太が振り下ろされた。


「っっ!!」

 大きく息を吐き、ハーヴィンは杖剣二振りを抜剣。2つの剣閃が丸太を切断。しかし更にその向こうから黒騎士が飛び出してきた。

「二度も同じ手を使うか!!」

 ハーヴィンは黒騎士の拳を1本の杖剣で防ぎ、もう1本を兜と鎧の隙間、首へと突き立てようとする。

 しかし黒騎士はこれをもう一方の手で掴み、逆にハーヴィンの身体を振り回して放り投げた。

 地面に背を擦るより早くハーヴィンは身を翻して着地。軽く舌打ちし、更に懐からもう2つの歯車を取り出した。


 次に生み出されたゴーレムは、水の様な体と、岩盤の様な鎧を纏った2体だった。


 後ろから炎と風のゴーレムも追いつき、4体は黒騎士を取り囲む。それを黒騎士は興味深そうに見渡し、くぐもった笑いを零した。


「驚イタ。オマエの様な奴は初メテ見たヨ」

「1つ聞きたい。お前は…………アリウス・ヴィスターか?」

「アァそうだ。この()が、今のオレだ」

「まさかこんな魔物を中で飼っていたとはな」


 ハーヴィンは深く息を吐き、ゴーレム達に指示を下そうと杖剣を握る。

「殺す気カ? この男ヲ殺せバ、悲しム者がイル。ソレデモやるか?」

「あぁ、やるさ。それがコノハを守る事になるなら、例え誰から恨まれようとも」

「ソウカ…………」


 ゴーレム達が拳を振り上げ、黒騎士へと殺到する。



「お前にコノハは任せられない」



 次の瞬間、黒い剣閃が走る。


 するとゴーレム達の身体は一瞬のうちに霧散。魔力強化された金属の歯車さえも、粉々に砕け散った。

「なっ!?」

 ハーヴィンは思わず声を上げる。ゴーレム達が破壊された事だけではない。彼自身の頭は告げていた。


 先程黒騎士が発した言葉。あれは間違い無く、アリウスの言葉、本心である事。そしてそれに込められた、深淵の様な憎悪と怒り。


「お前には分かる様だな。この男が内に秘めた闇。愛した者を奪われる事への怒り、恐怖」

 黒騎士の声は既に、くぐもった様な不自然なものではない。


 アリウスの声。


「お前より……俺はコノハの事を知っている!! 長い時間一緒にいたんだ……お前よりもずっと……!! 彼女を想う気持ちはお前如きに──」

「時間など問題じゃない。どれだけ長く共にいようが、お前は彼女の願いを理解出来ていない」


「少ししか共にいなかった、ヒューマンのお前に何が分かる!!!」

「ただ長くいただけの、同じ種族なだけのお前に何が分かる」


 黒騎士はとうとう、腰の剣の柄へ手をかける。


 抜き放たれた剣を見た時、ハーヴィンの背に悪寒が走った。


 黒々と輝く刃に赤いラインが涙跡の様に走り、その中心には文字が刻まれていた。内容は、

「レドル スムス グラッグ コノーハ ネウァン……」



 我が視る黒き夢は、永遠に終わりなき。



 ユーランスペルで刻まれた文字の意味は分からない。だがそれはハーヴィンの頭の中で、執拗に何かを訴える。

「何をした……お前…………!?」

「この意味が理解出来ないか? …………出来るはずもないか。自分が信じていた理想を打ち砕かれ、そして他人の理想を否定するようになった、お前には」

 黒い霧を発するその剣を見ているだけで、吐き気がする。ハーヴィンの頭はあの文を理解する事を拒絶していた。


 ふと、黒騎士の兜が揺らめき始める。消え入るように霧散し、素顔を表した。


 アリウスの若草色の髪は雪のように白く染まり、青い瞳は血のように鮮やかな赤色に変わっていた。


「この男も、俺と同じ気持ちのようだ。理想を否定するお前を許すわけにはいかない……ここで消してやる」

「理想を、否定…………あぁ、そうさ。そんなもの、否定してやる!!」

 ハーヴィンの怒号が空気を震わせる。彼の瞳はいつしか、龍の瞳と同じく瞳孔が縦に開いていた。



「理想を求めた末路があんな最期なら……俺は!!!」



 黒剣を携えたアリウスと、杖剣を構えたハーヴィン。


 両者は互いの思想を貫くため、再び衝突した。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 明け方が近いにもかかわらず、工房にはまだ明かりが灯っていた。

 弟子達に休息を取るよう伝え、工房に1人残ったヴァーレカルムは最後の仕上げに取り掛かろうとしていた。


 その時、工房の扉が重い音と共に開かれた。


「おいおい、もう若いのは寝ろって言っただろうが…………んん? 嬢ちゃんか?」

「……あ。な、何で私ここに…………?」

 コノハはようやく気がついた。ルリを送り届けた後、ウィスの元へ行こうとしてとしたのだが、どうやら工房の方へ来てしまったらしい。

「しっかりしろよ。寝るところは隣だからな……っとその前にだ。ちょうど良かった」

「何が…………ですか…………?」

「まぁ待ってろって。こいつを嵌めて……よっし、完成。ほら、受け取れ」

 ヴァーレカルムから放り投げられた何かを、コノハはよろめきながらも捕まえる。


 鞘に納められた1本の剣。鮮やかな赤の鞘と柄、そして柄尻には透明な宝玉が埋め込まれている。


「杖剣……?」

「嬢ちゃんのだ。剣をまだ習ってないってベルクラドから聞いたから、しばらくは杖として使いな」

「は、はい…………ありがとうございます…………」

「…………どした? 杖剣の形、気に入らないなら作り直すが?」

「いえ、そうじゃなくて……」

 浮かない表情のまま、コノハは杖剣を抱きしめる。



 冷たく、硬い、無機質な感触。


 以前ウィスから触らせてもらった時は、とても温かった。


「私はもう、十分に、幸せだったのに……」

 何故自分なんかの幸せを、あの2人は祈るのだろう。


 否、本当は答えを知っている。


 2人はきっと、最愛の人を失った悲しみからまだ、立ち直れていない。だから願うのだ。



 身近にいた人の、幸せを。



「私は……………………!」


「あぁ、そうそう。その杖剣なんだがな、ちょっと注意が…………ありゃ?」

 ヴァーレカルムが顔を上げた時には、既にコノハの姿はなかった。



続く

次回、ドラグニティズ・ファーム、


「否定された理想」

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