60ページ目 夢の守人
鎧へと変わった瞬間、黒い魔力は激流の様に流れ出し、辺りを黒い霧の様なもので包む。
とてつもない濃度の魔力だ。竜騎士ですら一瞬目眩に襲われるほどなのだから。
「貴様をこのままにする訳にはいかない」
槍を構え直し、穂先をアリウスの方へ向ける。しかし彼は構える事すらせず、それはおろか剣を鞘に収めてしまった。
「何のつもりだ」
「良イかラ来い」
「ならばっ!!」
間髪入れず、竜騎士の突きが襲いかかる。空を裂く鋭い音。銀色に輝く穂先は黒い兜を正確に狙う。
アリウスは穂先を掴んでその一撃を受け止めた。力を込めて押し込もうとするが、掴まれた穂先はビクともしない。
「俺ニ、剣を抜カセてみろ」
「随分安い挑発が口を突いて出るものだ」
竜騎士は槍を手放すと、拳をアリウスの頭に叩きつける。通常なら首が折れてしまうほどの重い衝撃が伝わる。
しかしアリウスは物ともせず、逆に奪った槍を振るって竜騎士の鎧に傷を付けた。
一旦間合いを取るために竜騎士は飛び退くが、すかさず槍を投擲。頭を貫く寸前で竜騎士は槍を掴んだ。
アリウスは地を蹴り、拳を振るう。槍を振るうには間合いが足りず、竜騎士も拳で対抗する。
拮抗する一撃が火花を散らす。
竜騎士は蹴りを放とうとするが、アリウスはこれを跳躍して回避。踵落としで槍をはたき落とすと、後ろ回し蹴りで竜騎士を吹き飛ばす。槍を蹴り上げて宙に浮かし、それを更に蹴り飛ばして竜騎士へ突き立てようとする。
今度は掴み返す余裕もなく、右肩の鎧を穿ち、地面に落下する。
一分の隙もない。またしても最初の自然体に戻っているが、全身から放たれている鋭い殺気が周りを覆っている。
竜騎士はこの戦い方に見覚えがあった。徒手空拳で敵と戦い、命を奪うその瞬間に剣を抜くという剣士がいた。
「黒き夢伝説……いや、あれはあくまで物語の筈……もしアレが実話を元にしていたとしても、もう彼は……」
「気ガ済んだナラ去レ。お前ニ俺は殺せナイ」
「何を根拠に……」
「俺トコイツには、守ラナければナらナイ夢がアッタ。ソしてソレを失ッた。ソノ痛みをお前ハ知らナイ」
「やはり貴様は、あの青年じゃないな」
地面に落ちた槍を拾い、構え、油断なく睨み据える竜騎士。
「剣を抜け、黒き騎士よ。その青年には悪いが、最早手遅れだ。決着をつけよう」
「……もうついてイる」
「何……っぐ!?」
刹那、竜騎士の鎧に無数の剣閃が走った。
砕け、斬り裂き、鎧を貫通した斬撃は肉を裂く。その剣閃は徐々に頭に上っていき、兜を砕いた。
中から姿を現したのは、アリウスと同じくらい若い青年の顔だった。燦めくような蒼い髪、若草色の瞳。
そして竜騎士は、ゆっくりと地面に崩折れる。
「……私とした事が、未熟だったな」
既にアリウスの手には黒い剣が握られていた。あの一瞬のうちに無数の斬撃を刻んだのだろう。
「トドメを刺すか」
「イヤ、コイツは望んデいない。急所を外シタのモ、コイツの意思だ」
「そう、か……甘さは抜けていないようだな、青年」
既に黒い騎士の姿はそこになく、代わりに黒い剣を携えたアリウスがそこに立っていた。哀しげに揺らぐ瞳を向け、黒い右腕は力無く垂れている。
「…………あんた、前に言ったよな。呪われてるって。その通りだよ。俺はあの日からずっと……」
先程感じていた強大な魔力も消えている。だが黒く穢れた右腕と剣はいつまでも消えなかった。
「いつでも始末してくれていい。コノハの夢を壊すくらいならな。それでも俺は竜奏士になる。奪ったり捨てたりしないで、誰かを救うことが出来るなら」
そう言うとアリウスは去って行った。その時彼の剣から白銀の光が尾を引き、飛び去っていった。
残された竜騎士は立ち上がり、落とした槍を手に取る。
血はもう止まっている。あの量の魔力を帯びた一撃ならば傷が腐食していてもおかしくない。だがその様子はなく、傷に魔力残滓はなかった。
「……甘い奴だ。本当に」
「はぁ、はぁ、はぁ……!!」
コノハの息は上りきり、途中で咳き込んでしまう。息からは血のような匂いもする。
探している最中、飛び去って行く機械竜の姿を見た。蒼い飛竜、リンドブルムをも呑み込み、どんどん膨れ上がっていくのを。
これだけ探しても見つからない。もしかしたら機械竜に呑まれてしまったのだろうか。
否、そんな筈は無い。
「アリウスは、きっと、き……と」
目眩が襲う。
走り過ぎたせいだろうか。フラフラと足取りはおぼつかなくなり、咳が止まらなくなる。
「ゲホッ! アリウス、何処、ゲホッゲホッゲホッ!! 息が、ゲホッ……」
心臓の動悸も不規則になり始める。体を巡る魔力の流れもおかしくなり始める。
「苦しいよ…………なんなの、これ…………」
ーー ミンナミンナ、シアワセニナリマショウ ーー
「レムリアちゃんの声……?」
ーー レムリア……やめて…… ーー
「レンちゃん?」
コノハは何かに導かれる様に立ち上がり、歩き出す。
「どうして、2人の声が……?」
自身も気付かぬうちに力を解放し、目は竜のものへと変わる。少し先で銀色の光が揺らめいている。その光がこの声を届けているのだろうか。
「誰なんですか。誰が2人の声を……」
「コノハちゃん、だよね」
突如、聞き覚えのない声が後ろから聞こえた。振り向くと、そこに少女が立っていた。
雪の様に白い髪に白い肌。その中で赤い瞳だけが宝石の様に輝いている。
少女の足元では、小さな竜の雛が数匹、こちらを見つめていた。
「誰……ですか……?」
「いつも貴方達を側で見てた人。……コノハちゃん、助けたい? あの2人を」
「どうしてその事を……」
「さっきも言ったよ。貴方達の事をずっと見てたんだもの。何が起きたのか、全部知ってる。それで、どうしたい?」
少女は静かに笑う。儚く、それでいて美しい微笑み。
まるで散り際の花の様に。
まるで空から降りては溶ける、雪の結晶の様に。
「…………レンちゃんと、レムリアちゃんを助けたい。幸せになって欲しいんです」
「今の彼女達は違う?」
「貴女が届けてくれた声を聴いて分かりました。2人とも…………泣いているんです。このままじゃ一緒になれたとしても、幸せなんかじゃない。だから……」
「そう。なら、私が魔法をかけてあげる。飛びっきりの魔法を」
少女はコノハに歩み寄り、そっと彼女を抱きしめた。竜の雛達もコノハに寄り添う。
白い光が揺らめき、徐々にコノハの身体を包んでいく。
「名前、教えて貰えますか?」
「私はね…………ネフェル。ネフェル・クリンスト」
少女ーーネフェルが名乗ると同時に、光の粒子となって、コノハと一体化した。
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機械竜は魔力の匂いに導かれるまま、ヴィルガードへ向かう。
マグラスが火炎を吹きかけ、ウィスが魔法をぶつけて注意を引こうとしても、こちらには目もくれない。ドラゴンやドラグニティの魔力では足りなくなってしまったのだろうか。
「このままじゃ街に被害が……!!」
「創生樹まで呑み込んだらいよいよ手がつけられないな」
「どうすれば……」
機械竜の体内にいる筈の2人をなんとかしなければ、いずれ訪れるのは歯車の暴走による自爆。その威力は想像するだけで恐ろしい。
幸い飛行速度は遅い。まだ時間はある。
「一か八かだけど、私が体内に飛び込んで……」
「待て! 下に誰かいる!」
マグラスの視線の先。
そこには機械竜へ必死に呼びかけながら走り続ける青年の姿があった。
「あいつ、誰かに似ている様な……」
「そんな事は後! 君、君!! 危ないから離れなさい!!」
ウィスは青年に向かって警告する。すると青年はこちらに振り向くが、その足を止めようとはしない。
「何してるの!? 早くここからーー」
「お願いです!! あの竜の動きを止めてくれませんか!? 一瞬で良いんです!!」
「え!? 動きを止めてどうする気なの!? それに止める方法は……!」
「ウィス、マズイぞ!!」
機械竜の動きが変わる。
突如口部が大きく裂け、開口する。
中からは無数の蔓が束ねられた、太い蔓が現れた。
「まさかっ!?」
蔓が射出される。
凄まじい勢いで飛び出したそれは、遥か先にあるヴィルガード、その大図書館であるレムウィージスを貫いた。そこから爆発的に伸び始め、呑み込もうとする。
「この距離から創生樹を取り込むつもりか!! ……って、ウィス、何を!?」
「ごめんなさいマグラス、後でまた美味しいもの作ってあげるから!!」
ウィスはマグラスの背を飛び降り、機械竜の頭部に降り立った。一気に走り抜け、口部から放たれた太い蔓に辿り着く。剣を突き立て、押し込み、切断しようと試みた。
しかし突き立てた場所から小さな蔓が伸び、ウィスを取り込もうとする。
「レンちゃん……レンブラント!! 貴女は、貴女たちはこんな事望んでないでしょ……!! レンブラントッ!!」
蔓は全身を覆い始める。それでもウィスは剣から手を離さない。
短い間、それもレンブラントが子供の頃だが、一緒に暮らした家族だ。世界を喰らい尽くす存在になるなど耐えられない。
「お願い、もう、やめて……!!」
その時、黒い一閃が走る。
蔓は瞬く間に切断され、機械竜は初めて苦悶の声を上げる。落ちていくウィスの身体は、何者かに空中で抱き止められた。
小さく開いた瞳に映った姿は、
「アリウス君……」
「今ハ違うナ。だがお前ヲ助けタのは、ソイツの意思だ」
「何を、言ってるの……?」
「…………ホう。あの姿ハ」
空を見上げると、機械竜の動きがおかしくなっていた。何かに巻きつかれ、もがきながら地面に引き摺り下ろされていく。
その正体を間近に見ていたマグラスは、声を漏らしていた。
「コノハ……?」
白く細長い体躯、羽毛が首回りを覆い、4枚の翼を広げる竜。
赤と翠色のオッドアイが、光を反射していた。
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム、
「救済の手」
手を伸ばせば、届く距離にいるはずだから……。




