5ページ目 小さな出会い
霞がかかる早朝の森に、2つの足音が響く。
鳥のさえずりはこんなに早くから響き、他の生き物に朝日の到来を懸命に告げている。
「家の隣の森、こんなに深いんだな」
「そうですね、あんまり奥に行き過ぎると戻ってこれない程度には」
「……1人で行かないようにする」
アリウスとコノハの2人は他愛の無い会話をしながら、深く深くへと歩みを進める。
この森に来た目的は、肥料に必要な〈ベリーワイバーンの糞〉を採る事……なのだが。
「こんなに大荷物でなきゃダメなのか?」
アリウスが背負うバックはかなり大きく、無理をすれば人一人が入れそうな程だ。
「糞はそんなに必要無いんですけど……折角ですし、他にも足りないものをちょっと」
そう言うとコノハは、朝日に負けない天真爛漫な笑顔で振り向いた。
「ほら、今日は頼れる騎士様もいる事ですしね。フフッ」
「……渡された武器がこれじゃなければな」
アリウスは右手に持った、薪割り用の斧を見る。
「し、仕方ないですよ! だって剣なんて無いんですから」
「でもこれじゃ騎士っていうより蛮族じゃねえか」
「え、えへへ……あっ!」
コノハは何かを見つけたのか、小さな低木に駆け寄る。
「どうした? なんかあったのか?」
「丁度欲しいものがあったんです」
アリウスも見てみると、2つの物があった。
低木に生えた銀色のベリーのような物と、その下に群生している緑色のキノコだった。
「……ナンダコレハ」
「クグロドの実と、モスマッシュです。どっちもお薬に使えるんです」
するとおもむろにクグロドの実を摘み、アリウスに差し出す。
「はい、どうぞ」
「く、食えるのかそれ?」
「もちろん。食べれないものを人に食べさせませんよ」
アリウスは恐る恐るつまみ、一粒口の中に入れた。
意外な事に、ベリーの様な甘味が広がる。
「あれ? 意外と甘…………うごっ!?」
しかし束の間、魚の内蔵の様なえぐみと生臭さがそれを塗り潰し、急いで口から吐き出した。
コノハはその様子を見て、口元を押さえてクスクスと笑いを零す。
「コ、コノハ……一体どういうつもりだ……!?」
「昨日のお返しですよ」
「??」
その後コノハから水を貰ったが、しばらく口から生臭さは消える事は無かった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
しばしば寄り道をしていたが、それでも中々ベリーワイバーンの糞は見つからない。
朝日はすっかり地平線から顔を出し、朝の到来を告げていた。この時間には、人も起き出すだろう。
「無いなぁ。本当にいるのか、ベリーワイバーン?」
「いえ、好物のベリー類の木は沢山ありますし、きっと……」
すると、コノハは動きを止める。
かと思うと、鼻をピクピクさせ、匂いを嗅ぎ始める。
何だか仔犬のようで、アリウスは不覚にも笑いそうになる。
しかし、コノハは突然走り出した。
「お、おい!? どうしたんだよ!」
「こっちの方角から微かに香りました! こっちですよ、こっち!」
「な、何で分かるんだ……?」
ドラグニティという種族は、不思議なことが多い。
アリウスも、長寿で魔法が使えてドラゴンと交流を持っているという、本に書かれていることしか知らない。
(あれ? そう言えばコノハって何歳なんだ?)
ふと、疑問がよぎる。
見た目だけなら、15か16の年頃の少女だが、実際どうなのだろうか。
「……後で聞いてみるか」
危険な気がしたが、好奇心には勝てなかった。
アリウスが追いついた時、コノハはある物を指差す。
それはまるで岩の様にゴツゴツしており、仄かにベリーの香りがする。
「糞……なのか、これ」
「紛れもない、ベリーワイバーンの糞です。市場だと大体500ドラスぐらいしますね」
「あのぉ、前の月収の半分近くするんですが?」
「これを使った肥料を撒くと、作物が美味しく、形良く出来るんですよね〜。さあ、アリウス」
コノハは革手袋を2組み取り出すと、片方をアリウスに手渡す。
「出来るだけ持って帰りましょう!」
「あ、あぁそうだな」
やけに気合が入っているのが気になったが、アリウスはベリーワイバーンの糞を採る。
「うおっ!? 中々重いな……」
ズッシリとしており、見た目に違わずかなりの重さだった。力には自信があったアリウスも、少しよろけてしまうほどだ。
しかし、隣は更に過酷な戦いを繰り広げていた。
「ふぬぬ〜!」
コノハの声に反して、少しも持ち上がっていない。
「ぷはぁ! やっぱりダメですか……」
「まあ、運ぶのは俺に任せろ。怪我されてもアレだしな」
「は、はい……お願いします」
申し訳なさそうに俯くコノハ。
やはり女の子だな、とアリウスは改めて思った。
と、アリウスはあの質問を思い出す。
「なぁコノハ」
「はい?」
「お前って、一体何さーー」
その時だった。
ピィィィィィ
甲高い音が鳴り響く。
「何だ? 鳥か何かか……」
だが、コノハの反応は違った。
「これ……ワイバーンの子供!? 助けを呼んでます!!」
「なっ、何で分かる!?」
「分かるものは分かるんです!」
と同時に、コノハはまたも1人で走っていく。
「おい待てって! 何がいるか分かんねぇのに1人で……あぁ! あのお転婆娘!!」
アリウスはとてつもない重さになったバックを背負い、彼女の後を追おうとした。
だが、ふとある物が目に入る。
最初は巨大な岩だと思ったが、よく見ると違うものだ。
天に向かって生えたツノ、身体ほどもある長大な翼、それから伸びる翼爪。
「ワイバーン……か?」
その背中には無数の矢と槍が突き刺さり、身体には穿れた穴が刻まれていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ピィ ピィィ
「どこ!? どこにいるの!?」
コノハは未だ見えぬ声の主に呼びかける。
森は助けを呼ぶ鳴き声を反響させ、詳しい位置を隠してしまう。
だがドラグニティの超感覚は、ほんの僅か揺れた草むらの動きを見逃さなかった。
コノハはすかさず駆け寄る。
そこにいたのは、小さな小さなワイバーンの雛だった。
まだ未発達な翼脚を震わせ、力無く呻くしか出来ないぐらい。
「どうして……? まだ卵から生まれたばかりなのに……」
親のワイバーンの姿も無い。本来ワイバーンは雛を育てる習性があるにも関わらずだ。
とりあえず避難させようと、コノハがワイバーンの雛を抱き上げた。
その時だった。
キェアアアアアアアアア!!
「きゃあっ!?」
空から空気を裂くようなけたたましい鳴き声が響いたかと思うと、何かがコノハの背中を突き飛ばした。
あまりの衝撃に、雛を抱えたまま倒れこむ。
その正体は、白い巨躯に青い翼を持つ怪鳥、ディノファルコンだった。
「そ……んな。ディノファルコンは高山にしかいないはずじゃ……?」
しかし現実に、ディノファルコンはこの深い森の中にいた。
その鋭牙が並んだ嘴から唾液を滴らせ、徐々に近づいて来る。
コノハは背中の痛みに耐え、深呼吸する。
すると、その瞳孔がまるでドラゴンの様に狭まる。
「メルザア ジノハ レドルユガ ベドラバル(聞け、かの者よ。我らに、敵意なし)」
全ての生物に通ずる神の言葉、ユーランスペルで語りかける。
だが、返答は無慈悲に振り下ろされた鉤爪だった。
「っ!!」
服が裂け、その白い背中が露わになると同時に、鮮血がそれを塗りつぶす。
激痛に目の前が霞み、雛の鳴き声もぶれて聞こえる。
「ミハナ……レドグ カミハ (大丈夫……私が守るから)」
コノハの掠れた声をかき消す様に、ディノファルコンが雄叫びをあげて爪を突き立てる。
ことは出来なかった。
飛来して来た斧が右翼の付け根に食らいついたのだ。
ギィアエエエエ!!!
そのままディノファルコンは体勢を崩し、のたうちまわる。
「コノハッッ!!」
アリウスはコノハを抱き上げようとしたが、その手を止める。
背中の傷が深く、下手に動かすと開いてしまうかもしれない。
「ご……ごめんなさい……私……」
「そんな事はいい! 包帯と薬は!?」
「私の……服のポケットに……」
アリウスは服のポケットを探ると、小瓶に入った紅色の薬と布を見つけた。
「多分足りるな、待ってろ」
しかし、
キアアアアアアア!!!
ディノファルコンはまだ諦めていなかった。
それどころか今度はアリウスも獲物と認識したらしい。斧が刺さった右翼から流血するのも構わず、跳び蹴りを放つ。
しかし、アリウスの対応は早かった。
跳び蹴りを横っ飛びで躱し、隙だらけの後頭部に回し蹴りを食らわせる。
よろけたディノファルコンが振り向いた瞬間、右、左、交互に拳を打ち付ける。
そして右翼にある斧を引き抜き、再び右翼が赤い悲鳴をあげた。
尚も低く唸るディノファルコン。
それを見たアリウスは、今までにない程ドスの効いた声で言い放った。
「まだやるか? 次は首を叩き折るぞ」
グィアア…………
ディノファルコンに言葉は通じていない筈だが、後ずさったかと思うと血まみれの翼を羽ばたかせて飛び去っていった。
〜数分後〜
「イタタッ! うぅ……」
「全く、お転婆も程々にしとけよ。下手すりゃ死んでたんだからな」
「はい……」
静けさを取り戻した森の中、二人の声だけが響く。
コノハが持っていた薬は、それ一つで消毒と治癒が出来るらしいので、背中に直接塗っていた。
「ほら、包帯巻くから服上げろ」
「えぇっ!? ななな何を!?」
「いや何だよ? 別に…………あっ」
アリウスは自分で聞いておいて気がついた。
この状態で服を捲し上げると、コノハの前と背中は遮るものが無く、無防備になってしまうことに。
「いやいや、背中はともかく前は俺から見えねえから」
「そういう問題じゃないです!! そ、それに巻くときにその……当たったらどうするんですか!?」
「…………当たるほど大きくないだろ」
「ハイィ!!??」
振り向いたコノハの横顔は怒り狂うドラゴンの様に恐ろしい形相だった。
「わ、分かった分かった! だったら自分で巻け、結ぶのは俺がやるから!」
「フンッ!」
アリウスが気圧されてそう言うと、プイッとそっぽを向いて包帯を巻き始める。
「んでさ、こいつどうしようか?」
アリウスは自らの足に顔を乗せて眠りこけているワイバーンの雛に目を向ける。
「親の元に返しましょう。その子にとってそれが一番ですよ」
「コノハ……そいつは出来ねえ」
「えっ?」
意外な返答に思わずコノハは声をあげる。
何処かアリウスは辛そうだった。
「お前を追う前に、ワイバーンの死体を見つけたんだ。……身体の特徴的に、ゼオ・ライジアだと思う。多分、こいつも同じだ」
「ゼオ・ライジア……」
ゼオ・ライジアとはユーラン・イルミラージュの中でも強力なワイバーンの一種であり、体の各部に放電器を持っている。
何よりゼオ・ライジアの住む地域には、彼らの天敵はいないのだ。
「でもどうしてですか? ゼオ・ライジアを倒すなんてよっぽど強い……それこそドラゴンでもないとーー」
「やったのは紛れもねぇ、人間、いやヒューマンだ」
アリウスは喉の奥から絞り出す様に言葉を続けた。
「魔法の跡も無い、弓と槍、そして銃痕。もうそれだけで証拠は十分だ。大方、知らずに巣に侵入して、襲われる前に仕留めたんだろうな」
「そ、そんな……」
絶句するコノハ。
恐らく彼女とっては人一倍辛い事実だ。
だからこそ、アリウスは言わなければならなかった。
これが現実だということを。
「……今俺たちに出来ることは、こいつを保護するくらい、だな」
日は既に、夕焼けへと変わっていた
続く
ユーランスペル、グロンギ語に似て……無いな
というわけで第5話です。ドラグニティズは本当に久しぶりの投稿ですね。
今回はほんの少しのシリアスと、アリウスのハイスペックさ(自分で言うな)、そして貴重な戦闘と盛りに盛りました。
次回からはまたゆる〜いお話に戻りますよ。
ちなみにこの世界の通貨、ドラスですが、500ドラスあれば大体一カ月は暮らせます。アリウス稼ぎすぎじゃね?
それでは皆様、ありがとうございました。