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69ページ目 望み

 

 力任せに振り下ろされた一撃が、ディーヴァエノスの本体である大剣に下される。だが刀身を覆う竜の甲殻のようなものは難なく剣戟を弾き、柄の目玉が嘲笑うように細められる。

「人間如きの力で俺をへし折れるとでも思ったかぁ!? やってみろよ、あぁ!?」

「それ以上口を開くなっ!!」

 弾かれた剣を再び振り下ろす。今度は柄にある目玉を狙うが、すぐさま岩盤のような瞼に阻まれた。

「おい、気づいてないなら教えてやろうか? 俺本体を狙うよりも、この女を殺った方が早いぜ? まぁ俺には何の痛みもないがな」


 アリウスの歯が軋む様な音を立てる。

 優しかった笑みを浮かべる少女の顔は、今までに見たことがないほどに醜悪な笑みを浮かべる怪物になり果ててしまった。


「待ってろネフェル……助けてみせる!!」

「はぁぁ? 助けるなんて出来るわけねぇだろうが!! 俺の触手はこいつの脳内にまで入り込んでるんだ。こいつを救いたきゃ頭を叩き割れよ! お前がそうするより早く、俺はこいつの頭から抜け出してやる。そうしたらこいつはもうただの抜け殻だぁ!! はぁはっはっはははははあぁぁぁ!!!」


 頭を揺さぶられる様な感覚に襲われる。


 つまり彼女を助けるには、彼女をこの手にかけるほかないという事で……、


「黙れ黙れ黙れ!! デタラメを言うなぁ!!」

 必死に剣を振り、ディーヴァエノスの言葉を振り払う。全て見透かされているかの如く斬撃を躱され、反撃の触手が飛来するのを捌きながらではまるで歯が立たない。

 ならば手段は1つ。

「くぅ…………っ!!」

 触手を素手で掴み、無理やりこちらへと引き寄せた。手が焼け爛れる激痛が走る。だが一瞬、ディーヴァエノスの体勢が崩れた。

「そこだ……!!」



「アリウス……やめて……」

「っ!?」



 剣を突き出そうとした手が止まった。



「馬鹿が!! 何引っかかんてんだよぉ!!!」

 薙ぎ払われた触手がアリウスの頭を殴りつけ、雪面に叩きつけられた。



「ネフェルを斬るなんて……出来るわけ…………」

「ねえよなぁ!? にしてもお前、何だってこの女に肩入れしてんだぁ? こいつの記憶を読んだ。お前と知り合って、たった数日しか経ってねぇじゃねえか。何が気に入ったんだぁ? 顔か、身体か? 人間がつがいを選ぶ基準は理解し難いねぇ、健康な雌だったら何だって良いんじゃねえのかい?」

 大剣が振り上げられる。直撃を寸前で回避するが、凄まじい風圧によってアリウスの体が宙を舞う。

「ぐぁぁっ!?」

 雪面を転げ落ちる。

 岩や木に身体を強打しながら、村の囲いを飛び越して中にまで転がり込む。

 すぐに起き上がろうとするが、ディーヴァエノスはその距離を跳躍して詰め、アリウスの背を踏みつけた。

「ガッ!!!」

 背骨が嫌な音を立て、骨が肺に食い込んで喀血する。いたぶる様に踏み躙られ、背中にディーヴァエノスの笑い声が響く。

「どうしたよぉ? 早く私を助けて、ア、リ、ウ、ス?」

「この…………下衆が…………!!!」

「ありがとさん。俺の演技に満足して頂いて何よりだねぇ!!」

 彼女の細腕からは想像がつかない力で掴み上げられ、腹部に左拳が抉りこまれる。肋がバラバラに砕ける感触、痛みが走り、更に血を吐き出す。

「これで終いだ、くたばれ人間!!」

 トドメの一撃と言わんばかりの蹴りが腹部に直撃。


 アリウスの身体は木造の廃屋を何件も突き破り、村の一番低い地に落ちた。



 立ち上がる力は愚か、呼吸すら出来ない。追い討ちの様に吹雪が荒び、体温を奪っていく。




 ーー 風邪引いちゃうよ〜、アリウス〜 ーー



「そう、だな…………」


 仔竜達の温かな体温が、抜けていく。



 ーー あったかい。ずっと、一緒だったら良いのに ーー


「…………っ!」

 ネフェルの温かな体温が、抜けていく。


 涙と一緒に、抜けていく。



 ーー 誰かと一緒になって、家族になって…………ふふ、子供も欲しいなぁ ーー



 叶えられなかった願い。


 もしかしたら、こんな事さえ起こらなければ、いつかの未来、叶えられたかもしれない未来。

 あの笑顔を見た時に、思った。


 彼女の隣で、未来を生きてみたいと。





 ーー 己の無力さを、悔いた ーー


 聞いたことのない声がアリウスに掛かる。彼は声の主を見る事が出来なかった。

 だが、声は一方的にアリウスへと投げかけられる。


 ーー そうだ。俺はお前と同じ。お前は俺と同じだ。理不尽に大切なものを奪われ、踏み躙られ、救えなかった。抱いた夢はその理不尽な現実に打ちのめされ、くすみ、錆びていった ーー


 やがてぼやける視界の中、黒い鎧に身を包んだ騎士の姿が見えた。その姿はまさに悲哀の化身、身から滲み出る黒いオーラは怒りや殺意ではなく、ただ虚しさと悲しみだけだった。

 騎士の誇りである剣は、銀の輝きを失い、ただ闇のような色がそこにあった。



「あぁん? まだ生きてたのかぁ……もう少し遊んでやろぉかぁ?」

 遠方からディーヴァエノスが歩み寄る、雪を踏みしめる音。だがアリウスの目の前にいる騎士は見えていないらしい。



 ーー 剣を抜け。お前の望みは何だ。望みがあるなら我が剣を振るって叶えろ。無いなら我が剣を振るって望みを探せ。俺はお前を裏切らない。さぁ、若き騎士よ ーー



 アリウスは、手を伸ばす。



「俺の、望みは…………」

「おら、次は右手を跳ねーー」



 ーー 剣を、取れ ーー




 黒い一閃が走る。


 直後、大剣を振り上げたディーヴァエノスの左手が、ネフェルのものだった左手が宙を舞った。

「何……!?」

 すぐさまディーヴァエノスは後ろに飛び、自らの本体である大剣を拾い上げる。



 アリウスの手には、一振りの剣が握られていた。煌々と、闇の様な漆黒色を発する、美しい剣が。

 剣から溢れた黒い瘴気が身体を包み、それらは黒い鎧を形作る。


 上げられたその眼は、竜のそれだった。



「夢ヲ守る…………夢を奪っタ貴様を、裁ク」



 地の底から響く様に哀しげな声が出ると共に、黒騎士がそこに現界した。



 続く

次回、ドラグニティズ・ファーム、


「悲愴の暁」



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