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4ページ目 足りない物

「つ、疲れ……た……」

 既に空では、太陽と月がその位置を入れ替えていた。


 畑は無事に当初の予定通りの範囲を耕し終えることが出来た。アリウスは体力にはかなり自信があったのだが、終わった時には隣の草原で仰向けになったまま動けなくなっていた。

「ふ〜、お疲れ様ですアリウスさん」

 コノハはトコトコと歩み寄り、アリウスの隣に腰を下ろす。

 耕した土は、小さな畝になっている。コノハは経験があるらしいが、こんなに綺麗に作れることをアリウスは素直に凄いと感じていた。

「いや、もうちょっと行けるかなと思ったんだけどな……」

「剣を振る時と、(くわ)を振る時は微妙に使う筋肉が違いますからね。でも凄いですよ、初めてでここまで出来るなんて」

「はは、そりゃあ何よりだ」

 アリウスは立ち上がると、天に向けて大きく伸びをする。すると身体は欠伸をするように音を立てる。

「帰りましょうか、夜遅いですし」

「そう、だな」




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 調理場から漂う香りは、アリウスを盛んに誘惑してくる。

 騎士団の宿舎の飯は味が薄く、いかにも安っぽい匂いだった故に、アリウスには耐え難い楽しみだった。


「ふぃ、お待たせしました!」

 そうしている内に、コノハが大きな鍋を持ってやって来る。少々ヨタついていたのでアリウスが助け舟を出そうとしたが、何とかテーブルの上に着陸させた。


 鍋の隙間からはグツグツという音と、クリーミーな香りが手を伸ばしてくる。

「す、すげえいい匂い……」

「当然ですよ! 私の大、大、大得意な料理なんですから!!」

 コノハは小さな身体を自信満々に反らせ、鍋の蓋を開ける。


 中から現れたのは、ビーフシチュー。

 赤いルーとそこに浮かぶ沢山の具材が顔を覗かせ、食欲をそそる。



 だが一つ、疑問な物が入っていた。


「なあコノハ……」

「はい?」

「この、何かの耳(・・・・)は何ですかね……?」

 シチューの中からは、耳のような何かがピョコンと飛び出していた。

 すると、コノハはキョトンとした表情を見せる。

「何って、ハイラビットの耳ですよ?」

「ハイラビット!?」


 ハイラビットとはユーラン・イルミラージュの中でも温厚な気候の地域に住んでいるウサギの一種で、名の通り凄まじいジャンプ力を持っている。

 更にとても警戒心が強いので、捕まえるのは熟練の狩人でないと難しいのだが……。



「コノハが捕まえたのか?」

「いやいやまさか。知り合いに行商を取り扱ってる人がいるので、分けてもらったんですよ」

「ああ、そういうことか」

 何歳かは知らないが行商やら農業やら色々な事をやっているんだな、とアリウスは感心した。

「さ、食べましょ。ハイラビットの耳は希少部位なんですし、美味しいはずですよ」

「そうだな」

 2人は椅子に座ると、自らの顔の前で両手を合わせて言った。



『いただきます!』




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 やはりというべきか、コノハのハイラビットシチューは絶品だった。

 シチューの中でハイラビットの肉はホロホロにほぐれ、その旨味は見事にシチューにも伝わっていた。

 耳は最初戸惑ったが、食べてみると意外と柔らかく、食べやすかった。


 食後には交代で入浴を済ませ、今はリビングで今後の計画を話し合っていた。

「さてと、次は肥料なんですけど……」

 と、コノハは言葉を止める。どこか浮かない表情をしている。

「何か問題があったのか?」

「ええ、まあ……。材料の中に足りない物があったんです」

 テーブルの上に規則正しく並べられたメモの内容には、ほとんどの項目にチェックマークがしてある。

 が、ただ一つだけそれが無かった。

「ワイバーンの……糞?」

「はい、正確には「ベリーワイバーン」、木の実だけを食べる草食のワイバーンです」

 アリウスもよく知っている生き物だ。



 とても大人しい種類だが、かなり大型のワイバーンで、深い森の中でひっそり生きている。



「でも、ベリーワイバーンがいる森なんてこの辺に……」

「ありますよ」

 あまりにもあっさり言ってのけたので、アリウスは椅子からずり落ちそうになる。

「ど、どこに?」

「この家の隣に森がありますよね。そこです」

「すげえ近場じゃないか!? 何であんな困った顔をーー」

「ただ、問題があるんですよぉ……」

 コノハは情けない声を出す。

「今、丁度ドラゴンやワイバーンの巣作りの時期なんです。そんな時期に森に入ったら……」

 とても危険なのは明白。

 どうしたものか、アリウスは考える。


「コノハのユーランスペルじゃダメか?」

「前にやってみたことはありましたが、聞く耳持たない、という感じです」

「ダメか……」

「でも、私に妙案があります!」

 コノハは人差し指を立て、笑顔を浮かべる。

 だが、アリウスは感じ取った。

 この笑顔は、あの時の黒い笑顔だ。



「アリウスさん、ボディガードして下さい」

「あいっ!?」

「元騎士ですし、ね?」

 目の前の少女は何を言っているのか。

 魔法が使えないヒューマン1人で、気が立っているワイバーンやドラゴンから少女を庇う。

 正直、騎士団の時の任務が軽く感じられるほど難しい。


「い、いや、俺1人はさすがに……」

「期待してますよ!」

「いや、だからーー」

「キタイシテマースヨ、アリウスサン♪」

「はい……、うぅ……」


 明日は波乱の予感だった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「それじゃあ、明日は朝4時出発ですよ」

「あいよ。てか早えな」

「出来ればワイバーン達が寝ている間に回収したいので」

 そう告げると、コノハはリビング奥のハシゴに手を掛ける。寝室は上に見える場所らしい。

「おやすみなさい、アリウスさん」

「ああ、ちょっと待て」


 アリウスの呼び止めに、ハシゴを登る途中でコノハは動きを止める。

「はい、何ですか?」

「さん付けはこれから無しな。ほぼ同い年だし」

「え、いやでも……」

「俺が慣れないんだよ、頼む」

 アリウスはあまり敬語で話すことが無く、むしろ年上からも敬語を使われる時が多かった。

 国王直属の近衛隊にいるばかりに、妬み混じりの敬語を。

 もちろん、コノハがそんな意図を持っているなどとは思っていないが。



 コノハはアリウスの言葉を聞いて、何とは無しに察してくれたようだ。

「分かりました、アリウーー」



 その時、スルリとコノハの手がハシゴから滑る。

「あっ……」

 そのまま小さな身体は、仰向けのまま床に吸い寄せられる。



「おっと!!」

 アリウスは直感的に走り出し、落下するコノハを抱きとめた。

 果物などとは違う、甘い香りがアリウスの鼻腔をくすぐる。


「危ねぇ、大丈夫か?」

「………………」

「コノハ?」

「ひゃい!」

 見ると、コノハの顔は赤くなっている。髪と同じくらい。

 それと抱き抱えている両手に伝わる謎の感触がアリウスはよく分からなかった。

 フニッとしているが、気にしないことにした。

「何だ? 怖かったか?」

「す、少しは……」

 なんと言ったのか、アリウスは聞き取れなかった。なので、もう一度尋ねようとした時だった。

「少しは羞恥心を持って下さいよぉぉぉ!!」

 突然コノハは叫び出し、ハシゴを物凄い速度で登って行ってしまった。


「? …………!?」

 アリウスはよく分からなかったが、何か自分に落ち度があったのだろうか。

 その疑問は、眠りに落ちる前に解決することはなかった。



 続く

クエスト名: 隣の森の採集ツアー


という訳で4話でございます。

今回も農業要素が少ない、悲しいね。

次回は新たな生き物がドシドシ出ますので

お楽しみに。


それでは皆さま、ありがとうございました

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