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64ページ目 君について

 

 黒い空間が目の前を満たす。


 しかし耳に、パチ、パチ、と何かが弾ける音が入り、意識が覚醒する。


 と同時に、頬や腕を突かれる感触。


「だ、大丈夫? 襲ってこない?」

「大丈夫ー」

「死んでるんじゃない?」


「随分…………勝手な事…………言うじゃねえか」



『うわぁぁぁっ!! う、動いたぁぁぁっ!!』



 目を開け、立ち上がろうとするアリウスに驚き、仔竜達は蜘蛛の子を散らすように逃げる。そして体を寄せ合って固まると、姿勢を低くして威嚇を始める。

「……なんなんだお前ら。ってか、ここは何処だ?」


 見れば騎士団の服は全て暖炉の前で吊るされており、布のシャツとパンツ、その上から毛布を被っている格好だった。すぐ後ろでは大きな暖炉の中で炎が燃え盛っている。


「な、何よ何よ! 私達に助けてもらったくせにその言い草は!?」

「川に流れ着いてたんだよー? 大丈夫ー?」

 キンキン声で鳴き喚く羽毛が生えた竜と、亀のようにズングリした竜が話す。

 竜と話しているという事に現実味が湧かない為か、アリウスの思考は妙に冷静だった。自分が子供の頃憧れていたドラゴンの幼体が、今まさにそこにいるというのに。

 いざこうして目にしてみると、人語を話す事以外はワイバーンと特徴は変わらない。

「お前達が、俺を?」

「そうよ! 人間ってすぐ死んじゃうんだから、本当に面倒よね!!」

「……悪かったな。あと、ありがとう」

「ぬぬぬ……!?」

 仔竜達は一層身を寄せ合い、訝しむ。相当警戒されている。


 改めてアリウスは周りを見渡す。木造りの壁や柱、大きな暖炉、テーブルに、人が座るような大きさの椅子。部屋の綺麗さから、まさか家主が目の前にいる竜ということはないだろう。だがそれらしい人影は見えない。


「なぁ。お前らの家主は何処だ?」

「んーとね、今ご飯作ってるよ」

「死んだかと思ってたよー」

 アリウスの問いに、蛇のように細長い竜とオオトカゲのように羽が無く、体が大きな竜が答える。

「お前らのご主人は信じて飯作ってんのに、お前らは早々に諦めてたのな」



「あ、目が覚めたの?」

 と、調理場から1人の少女が現れた。白い髪、白い肌、その中で紅い瞳が一際輝いて見える。

「あんたは?」

「私? ネフェル、ネフェル・クリンスト。村のはずれでこの子達と暮らしているの。貴方のお名前は?」

「……アリウス・ヴィスターだ。ありがとうな、助けてもらって」

 素っ気なく答えるアリウスに、竜達はムッとした視線を送る。だがネフェル本人はクスリと笑い、手に持っていた器を差し出す。


「はい。余り物だけど、野菜スープ。熱いから気をつけてね」

「……」

 受け取ったアリウスは器に口を付けようとしない。注意深く匂いを嗅ぎ、中に入っている具材をチェックする。

「毒なんて入ってないよ! もう、仕方ないなぁ」

 するとネフェルはアリウスからスープを取り返すと、木のスプーンを用いて食べ始める。

「ん〜! 美味しい! やっぱり私は野菜クタクタの方が好きだなぁ」

「自分で褒めてる〜」

「いいの! ……さ、アリウスも食べなよ」

 そして再びアリウスの前にスープを出す。それでもなお食べようとしない彼に業を煮やしたのか、ネフェルはスプーンで掬ったスープを無理矢理口の中に突っ込んだ。

「あ、アッツ!? アッツぁ!?」

「ほら、美味しいでしょ? ほ〜ら、たくさん食べなさいな」

「やめろ、自分で食う、自分で食うって、あぁ、アッツ!!」

 2人の攻防に、仔竜達はケラケラ笑っていた。





「それで本題に入ろうかな」

 コーヒーが入った2つのカップを持ってくる。1つは自らに、1つはアリウスへ。

「君は騎士団の人? 制服とか、剣とか持ってるし。この村に何をしに来たの?」

「……何をしに来たかは言えない。守秘義務があるからな」

 唇や頬が真っ赤に腫れ上がったアリウスは、念入りにコーヒーを冷ましながら答える。

 すると、ネフェルの顔が途端に悪戯を思いついたようにニヤつく。

「私が当ててあげようか?」

「ご自由に。想像するだけなら勝手だ」

「ふふ、それじゃあ……」

 奇妙な笑いを浮かべたネフェルは、アリウスの瞳をじっと見つめる。何故かアリウスは、目を逸らす事が出来なかった。コーヒーを啜り、気を紛らわせる。

「ふふふ……」

「…………」

「分かった。村の麓にある剣でしょ」

「ブッフ!!」

「きゃあっ!?」

 思わずコーヒーを吹き出し、激しくむせる。アリウスが苦悶の表情を浮かべているのに対し、コーヒーを吹きかけられたネフェルは大笑いした。


「あっははは! 分かり易すぎるよ! カマかけてみただけなのに!」

「あ、あんたなぁ……!!」

「まぁこの村に騎士団が来る理由なんてそれくらいだよね。前に来たのは500年くらい前だっけ?」

「…………そう、らしいな」


 そう、この雪山の奥地にある辺境の村をレオズィール王国が知っていたのか。

 それは500年前にレオズィールを統治していた女王、リクシード。優れた指揮官でもあった彼女は、戦場にてとある魔剣を回収し、それをこの村の村長に頼んで封印した、という逸話がある。

 そしていずれ魔剣の呪いを消す方法を発見した時の為に、この村に再び戻る為に地図が用意されていたのだ。


「じゃあ、魔剣の呪いを消す方法が見つかったんだ」

「さぁな」

「あ、まただんまり決め込もうとしてる!」

「本当に知らないんだよ。俺達には何も知らされてない。これは事実だ」

 アリウスの言葉に、ネフェルは疑うように顔を近づける。だが目が泳いでいないのを確認すると、「ま、いいか」と話を切り替える。


「ところで、アリウスはこれからどうするの?」

「すぐにでもここを出る。早く騎士団と合流しなきゃな。世話になった」

「え? あ、ちょ、待った待った!」

 席を立とうとするアリウスを、ネフェルは慌てて引き止める。

「まだ動くには早いよ! あと、そう、7日位は安静にしなきゃ!」

「そんなに待ってられるか」

「だって、ほら、まだ騎士団の人達も着いてないかもしれないよ!」

「いやだから…………」

「あ、吹雪だ吹雪!! また吹雪いてるよ! これじゃあ危ないよー!」

 窓を指差し、小刻みに跳ねるネフェル。見ると確かに、再び猛吹雪が吹き荒れていた。

 アリウスは彼女に目をやる。一体何があったのかは分からないが、やけに必死な様子だ。怪しい。

 無視して扉から去ろうとするが、その前に仔竜達が立ち塞がる。身を寄せ合い、グルグルと唸っている。

「ね、ご馳走作るからさ! ね!?」

「……何をそんな必死になってるんだ?」

 素朴な質問をぶつける。するとネフェルはクシャッとしたような笑顔をアリウスへ向けた。


「貴方が久しぶりのお客さんなの。精一杯お持て成しして、少しでも思い出が欲しい。……この子達の為にも」

 ネフェルは屈み、仔竜達を抱き寄せる。

「この子達さ、理由はそれぞれ違うけど、親がいないの。村の人も竜がいるからって、怖がって中々来てくれないんだ」

「そんな簡単に他人を信用して良いのか?」

「うん。だってこの子達、君のこと怖がってないもの。君は悪い人じゃないよ」



 その時アリウスは、ネフェルという少女に興味を惹かれた。


 何故こんな所に住んでいるのか、何故竜と一緒にいるのか、一体何者なのか?

 ここで別れていれば、忘れていたような疑問だ。大したものじゃない。


 だがアリウスは見てしまった。


 人を引き寄せる、彼女の笑顔を。他人を簡単に信頼してしまう、少し危うさすら感じる彼女の優しさを。



 知りたくなった。


 彼女の事を、もっと。



「さぁ。ご飯の準備をしよっか」

「しよーしよー」

 ネフェルと仔竜が連れ立って調理場へ歩いていく。その後を付いて行こうとすると、羽毛が生えた竜が歯を剥く。

「ここから先はネフェルと私達以外立ち入り禁止!!あんたは黙って椅子にでも座ってなさい!!」

「…………」

 手伝おうとした矢先にこれである。先が思いやられる気分だった。



 続く

次回、ドラグニティズ・ファーム、


「ディーヴァエノス」


ディーヴァ? なんだろーそれー?

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