73ページ目 焦土の桃源郷
空を飛び続けて数時間、景色は森と平原から見る見るうちに変わっていき、眼下には上記を吹き出す噴気孔が立ち並んでいた。独特の匂いがアリウスの鼻をつくが、何処かで嗅いだことがあるような気がしていた。
「ファンガルの所にあった、温泉の匂いに似てるような……」
「よく気がついたな。ここの火山の魔力が届くギリギリの場所が、ちょうどファンガルの爺さんの寝ぐらなんだ」
「……待て、火山なのに魔力? 火山にそういう鉱石でもあるのか?」
「いや…………説明すると長い。知ったところで仕方がないしな」
もはや摘まれた状態に慣れきったのか、アリウスとマグラスは他愛のない話をし始めていた。火山の真上ということだけあり、強烈な熱気が一行を襲う。コノハとウィスの女性陣はいつの間にか、肌焼けを防止するための布を纏っていた。だが黒い飛竜は暑そうに瞼を薄く閉じている。
「ごめんね〜、もうちょっとだから頑張って」
「シャディは暑くないですか?」
「グゥ…………」
「ゼオ・ライジアは暑いの苦手だもんね。だから涼しい森林とか切り立った山にいるわけだし」
ワイバーン達にもこの気候は堪えるらしい。
アリウスが下を見ると、ポッカリと空いた穴に煮え立ったマグマで満たされていた。火口だ。
「…………」
「心配するな。流石に放り込む程鬼じゃない」
「放り込まれなくても噴火したらおしまいだろ。そもそもこんなでかい火山の近くに里なんてあるのか? 噴火したら全滅だぞ」
「しないんだよ、少なくとも噴火は」
「何でそんな事分かる?」
「すぐに分かる。と、見えて来たな。降りるぞ」
そう言うとマグラスはぐんぐん高度を下げていく。当然肌で感じる温度は熱くなっていく訳で、
「あああああっ! あっつ、あっ、ああぁぁぁ!!」
悶絶しながら急速に落下。やがて火口を過ぎ、黒く変色した木々が立ち並ぶ森を超え、そしてようやく着地した。
「こ、ここ、は……」
息も絶え絶えなアリウスを地面に放り投げ、マグラスはゆっくりと歩き始める。打ち付けて真っ赤になった顔を上げると、何やら誰かとマグラスが話していた。会話の内容に耳を傾ける。
「……そちらの青年が、例のヒューマンであられますか」
「あぁ、信頼してくれていい……とはいうが、里の奴らには難しいか」
「お嬢様が竜奏士の素質があると仰られていた青年、すぐに馴染めましょう。後の事はお任せくださいませ」
「頼んだ。俺は……そうだな、彼奴に会ってくる。お使いを頼みたいそうだからな」
そこで会話は終わり、マグラスは再び飛び去って行った。
それを見送ると、会話の相手がアリウスのもとへと歩み寄ってくる。声からして初老の男を想像していたが、顔を上げるとその想像は大きく外れた。
髪こそ白いが、肌はみずみずしく、背もアリウスより高い優男が立っていた。その身に纏うローブには竜の刺繍が刻まれている。
「どうも、アリウス様でございますね。マグラス様よりお話は伺っております」
「あんたは?」
「私は……」
「あー、マグラス勝手に行っちゃったの!? 何で止めなかったのよベル!?」
「……ベルクラド・ハンスタムと申します。種族はドラグニティ。ウィスお嬢様がお子様の時から、執事をさせていただいております。以後、お見知り置きを」
巨大な門をくぐり、ベルクラドの案内で里の中へと入るアリウス達。コノハとウィスは何度か来たことあるのか、さして風景を気にしているような様子はない。だがアリウスの目には様々なものが新鮮なものだった。
黒い岩肌が剥き出しになった道、そして葉が全て抜け落ちた木には小さなワイバーンが止まっている。中には首輪や足輪のようなものが巻かれている個体もあった。
「ウィスお嬢様のお家、レミティ家はこの里の領主を務められておりましてね。たまにこちらへ帰っていただいて領主のお仕事を手伝っていただいているのです」
「竜奏士をしながら領主の仕事も手伝うのか……大変だな」
「お兄さん、まぁ、今の領主に頼まれちゃって。この里は竜奏士を目指すドラグニティが来たりもするし、アリウス君にも丁度良いかなって」
竜奏士は基本、動物と会話することが可能なドラグニティにしか務まらない。その為アリウスにはウィスの言葉の真意を理解することが出来なかった。
「それにしても、コノハ様にお元気がなさそうですが、何かありましたか?」
「……いえ、何でもないですよ。大丈夫です」
笑顔と共に返すコノハ。それを見たベルクラドはそれ以上追求しようとはせず、「左様でございますか」と会釈した。
「さて、見えてきました。あそこが里、グレッダドでございます」
少し先に広がっていた光景に、アリウスは更に驚愕した。
木造の家屋が並び、多くの人々で賑わっていた。中心には巨大な湖が広がっており、それを囲うようにして人里が存在している。
何より空を鳥ではなく、荷物を運ぶワイバーン達が飛び交っている風景がアリウスにとって新鮮だった。それと同時に、コノハと出会うきっかけになったあの事件のことを思い出し、少しやるせ無い気持ちにもなる。
と、アリウスはここで気になっていたことをベルクラドに尋ねる
「ところで、里の人達は……」
「ご心配なく。領主によって既に知らされております」
「それなら良かった」
変に刺激してはいけない。ヒューマンはただでさえ他の種族から危険視されている。勝手に余所者が入ってきて良い顔をするはずがない。
しばらく坂を下っていくと、1人の男性とすれ違った。コノハとウィス、ベルクラドを見ると笑顔を浮かべて会釈する。
だがアリウスには、ただ一瞥して苦い表情を浮かべて去っていった。
「…………あ、あの、アリウス君、ごめんね、あの人も悪気があるわけじゃ」
「歓迎されなくても仕方ないのは分かってはいた……まだ俺がどんな奴なのか、向こうは知らないんだ。信用出来るはずがない」
「それにしたって今のは酷いですよ……挨拶くらい、知らない人にだって出来るのに……」
去っていく男性を見ながら、コノハは吐露する。ヒューマンを毛嫌いしている理由は確かに分かってはいるが、それを考慮してもあの態度は悲しかった。
その後も数人のドラグニティとすれ違ったが、ほとんどが同じような反応を示した。
そんな様子を見ていたベルクラドは、あることを提案した。
「ウィスお嬢様、私から1つ提案をよろしいでしょうか?」
「どうかしたの?」
「先に宿へ案内してもよろしいですか? ここまで長旅だったのです、少し休息を取られた方がよろしいかと」
「あぁ、うん、良いよ。私もそのつもりだったから」
ベルクラドは小さく頷くと、人々が行き交う道を外れ、人気がない道を歩いていく。
やがて、何かを仕切りに叩く音が聞こえてきた。それはいつか、ケーブでも聞いた金属を叩く音だった。目の前にある一軒の鍛冶屋から響いている。
「頭領、いらっしゃいますか? 以前お話ししていた青年が到着致しました」
「あぁ? ちょっと待ってろ…………よし、こんなもんだ。待たせたな」
中から姿を現したのは、灰色の髪を無造作に伸ばした青年だった。目は細いが、鋭く吊り上っている。
「お前さんか。なるほど、ヒューマンで竜奏士目指すたぁ硬い奴だ」
「硬い……?」
「強い、立派、という意味で受け取って結構でございます」
青年の独特な言葉を翻訳するベルクラド。すると青年はアリウスの手を握り、大仰に振った。
「あんたは、ヒューマンが平気なんだな」
「何だぁその言い方、姿形はほとんど変わんねえってのに何を嫌う必要があるんだ?んなことより自己紹介だ自己紹介。俺はヴァーレカルム・ビカン。ドラグニティで鍛冶屋をやってる。よろしく頼む」
「アリウス・ヴィスター、ヒューマンで…………農家、か? まぁそれに近いことを今やっている。…………ちなみにあんた、歳は幾つだ?」
「そろそろ老化が始まるからなぁ……280くらい、だっけか」
「…………」
スケールが違う多種族の寿命に、思わず言葉を失ってしまった。
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム、
「信用できない」
頭が硬え連中ばっかで困るよなぁ、全く。
この場合、硬いは堅いでお受け取りくださいませ。




