59ページ目 堕ちる魂
舞い散る瓦礫、埃、鉄屑。
巨大な身体を持った機械竜は街の大部分を呑み込み、そして残った部分を落下した時に破壊した。
燃え盛る街の中、動きを止めた機械竜の下で、アリウスは朦朧とした意識でいた。あの高さから落下して五体満足な自分に呆れる。
身体は動かない。瓦礫で手と足を挟まれ、剣は少し離れた場所に突き刺さっている。
「まずいな……このままだと……」
「兄さん!!」
と、アリウスの前に現れる人影が、瓦礫をどけようと手をかける。
「ジーク……お前無事だったのか……」
「兄さんは全然無事じゃないよ! 待って、今退けるから!」
「さすがにこれはお前でも退けられない……ったく、カッコつけてこれか……あの時と同じだな…………」
そう、自分は何も変わっていない。
ジークを置き去りにして飛び出していったあの日も、ネフェルを救えなかったあの時も。
誰かを守ろうとして、結局大事な人を傷つける。
「兄さん……?」
「勝手な事ばっか言ってんのは認める……でも、頼む。レムリアと、レンブラントの事を…………」
「やっぱり、あの機械竜は……」
「俺の剣は、彼奴に届かなかった……それどころか彼奴らをこんな姿にしてしまった……」
弱々しい声で話すアリウスを見て、ジークは唇を噛む。だがやがて、瓦礫から手を離した。
「兄さん、ありがとう。…………決心がついた」
たった一言だけ告げ、ジークはゆっくりと離れていった。決して振り返らず、強い意志を含んだ背中を向けて。
「…………強い奴だよ、お前は……っ!?」
その時、全身に激痛が走った。それも今までのものとは比べものにならない。
落下した時におったものとは違う。内側から食い破られるように痛みが侵食する。
見ると右手に文字が刻まれていく。手の甲、腕、肘まで。大量の血を流しながら、ユーランスペルを記す。
ーー 立テ、俺ト同ジ、夢ニ破レタ者 ーー
「こんな時に、ふざけるな……!!」
だが意識が朦朧としている今、抵抗する事は出来ない。鎮めてくれる、あの剣は遠い。あの優しい声は聞こえない。
ーー 俺ガ、オ前ノ夢ヲ、守ッテヤル ーー
「やめろ……やめろ、やめろ、また、また……俺は……嫌だ、嫌だぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
ドス黒い魔力が奔流となり、アリウスの上にあった瓦礫を全て吹き飛ばした。
ゆっくりと立ち上がり、刺さった剣を抜く。
銀色の刀身が、血濡れた紅色に染まった。
機械竜を追ったマグラスとウィスから別れ、コノハは声を張り上げる。
「アリウスー!! アリウスー!!」
ボロボロになった街の中を走り回り、落下したアリウスを探し回る。だが、見つからない。
最悪の場合を想像してしまい、背中に悪寒が走った。
「いたら、いたら返事して下さい! アリウス!!」
コノハはある場所で足を止めた。
そこだけ不自然に瓦礫が飛んでいた。そして、そこに残っている魔力残滓。
どの魔法とも似つかない。例えるなら純粋な黒と言うのが相応しい。
「…………」
知らずうちに、自らの手を握り締めていた。
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沈黙した機械竜の前に辿り着く。
今は休止状態なのだろう。だが身体の各部からはギリギリと軋む音が漏れ出ている。いつ動いても不思議ではない。
「…………」
ジークは懐から小さな小瓶を取り出す。中は透明な液体で満たされていた。
おそらく機械竜の胴体、そこにゴーレムでいう歯車ーー レンブラントとレムリアがいる。だがヴァニティドール、そしてエルフの2人を取り込んだ体内は高密度の魔力で満たされている筈。
魔力に耐性の無いヒューマンなら、触れただけで中毒を起こし、死に至るだろう。
普通ならば。
「でもこれを使えば……その普通を崩せる」
小瓶の蓋を開け、小さな注射器に入れる。
「そこまでにしておけ、若きヒューマン」
後ろから響いた低い声に驚き、注射器を取り落とした。
「しまった!?」
注射器は小さな音と共に割れてしまい、液体は地面に溶けて消える。土からは気泡と煙が上がる。
振り返った先には、銀色の鎧に身を包んだ竜騎士の姿があった。その背後には蒼銀の飛竜が唸っている。
「貴方は……!?」
「名乗る必要はない。そこを退いてもらおうか。その機械竜、否、ヴァニティドールの始末は私がつける」
「…………誰なのかは存じあげません。ですけど、それはさせません! これは僕がやるべきことなんです!」
「…………もう一度だけ言うぞ。退いてもらおう」
槍の穂先をジークに向け、兜に象られた竜の瞳が睨む。
ジークは、退かない。両手を広げ、機械竜を庇うように立ち塞がる。
「何度でも言います。退きません」
「……本当に、愚かな種族だ。私達の負の遺産にさえ首を突っ込み、あまつさえ同情するとは」
槍を引き、構えをとった時、
「ギギ、ギギギ、ガァァ、ガァァァッッッ!!!」
機械竜の瞳が凶悪な輝きを取り戻し、爆音と共に立ち上がった。
そして再び蔓を伸ばし、周りの瓦礫を取り込んでいく。
「……早いな。リンドブルム!!」
「グゥゥゥッッ!!」
竜騎士の指示に従い、口から光弾を撃ち放つ。しかし機械竜は胸から障壁を発生させ、搔き消した。
「学習しているということか」
「ギィィアアアアァァァァッッッ!!!」
蔓を伸ばし、リンドブルムの身体に巻き付ける。リンドブルムは蔓に噛み付き、爪で引き裂いて対抗する。
しかしその強靭な爪や牙ですら蔓を切断する事は出来ない。首や身体、遂には全身を絡め取り、蒼い巨体を自らの身体に取り込んでしまった。
竜騎士は苦い表情を浮かべる。
「…………やはり危険だ。このままでは世界を飲み込むやもしれん」
「レムリアッッ!! 落ち着いてレムリアッッ!! 君は優しい子だ! こんな事、平気なわけがない!!」
ジークは叫ぶ。機械竜にではない。
中にいる、レムリアに対して。
「帰って来てレムリアッ!! レンさんと一緒に!!」
「ギ……………………ギ、ギギ…………」
機械竜の動きが、一瞬だけ止まる。
ジークを見下ろす無機質な瞳が、僅かに揺れて、
「ガァァァッッッ!!」
再びその巨躯を飛翔させた。
「待って! レムリアァァァ!!」
急ぎ、機械竜を追うジーク。
「綺麗事を……」
竜騎士は先の光景を吐き捨て、その後を追おうとした時だった。
ドラグニティの直感が、これまでに感じた事がない程の魔力を感じ取る。
「何だ……!? この、殺気と憤怒が入り混じった苦い魔力は……!?」
直後、その根元が竜騎士の前に降り立った。
地面が割れる。着地の衝撃ではない。身体を纏う魔力が地面を抉りとったのだ。
その顔を見た時、竜騎士は思わず呻いた。
「貴様、何故…………!?」
「先へは、行カせナい」
歪んだ声が響く。
竜騎士には理解が出来なかった。
ヒューマンには魔力腺が存在しない。
だというのに、
エルフはおろか、ドラグニティですら出せない、膨大な魔力を目の前のヒューマンは放っていた。
「そこまで、そこまでして貴様は……一体何を望んだのだ!!」
「夢を…………」
纏っているドス黒い魔力が、一挙に集まる。それは徐々に鎧を形成していく。
最後に見えた青い瞳には、黒い縦長の瞳孔が開いていた。
竜の、瞳。
「夢ヲ……………………守る、為ダ」
一筋の涙が流れるアリウスの顔は、黒い竜頭の兜に覆われて、消えた。
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム、
「夢の守人」
叶わぬ夢を守ったところで、誰を救えるというのだ……。




