68ページ目 悲劇の序曲
大剣が叩きつけられた衝撃で雪が舞い上がる。天然の煙幕となり、グレーガンの目を眩ませる。
すぐに雪煙の中から飛び出す。だがそれを予測していたかのように触手が伸びた。脇腹を掠め、そこから鎧が溶け出していく。
「グ…………ぬぅっ!!」
触手を剣で弾き飛ばし、その方向へと突進。干からびたフリックの身体を突き飛ばし、心臓めがけて剣を突き出した。
だが聞こえたのは肉を切り裂く鈍い音ではなく、硬い何かに弾かれるような音だった。
「……っ!?」
「おォっと、危ナイ危ない!!」
すぐさま大剣が振り払われ、グレーガンの巨体が宙を舞う。雪面に叩きつけられると同時に、斬り付けられた胴体から血飛沫が吹き出す。
「隊長! 自分も……!!」
「ダメだ……!! カリス、お前はレオズィールに戻って増援を呼べ!!」
「ですが……!!」
「やれぇ!! 何、お前が戻るまでの時間ぐらいは稼ぐ!! 分ったなら早く行くんだ!!」
「…………っ!!」
カリスは手を震わせていたが、やがて立ち上がり、軍馬が停めてある場所へと走り出した。
「サせるカ!」
触手を伸ばし、カリスの背へ突き立てようとする。
グレーガンは剣を投擲。豪腕で投げられた剣は寸分違わず触手に刺さり、斬り裂いた。嫌な臭いのする液体を撒き散らしながら触手はのたうち回る。
「チっ……!!」
「やらせはせんよ……」
刺さった剣の元へ走り寄る。だが剣は既にボロボロに錆つき、まともに使えるような状態ではなかった。
すぐ近場にあった、ダイヤの遺体の側にあった剣を取り、ディーヴァエノスの触手の一撃をいなす。
だがいなしたその瞬間、触手から飛び散った体液がグレーガンの眼に降りかかった。
「ぐぉぁぁぁっ!!?」
鋭い痛みが走ると共に視界が暗転する。本人には見えていないが、彼の目からは蒸気が吹き上げ、既に失くなっていた。
「トドメだァ!!」
「うぬぉぉぉぉっっっ!!!」
振り絞るような叫びをあげ、グレーガンは剣を突き出した。剣は斬りかかったディーヴァエノスの、否、フリックの首を切断し、大剣はグレーガンの身体を半ばから両断した。
険しい雪道を下っていくアリウス達。
針葉樹が続く中、やがて先に開けたように光が広がっていた。
「この先。あとはここを下れば村に着くよ」
「そうか。……ありがとうな、ここまで」
「ううん、まだ案内は終わってない。村の前までって約束でしょ?」
「あぁ…………そうだったな」
心の何処かで思っていた。まだ話せる。まだ別れまで時間はある。
しかしそんな思いも虚しく、アリウス達は森を抜けた。
目の前に広がる光景を見て、アリウスは自らの目を疑った。
村の建物はほとんど崩れ落ちており、地面には干からびたような人間の屍が累々と横たわっていた。
「なんだこれ……!? 一体何が……!?」
「皆が…………誰がこんな事…………!!」
膝から力が抜け、ネフェルが地面に崩折れる。普段なら見ないように忠告出来ただろうが、今のアリウスにそんな余裕も無かった。
横たわる死体の中には、見慣れた制服が見えたのだ。
「第一部隊の奴ら皆……隊長がいたのに何で……」
「ね〜アリウス、あの人、だぁれ?」
羽毛の仔竜に尋ねられ、視線の先を辿る。
その瞬間だった。それを告げた仔竜の身体を呑み込む触手が見えたのは。
「なっ!?」
「あ、アリウス、助けーー」
アリウスが伸ばした手が仔竜を掴む寸前、小さな身体は触手の中に呑み込まれた。
「な、何よ、これーー」
「助けてネフェルーー」
「やだぁ!! 嫌だぁ!!」
「やめて…………やめてやめてぇ!!」
次々と触手に喰われていく仔竜達を助けようとネフェルは触手にしがみ付く。しかし手が灼け爛れ、簡単に振り解かれた。
「ハッハ…………ヤハリ、竜ノ方ガ美味イナ」
触手が戻る先にいたのは、正しく異形だった。
辛うじて人間の胴体が識別できるが、それ以外は身体を突き破って出ている触手で分からない。首はなく、代わりに携えられた大剣には目玉が浮き出ていた。
「ンン…………コノ身体モモウ保タナイナ……人間ハ脆イカラ困ル……」
「なんなんだお前は……!?」
「俺カァ? 俺ハ……」
「ディーヴァ、エノス……」
ネフェルの口からその名が語られる。すると大剣に付いた目玉が細められた。
「何デ俺ノ名前ヲ知ッテイル……イヤ、マテ、オ前、何処カデ……?」
「ディーヴァエノス……まさか魔剣か!? 封印されてたんじゃないのか!?」
「思イ出シタゾ!! オ前ェ、俺ヲ封ジコメタ剣ヲ作ッタ末裔カ!! 匂イデ思ダシタ……許サン……許サンゾ、クリンストォッ!!!」
突然ディーヴァエノスは雄叫びを上げ、ネフェルへと触手を伸ばした。
「ネフェル!!」
「アリウス、逃げーー」
アリウスはネフェルの前に飛び出し、剣戟で触手を斬り飛ばした。だがその内の1本はアリウスの脇腹を掠め、そして、
「うぅっ!?」
肉を抉る音が響き、ネフェルの胸へと突き刺さった。
「ネフェルッ!!!」
「オ前ニハ罪ヲ償ッテ貰ウ!! 俺ノ手足シテ、永劫働カセテヤルカラナァ!!」
ディーヴァエノスはアリウスを振り払い、ネフェルの中へ大量の触手が入り込んでいく。白い肌は灰色に染まっていき、目から光が消えていく。
「やめろ……やめろやめろやめろやめろぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
アリウスは走る。
最後、触手が全て入りきる寸前。
涙を流し、ネフェルの手がアリウスへと伸びる。
その手を掴むことは叶わず、全ての触手が入り込んだ瞬間、衝撃波のようなもので吹き飛ばされた。
「はっはっは、良い、良い良い良い!! 良い体だぁ、居心地がいい! はっはっは!」
ネフェルの声で、高らかに笑う。以前の様にくぐもった、不快な声ではない。
優しく笑い、明るく振舞っていた、彼女の声で。
爪が剥がれる痛みも忘れ、アリウスは地面を握り締める。
「さぁて、お前。付き合えよ、俺の新しい身体の肩慣らしに。あぁ、こう言ってやった方がいいか。…………アリウス、付き合って、くれるかな?」
わざと甘ったるい声で、ネフェルの仕草を真似る。
アリウスの心の何かが、プツリと切れた。
「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!」
絶叫と共に、剣が抜かれた。
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム、
「望み」
俺の…………望み……願い…………




