66ページ目 蠢き
「ディーヴァエノス……」
硬派で色気の無い服、腰から下げた2本の剣、レオズィールを象徴する、竜の背中の上で磔刑に処される魔女の紋章が印されたローブ。
王というよりも、将軍の様な服装だ。
本来、レオズィールの王は玉座に座っている事が仕事ではない。
レオズィールは古来より戦の中で大きくなっていった国である。力無きヒューマンがここまでの大国を作り上げたという事実。それが国民の誇りになっている。
だが数代前の女王、リクシードが領土拡大をやめたその時から数百年間、この国は領土戦争を行わなくなってしまった。
農業政策や経済政策も重要ではある。だが戦いを放棄してから、徐々にレオズィールの国民の心から誇りは消えていった。
もう一度、取り戻さなければならない。この国を、強きレオズィールを。
「ルース国王、今度行われるヘリオール地方への遠征の件ですが……」
「大臣。私はいつ国王になった?」
「し、失礼致しました。ルース摂政」
「二度と違えるな。この国の王になられる御仁はただ一人、ヘリオス姫だ」
深々とお辞儀をする大臣。
間違えるのも無理はない。ヘリオス姫の母、前国王アイラは、彼女が幼い時に病に倒れ、この世を去った。その時から側近だったルースが摂政となり、政策を実施していたのだ。
「ヘリオールは雄大な自然と豊富な鉱物資源がある地だ。ヘリオス姫の名の由来にもなっている。他の種族がそこを占領する前に手に入れたい」
「ですが一つ問題が……あの地には古代より多数の竜が住み着いているのです。縄張り意識が強いワイバーンやドラゴンだったら……」
「その為に、今騎士団にあの剣を回収に向かわせている。ディーヴァエノスがあれば……」
ルースは窓の外を見つめる。
執務室から見える庭では、多数の使用人の元、剣を振るうヘリオス姫の姿があった。
今のレオズィールは彼女と同じだ。青く、初々しい、柔らかい果実。だが果実と異なる事があるとするなら。
何度も傷つきながら、甘く熟れ、皆が渇望する代物へと変わっていく事だろうか。
「はぁっ!!」
ヘリオスが振るった練習用の剣は、立てられた木の人形を打ち据える。乾いた音が響くと共に、人形はゆっくりと倒れた。
「見事なお手並みでございます、姫様」
「……いえ。まだまだ未熟です。幼き日に見たお母様の剣はもっと……」
剣を置き、庭にある椅子に座る。
絹糸の様に滑らかな髪、宝石のように煌めく紫の瞳、14歳という事を忘れてしまう程に美しい容姿は国民の憧れの的だ。
「姫、昼食をお持ち致しました」
その時、1人の男が現れた。その手には小ぶりのサンドウィッチとティーカップが乗った盆があった。
「ありがとうございます、グラウブ公爵」
「姫、私はまだ家を継いでおりませんよ。私は1人の騎士です、ヘリオス王女」
「そのままお返しします、ふふ」
笑い合う2人。
城のメイドはその様子を見て、顔を寄せ合いながら微笑む。もっとも、グラウブが目当ての一部のメイドは頬をむくれさせていたが。
手を布巾で拭くと、細い指でサンドウィッチを口に運ぶ。
「冬だという事を忘れてしまいそうですね。ここまで暖かいと」
「姫はいつも鍛錬や勉学で忙しいので、身体が温まっているのでしょう。今日は少し肌寒いくらいですよ」
「まぁ、今は真冬の月です。少し肌寒いくらいなら、十分でなくて?」
その笑みは、それこそ真上で地を照らす太陽のように眩しく、それでいて温かい。
「姫はいつも聡明でいらっしゃる。そんなお方が、一体何を悩んでおられるのです?」
「……悩んでいる顔をしていましたか?」
「生まれつき、人の感情に敏感だったもので」
柔和な表情で返すグラウブを見ると、ヘリオスはサンドウィッチを置き、告白する。
「剣の筋が、上手くいかないのです。流派を会得しなければならないのは承知しております。ですがもっと根幹の部分が私には足りない……そのヒントを持っている人に教えを乞いたいのです」
「その人物、とは?」
「アリウス・ヴィスターという騎士を、ご存知ですか?」
「…………彼?」
グラウブの表情が一瞬険しくなる。だがヘリオスはそれに気がついていない。
「彼の剣には信念があります。決して曲がらない、強い想いが。訓練の様子を見た時に感じたのです。だからーー」
「お言葉ですが。彼の剣は姫にふさわしくありません」
突然の否定に、ヘリオスは言葉を噤んだ。彼の発した雰囲気に圧倒されたのだ。
「彼の剣は、いわば獲物を狩る為の手段、獣の剣。国を、民を守る貴女の高貴な剣とは違う」
「彼の剣を模倣するわけではありません! 私は彼のーー」
「想いの強さも、姫の方が上でございます。それとも姫は、アリウス・ヴィスターに特別な何かが……?」
「そうではありません!」
「おぉ、申し訳ございません。私としたことが身分を弁えず、姫に物を申してしまいました。どうか、お許しを」
声を荒げたヘリオスに、グラウブはぬか付く。それを見て我に帰ったのか、彼女も慌てて居住まいを正す。
「あ……こちらこそ、大きな声を出してしまいました。申し訳、ございません……」
「彼が、貴女とある程度交流を持っていたのは知っていたのですが、周りの目がございます故……分かりました。私が指南役の者に相談いたしましょう」
「本当ですか!? ありがとうございます、グラウブ!」
無邪気な笑顔を向けるヘリオス。
アリウスとヘリオスがどのようにして知り合ったのかは知らない。興味もない。
グラウブが描く理想の為に、今はただ彼女は生きていてくれれば良いのだから。
「……なぁ、今日で何日目だ?」
「え?」
「俺がここに来て何日目か、数えてるか?」
「ん…………ん〜?」
とぼけた顔をし、ネフェルはドラゴン達の背中にブラシをかけている。
呑気な様子にアリウスは苛立ったように言葉を重ねた。
「俺はいつになったら帰してもらえるんだって聞いてるんだよ! もう剣の回収終わってるんじゃないのか!? 置いていかれて死亡認定食らってるんじゃないのか!? あ〜もう……!!」
「いいじゃない。ずっといれば?」
「そ〜だよ〜。ここで僕達と暮らそ〜よ〜」
続けて仔竜達からも呑気な声。頭を抱えるアリウスの上に、ブラッシングを終えた仔竜達が纏わりつく。
「アリウス〜。お腹空いた〜」
「アリウス、お魚釣りに行こう」
「今はそんなことしてる場合じゃないんだよ。俺には仕事が……」
「アリウスはさ、どうして騎士になったの?」
「……?」
突然投げかけられた疑問。
ネフェルの顔は、優しく微笑んでいた。教えて、と言わんばかりに甘えた笑顔で。
「小さい頃の、夢の一つだったんだよ。ただそれだけだ」
「じゃあ、叶えられたんだ? 小さい頃の夢」
「……お前は、どうなんだ? 夢とか……」
「もちろんあるよ。……知りたい?」
悪戯な笑み。それを見たとき、思わずアリウスは顔を赤らめてしまった。
だが自分の事だけ教えて終わるなど、悔しかった。何か恥ずかしい夢だったらからかおうかという、邪な気持ちも相まって、アリウスは頷いた。
「こうして誰かと一緒に暮らして、いつか、家族になって……ふふ、子供も欲しいなぁ」
「ぶふっ!?」
家族、子供、という単語にアリウスは噎せてしまった。ひとしきり咳き込んでいると、頭と背中に乗った仔竜が心配そうにペシペシ叩く。
「お前、お前な!! そんな事を赤の他人の前で話すんじゃ……」
「もう赤の他人なんかじゃないよ。私とアリウスは」
静かに歩み寄り、ネフェルは顔を近づける。
「どうして、私がアリウスを帰さないと思う?」
「分かるわけないだろ。早く帰してくーー」
フワリとした感触がアリウスに被さった。
あまりに突然の出来事に身体が硬直する。
「君が初めてのお客さんだからだよ。お父さんとお母さんが亡くなってからの15年間、ずっとこの子達と一緒だった。……出来るならずっと、君も一緒にいて欲しい」
「…………俺には」
「ふふふ、良いんだよ。貴方には貴方のやりたい事があるんだもんね」
ネフェルの身体から離れる。すると掛けられていたコートを羽織る。
「で、出かけるのか?」
「ううん。君も行くんだよ」
「それって……?」
「麓の村に案内するよ。さ、早く行こう!」
「…………」
誰もいない事を確認し、扉を開ける。そこには無限に広がる螺旋階段が続いている。
数日前、翁と共に外を歩いていた隊長を偶然見かけ、後をつけていたら見つけた祠の様な場所。話はよく聞こえなかったが、魔剣、という単語だけは耳に残っている。という事は、この祠の中に回収する予定の魔剣があるという事だ。
いつまで経っても回収の目処が立たない事に、フリックは腹が立っていた。
数日間、魔剣を回収せず、その理由も明かさない。いつになったら帰れるのか、いつになったらアリウスを捜索する事が出来るのか。
否、それは自分に言い聞かせる為の言い訳。
本当は興味があった。魔剣と呼ばれる代物に。
自分はアリウスほど剣は上手くない、そしてカリスとは違い身分も高くない。2人に劣等感を感じていた。
だが自分が、もしも魔剣に選ばれたら?
国の為にその力を振るい、英雄となったら?
心が躍る。
やがて最下層に辿り着いた。不気味に佇む扉からは静かに空気が漏れる音だけが聞こえる。
鎖で何重にも閉ざされている。それを見たフリックは剣を抜き、それを叩きつけるように振り下ろす。ひたすら振り下ろしても鎖はビクともしないが、何かに取り憑かれた様に斬りつける。
その時、突然鎖が弾け飛んだ。一斉に引き千切れ、ダラリと鎖が垂れ下がる。
扉に触れていないにも関わらず、ゆっくりと扉が開いた。
「これは…………!?」
思わず嘔吐しそうになる様な悪臭。肉が腐敗した甘ったるい臭いと、鉄臭い臭いが入り混じっている。
突き刺さった剣の柄の中心が、目玉の様にギロリと開いた。
「人間カァ……?」
「剣が、しゃべ……!?」
機械な光景に、フリックは思わず逃げ出しそうになる。だが欲望と興味がすぐに勝り、魔剣へと歩み寄る。
「こいつを抜けば、俺は……!!」
「ホォ? イイゼ、抜イテミロヨ。オレヲ従エテミセロ」
言われるまま、フリックは柄に手を掛けた。
力を込めた瞬間、剣はあっさり抜けた。
「や、やった……!! 俺は、選ばれた……!!」
「足クライニハ、使ッテヤル」
「何言っ…………ガっ…………!!?」
刀身から伸びた2本の細い触手が首筋に突き刺さる。
触手は脈動し、何かを流し込む。と同時に、フリックの体内から血を吸い上げていく。
「水ミタイニ味ガナイナァ……マァ、イイサ」
フリックの目が裏返り、体には謎の模様が浮かび上がる。
やがて苦悶の表情が消え、醜悪な笑みへと変わった。
「上にいる飯は、まだマシだろうからナァ……!」
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム、
「狂剣」
村に着いたらお別れだね……最後に思い出、作ろう!




