70ページ目 悲愴の暁
「…………舐めた真似をしやがって」
切り落とされた左腕を触手で絡めとり、それらを縫い合わせる様にして結合させる。
ディーヴァエノスの目が、正確に言えばネフェルの目が細められる。憎らしげに。
自らの力に近いものを感じるが、何故ここまで嫌悪感を催すのかは自分にも分からない。
しかし本能的に分かることがある。こいつは、潰さなければならないと。
「ハッハ、面白い。やってやろうじゃねえか!! なんだか分からん力を振るおうと俺には勝てーー」
その瞬間、目の前に黒騎士の拳が広がっていた。
「グファッ!?」
容赦なく顔面に叩きつけられる一撃。鼻血を吹き出し、華奢な身体が宙を舞う。
「この、何をーー」
だが着地するより早く、黒騎士はディーヴァエノスの背後に回り込んでいた。
今度はディーヴァエノスも対応し、触手を薙ぎ払って防御する。大剣を抜き、力任せに叩きつけようとする。
だが黒騎士は半身でそれを躱し、衝撃波に煽られてもビクともしない。
「胴がガラ空きだぞ!!」
地面を削りながら大剣が迫る。それを黒騎士は、ただ片手で受け止めた。
「何だとぉ……!?」
「お前の刃ハ、俺ニ届かなイ」
「はっ!! 届かなかったのはテメェだろうが!! この女助けるってのはどうする!? あの時テメェが庇っていればこんな事には……!!」
「オ前の言葉も、屁理屈モ、俺には届カナイ」
大剣をはたき落とし、ネフェルの身体を掴み上げる。黒い手甲に包まれた腕が、細く白い首を絞め上げていく。
「馬鹿かお前ぇ…………この女を殺す気かよぉ……」
「…………」
「さぞ恨むだろうぜ…………こんな結末、受け入れられないに決まってる…………死んでからもずっと、お前の事を……!!」
「そうだな…………恨まれても良い。でもこれ以上お前に、ネフェルを好きにはさせない。ネフェルの思い出を汚させない!!!」
手甲から黒い霧が立ち込め、ネフェルの口から侵入する。その瞬間、ディーヴァエノスの本体である大剣が苦悶の表情を浮かべ始めた。
「がぁぁぁァァッッっ!!? 止めろ、止めろぉ!! そんな事をすればこいつは、が、グァァぁぁぁぁ!!!!!」
霧を飲み込み、えづき続ける。
やがてネフェルの口から、大量の触手を吐き出された。
蛇のようにのたうち回ったそれは、急ぐ様に大剣の中へと戻っていく。
「何、テコトシヤガル……!! コイツノ脳二絡ミツイタ触手ゴト引キ剥ガスナンテ……」
ディーヴァエノスは毒づき、すぐに触手を伸ばしてアリウスを貫こうとする。
しかしそれらは手で軽くあしらわれ、そのうちの一本を掴まれる。先程の瘴気が触手へと流れていく。
「ギィィィィィィィッッ!!? ナ、何ダ、身体ガ、チギレソウナ、ギャァァァァァッッッ!!!」
「俺が纏ッテイル瘴気は魔力の繋ガリを切断し、腐らセルもの。魔力、特にお前ノ呪術は繋ガリが脆い。他人を乗っ取ル為にワザとその様にシタノだろうが、ソレが仇にナッタナ」
「クソガァァァァァァァッッ!!! コノ俺ガ人間如キニ負ケテタマルカヨォォォォッ!!!」
アリウスを振り払う為に新たな触手が迫る。
それらは全て、黒い剣閃によって切断された。
「ヒィッ…………!!?」
ディーヴァエノスは、その黒い剣を見て畏怖した。竜だった頃にも味わった事のないような恐怖を覚えた。
「ヤ、ヤメロ! ワカッタ、ソノ小娘ヲ生キ帰ラセテヤル!! ダ、ダカラ助ケテクレ!!」
アリウスはゆっくり、ディーヴァエノスの元へと歩み寄る。
「ホ、他ニ何ガ欲シイ!? 頼ム、嫌ダ!! 死二タクナイ死二タクナイ死二タクナイィィィ!!!」
地面に落ちた大剣を足で押さえ、醜く喚き散らす目玉に向けて剣を振り上げる。
「ヤメロォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!」
振り下ろされた剣の切っ先は、瞑られたディーヴァエノスの瞼を斬り裂き、中の眼を貫いた。そのまま剣の腹まで裂かれ、触手がビクビクと痙攣する。
大量の液体、それに混じって、白い粒子のようなものが噴き出した。
「オォッ、ガァァ、オォォボェタ、ゾ…………ア、アリウス、ヴィスター…………!!!」
やがてディーヴァエノスは、何も喋らなくなった。
雪面に横たわるネフェルの身体を抱き上げる。
微かに息をしているが、体温は低く、心臓の鼓動も小さい。僅かに開かれた目の色は白く濁っていた。
「ア…………ア、リ…………ウゥ…………」
嗄れた声でアリウスの名を呼ぼうとする。しかし喉が焼けているせいか、上手く話せていない。
優しく抱きしめる。少しでも自分の体温が彼女に伝わるように。
「そ、そ…………こに、いる…………?」
「…………いるよ」
遠くで狼の遠吠えが聞こえる。ギムとザーゴが探しているのだろう。名前を呼ぶように、何度も吠え続けている。
「寒い…………で、も、ア…………が…………いて…………少し、あったか、いぃ…………」
「あぁ…………」
「うぅ…………ぁぁ…………」
「……」
アリウスはネフェルの唇に、自らの唇を重ねた。
自らの想いを込めて。
「ネフェル…………!」
やがて心臓の音が、消えた。
彼女の亡骸を抱き、アリウスはただ、静かに涙を流した。
少ない思い出を、忘れないように。
「ここです!」
多数の増援を率いて、カリスは始祖の村へと戻ってきた。
アリウスの名を騙る何者かが送りつけた手紙の情報で混乱し、時間がかかってしまった。もう既に夜が明け始めている。
軍馬を走らせ、始祖の村の前に辿り着いた。
その光景を見た騎士達は、目を疑った。
「む、村が…………」
「おい、何だあの死体の山は……干からびている……」
「早く魔剣を探せ! まだ生ているかもしれん、気をつけろ!」
散り散りに魔剣の捜索を始める騎士達。
カリスも捜索の為に付近を歩き回る。その最中、よく知る人物の、変わり果てた姿を見つけた。
「グレーガン……隊長…………」
魔剣の捜索が終わった後、手厚く埋葬する事を約束し、重い足を動かし始めた。
と、少し離れた場所で、人影を見つけた。その翠色の髪は、カリスが見慣れたものだった。
「ア、アリウス! 良かった、生き……て…………」
カリスはそれを見て、絶句した。
彼の足元には少女の遺体、そして魔剣が転がっていた。そしてその手に握られている黒い剣。
振り向かれた彼の顔は、昇ってきた太陽の光が反射して見えなかった。
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「国に戻ってからは大変だった。ひたすら事情聴取されて、一時は騎士の資格すら剥奪されかけた。でもそれは、グラウブの一言でひっくり返された。彼は魔剣と戦い、勝利し、国に持ち帰った英雄だってな。……最後に奴は俺に耳打ちしたよ。『ありがとう。君達のおかげで、封印の方法がデタラメだったというのを気付かれずに済んだ。王は君に感謝している、時期に何らかの褒美を取らせる』ってな」
思わずアリウスはテーブルを叩き、顔を伏せた。
「彼奴らは、王とグラウブはディーヴァエノスの力を見る為に、ディーヴァエノスを利用する為に、始祖の村を犠牲にしたんだ!! あの時から俺は、何を守ればいいのか分からなくなったんだ! 国? 王? あんな奴等を守るくらいなら、俺は、俺は……身近な誰かの夢を、守れる人間に、なりたかった……!!」
その時、コノハはアリウスの姿を見て、胸が絞めつけられた。
話を聞いて、深く後悔した。こんな辛い過去を話させてしまった。
覚悟していたというのに。こうして揺らいでいる自分の心が情けなかった。
自分に出来るのは、何なのだろうか。
「アリウス……」
小さな身体で、アリウスの頭を胸に抱いた。せめて、ネフェルの代わりになれたならと……
「…………コノハ」
だがその体を、アリウスは離した。手つきは優しかったが、まるで突き放すように。
「…………もう、夜明けだな。おやすみ、コノハ」
「っ! 待って、アリーー」
ゆっくりと、消えるように、アリウスはリビングを出て行った。
夜明けの光が、過去と同じように、彼を照らしながら。
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム、
「付き合い方」
ピィフ…………(悲しそうな声)




