57ページ目 存在理由
「レンブラントさん、何処へ、行くのですか?」
「いいから走りな! とにかくここから離れなきゃ!!」
レムリアの手を引き、ひたすら走る。
何処へ行くのか。何処へ行けばいいのか。レンブラントにも分からない。だが今はとにかく走らなければならない。
レムリアを守らなければ。
「一体何があったんだよ!?」
アリウス達は街を駆け回る。街の人々に聞いて回るが2人を見かけた者はいなかった。
「…………」
「話したくないってか? 今そんな事してる場合じゃねえぞ! レンブラントの表情、明らかにおかしかった。何を聞いたんだ!?」
「…………」
「お前いい加減にしろよ!!」
アリウスは遂に足を止め、ジークに掴みかかった。だがそれでもジークは口を噤んだまま。
「状況分かってんのか!? レムリアが、ヴァニティドールが何なのか分からなきゃ見つけてもどうしようもないだろ!!」
「もう見つけたってどうしようもないんだよ!!」
ジークはアリウスの手を振り払う。
「レムリアちゃんを助ける方法なんてないんだ!! むしろ……彼女の体内の歯車を破壊しないと……!!」
「……どういう、事だ」
「魔力腺を模した歯車……!?」
コノハは絶句する。ビルツは青ざめた表情で続ける。
「ヴェグバイン博士はゴーレムのある欠点に悩んでいた。それは術者が生きていて、尚且つ十分量の魔力をゴーレムに供給しなければならないこと。そして生命魔法の基礎を知らなければならないこと。つまり大量のゴーレムを造り、運用出来る種族。それはドラグニティしかいない」
「でも、それとヴァニティドールには何の関係が!?」
「……時代のせいだよ」
ビルツは街を闊歩するゴーレム達に目を向ける。その金属で出来た巨大な体躯に、コノハは気がついた。
「この街のゴーレム、どうして木や石で出来てないんですか? わざわざ金属を使う必要なんて……」
「ヴェグバイン博士が生まれた時代は、全ての種族が土地や資源を巡って争っていた。私達ドワーフは魔法が得意じゃない。だからこそ、その時代で台頭していたエルフやドラグニティに勝つ為の切り札が必要だった」
「戦争……」
コノハも、書物を読んだことはあった。
遥か数千年前に起こった古代戦争。幾度となく続いた戦争が終結したのはつい数百年前。結局争っていた種族同士は痛み分けとなり、面だった戦争を避けてきたヒューマンが勝利するという皮肉な結果に終わったのだった。
「博士はゴーレムの技術をドラグニティから盗み出し、ドラグニティの協力者達と一緒に兵器としてのゴーレムを生産した。でも、それだけじゃ終わらなかった」
ビルツは本棚から一冊の日記帳を取り出す。
その中から、彼女はあるページを抜き出した。
『私は捨て子や奴隷を引き取り、ある実験に取り掛かる事にした。ゴーレムの問題点であった燃費や制作費用。それら全てを覆す事が出来る兵器だ。ゴーレムを超えるゴーレム、文字通り生きた兵器を作る』
言葉を失うコノハに、ビルツは別の本を開いてみせる。そこに書き記されていたのは、ヴァニティドールの製作方法。
凄惨なものだった。子供の内側に歯車を埋め込み、必要のない臓器は全て取り除く。
「こんな事…………こんな事…………!!」
「およそ、人間が出来る事じゃない。何百人もいた子供達の内、成功したのは十数人。でも、博士は後悔したんだ。自分が何をしたのか、戦場で見た時に」
ビルツは、静かに日記帳のページを開いた。
『私は万死に値する罪を負った。私が生み出した子供達は容赦なく敵を殺していく。だが彼らは、この世界すら虚無に返してしまう、恐ろしい兵器だったのだ』
「ヴァニティドールの歯車は不自然に魔力腺を催したせいでとても不安定になっていた。魔法を使う度に歯車には魔力の残滓が蓄積されて…………最期には自爆する。街1つ、簡単に吹き飛ばすくらいのね」
「レムリアが……そんな……!?」
アリウスは頭を抱える。
今でも信じられない。あんなに小さな少女が、街1つを吹き飛ばす爆弾を抱えて生きている。信じられる訳がない。
「でもレムリアは、記憶がない。だったら……」
「そんな簡単な問題じゃないよ。レムリアちゃんは、レムリアは偶然歯車が起爆しなかっただけ。でも数百年の間に残っている魔力だ。何かの拍子に突然暴発する事だってありえる」
「だったら、だったら……」
アリウスは考える。だが答えは見つからない。当たり前だ。自分より多くのことを学んできたジークが何も浮かばないのだから。
「でもこんな終わり方、お前もレンブラントも望んでない筈だろ!?」
「決まってる!! でも僕には何も……」
「諦めるな!! 何か考えろ!! 戦う為に生み出されて、いらなくなったら危ないからって殺される、そんなの悲しすぎるだろ!!」
「兄さんこそ!! 何も方法が浮かばないのに偉そうな事言うなよ!! このまま生き続ける事がレムリアにとって幸せとは限らない!!せめて苦しまないように終わらせてあげる事しか……!!」
「…………分かったよ」
アリウスは静かにジークから離れる。その目には決意の色が表れていた。
「それが、お前の望みなんだな。…………俺がやる。お前ら2人には任せられない」
「兄さん……!?」
「レムリアにとって、お前とレンブラントは親みたいなものだ。多分彼奴は自覚してないけどな。……大丈夫だ、引導を渡すのも、怨みを買うのも慣れてる」
アリウスはそのまま走り去っていく。
「兄さん待って!! 僕は……!!」
ジークは手を伸ばす。
子供の頃、騎士になる為に周りの反対を押し切って村を出て行った、その時の姿と重なっていたから。
ふと、ジークの影を別の影が飲み込む。
空を見上げるとそこには、真紅の竜が飛翔していった。
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レンブラントとレムリアは廃屋に篭っていた。
「レンブラントさん、大丈夫、ですか?」
「私は大丈夫さ。レムリアは?」
「大丈夫です」
相変わらず無表情だ。だがレンブラントには分かる。不安な気持ちを抱え、それでもレンブラントのことを気遣っている。
あんな話を聞いたら、不安になるに決まっている。
レンブラントはレムリアの頭を撫でる。自分と同じ銀色の髪。
「呪われてなんかいない。あんたの髪は綺麗だよ」
「レンブラントさん、何故、悲しい顔を、しているのですか?」
「……当たり前だろ」
理由は言わず、レンブラントはレムリアを抱きしめた。
自分もいらないと言われた。でも手を差し伸べてくれた人がいた。
ならば自分が、レムリアに手を伸ばさなければならない。
「私に任せな。幸せに暮らせるよう、考えてみせるから」
「…………幸せに? だったら、それは、必要ないです」
「ど、どうして……?」
レンブラントの背中を、小さな手が握った。
「もう、十分幸せですから。レンブラントさん、ジークさん、アリウスさん、シャディさん。みんな、みんな、優しい、人達ですから」
「レムリア……!!」
レンブラントの目から涙が溢れ出す。
その時、ガサガサと草むらが揺れた。
中から姿を現したのはシャディ。2人の様子をジッと見つめている。
「シャディさん?」
するとシャディが、「ピィッ」と一声吼える。
その音に続き、ゆっくりと人影が姿を現した。
「ウィスさん!?」
かつて自らを受け入れてくれた、もう1人の母とも言うべき人。その人が今、目の前に立っていた。
流麗な長剣を抜き、レムリアよりも無機質な瞳をして。
「久しぶり、レンちゃん。随分大人になったね」
レンブラントはレムリアを背後に下げる。優しい言葉とは裏腹に、声は冷酷なものだったからだ。
その手に握られた長剣も、いつ振るわれるか分からない。
「何を、しに…………?」
「ずっと探してたのよ。そうしたら偶然、シャディを見つけてね。協力して貰ったの」
シャディは体を小さくし、ウィスの後ろに隠れる。だがレムリアは全てを理解し、シャディに頷いた。
「レンちゃん、危ないからその子から離れなさい。放っておけば危ないの。大丈夫、私が安全な場所にーー」
「貴女も!! 貴女もレムリアを殺す気ですか……私の事を受け入れてくれた貴女まで!」
「…………そう。見つけるのが遅かった私も悪いわね。だったら……」
長剣が振り上げられる。
「力尽くでも、破壊させてもらうわ」
「ベグネレズ ジノハユガ レイズ ギグラサヴィス ガナデラ (跪け、かの者らよ 生命を焦がし尽くす 紅蓮の焔)!!」
レンブラントの手から炎の鎖が噴き出し、ウィスの手に絡みつく。しかし、
「ジノハユガ レドル ベーレス(其の主は、我なり)」
瞬く間に炎の鎖は勢いは増し、レンブラントの手をも焼く。
「う、く……!?」
「貴女はカースエルフ。生まれつき他のエルフより魔力腺が発達しているのは知っている。だけど、私には敵わない」
炎の鎖はとうとうレンブラントの首に巻きつき、手綱のように操られる。レンブラントの体は宙に浮き、熱と圧迫する力で呼吸が出来ない。
「貴女に魔法を教えたのは私よ。腕は上がってるけど」
「レ、レムリア…………に、げ…………」
「…………ごめんね。起きたら全部、いつも通りになる。夢から覚めた朝みたいにね」
「カハッ!!」
このまま絞め落とそうと、炎の鎖が一層強く首を絞める。
レムリアは何も出来ず、呆然としていた。
ーー 逃げなさい、早く!! ーー
ーー 博士? ーー
ーー 逃げるんだ!! 私は、お前達を生み出した罪を償わねばならん。だがお前達に罪はない! ーー
ーー 博士!! ーー
ーー すまん。私は、お前達と一緒にいられない。だから、せめて、幸せに生きてくれ ーー
「いや…………」
「っ!?」
レムリアの身体から光が溢れる。その色は赤く、青く、黄色く、黒く、白く、碧く、安定しない。不規則に輝く。
「いや、いやだ……」
「このままじゃまずーー」
「イヤァァァァァッッッ!!! 私から、私から幸せを取らないでぇぇぇっっっ!!!」
眩い光にウィス、そしてシャディが吹き飛ばされる。周りの廃屋も吹き飛ぶ。しかし、レンブラントの身体だけはその場に着地する。
既に意識はない。その身体を、レムリアは小さな腕で抱き上げた。
「一体……シャディ、大丈夫?」
「ピィ〜……」
目を回してはいるが、大丈夫なようだ。ウィスは立ち上がり、再び剣を取る。
直後、ドラグニティの直感が背後の気配を感じ取った。
「危ないっ!!」
「ピッ!?」
シャディを抱え、横に飛ぶ。
すると先程まで2人がいた位置に鉄の拳が降り注いだ。
「まさか、こんな……」
街にいた金属ゴーレム達が、まるでレムリアとレンブラントを護るように取り囲んでいた。
「私は、幸せを、離さない!! 私はヴァニティドールなんかじゃない!! 私はレムリア、レムリア……カルフュード!!」
彼女の腹部は、光に溢れていた。
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム、
「災厄の機械人形」
これは、私達の罪でもあるから……




