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56ページ目 鉄の街へ

 

「だぁかぁらぁ!! 人の話をちゃんと聞きなさぁい!! ヒック!」

「はいはい」

「はいはいじゃなぁい!!」

 アリウスに背負われたコノハは叫び散らす。背中をバンバン叩き暴れ回る、普段と違うコノハの様子にアリウスは呆れた様に溜息を吐く。

「私の何処がお子ちゃまだって言うんれすかぁ!! 見た目だけで判断するなぁ!」

「はいはい、立派なレディだよ」

「心がこもってなぁい! やり直ーし! キャハハハ!」

「…………」

 ここまで酒癖が悪いとは思っていなかった。

 適当な返事をすれば怒り、話しかけなければ怒る。相当な絡み酒だ。


 一方、レンブラントはというと、

「うわぁぁぁんジークゥゥゥ!! 私はそんなに年増に見えるのぉ!?」

「大丈夫だよー。レンさん、ピチピチだよー」

「エルフの年齢的に、若いかと」

「あああぁぁぁ、そう言ってくれるのはジークとレムリアだけだよぉぉぉ! ありがとうねぇ!!」

 こちらは泣上戸だった。ジークに肩を借り、泣き喚きながらレムリアの頭を撫で回す。


「嘘つかないのジークさぁん!! レンちゃんまた調子乗って婚期逃しちゃうかもよぉ!? ウフフゥ!」

「う、うわぁぁぁん! コノハが虐めるよジークゥゥゥ!!」


 滅茶苦茶だ。相手するのも面倒になり、アリウスとジークは黙々と宿へと向かう。


 だが本当の戦いはこれからだった。中々寝付かない2人が寝るまで、兄弟は付き合う事になるのだから。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「うぅ……気持ち悪……」

「頭が……痛いれす……」

 馬車に揺られ、青い顔をしたコノハとレンブラントが呻く。レムリアとシャディも危機を察したのか、それぞれアリウスとジークの膝下へ避難している。

「2人揃ってだらしないな……」

「まだ道のりは長いし、寝てた方がいいよ」

「キュッ」

 ジークが言い終わる頃には、既に2人とも眠りについていた。頭をくっつけ、静かな寝息が聞こえる。


「さて兄さん、キングさんによると、ケーブに行くにはこの先のケーブ沼地で馬車を降りなきゃいけない。そこからは徒歩になるんだけど……」

「俺は構わないが、3人には頑張って貰わないといけないか。……大丈夫なのか、あの2人」

「た、多分……」

 スヤスヤと寝ながら、偶にえずく2人を不安そうに見る。

 馬が通れないという事は、道が舗装されていない、或いは険しい道という事になる。

「軍馬か竜車なら通れるんだが……」

「そんな高価なもの、乗れるなら乗りたいけどね」

 そもそも竜車は数が少なく、軍馬は騎士団くらいしか所有していない点を見ても、徒歩以外に沼地を越える方法は無いだろう。


「ところでレムリアちゃん。なんか良い匂いするんだけど、お風呂に入った?」

「はい。コノハさんと、レンブラントさんが、辛そうでしたので、私がお身体を、洗いました」

「……立派だ。立派なレディだ」

「シャディさんも、ね?」

「ピィ」

「…………本当だ。シャディから花みたいな匂いが。ありがとうな、レムリア」

 小さい淑女に2人が感心していると、馬車の動きが止まる。外を見ると、どうやら着いたようだった。




 降り立つと、そこには広大な沼地が広がっていた。けたたましい鳥の鳴き声が響き、何かに沼に入る水音が乱入する。所々人が通ったような跡があるが、おそらくキング達のような狩人が狩猟をしたのだろう。

「懐かしいなぁ。フィールドワークで一回だけ行ったきりだったし」

「なら任せるぜ。俺はこの辺は知らないからな」

「騎士団の仕事で来た事ないの?」

「ヴィルガードはあんまり騎士団を寄せ付けたくないらしい。レオズィールのヒューマン至上主義が他所で好かれる訳がないからな」

「難しいなぁ……」


 一行はぬかるんだ道を進む。まだふらついているコノハとレンブラントは、それぞれアリウスとジークの手を繋いで歩く。

 道には奇怪な形をした虫が空を飛び回り、地面を這い回る。レンブラントは青い顔をしながらジークの腕に寄り添う。と同時に紅くなるジークに、レムリアは疑問を抱いた。だが、言葉は飲み込む。


「…………止まれ」

「兄さん?」

 足を止めるアリウスにつられ、ジーク達も歩みを止める。アリウスはまっすぐ前を見据え、コノハは息を止めている。

 視線の先には黒い影が闊歩していた。


 鋭利な背鰭が連なり、ワニの様に長い顎、平べったい尻尾、対して脚はしなやか。翼には薄い膜が張られ、魚の鰭のようだ。瞳孔が縦に裂けた瞳は、アリウス達をジッと睨んでいた。



「エレドノヴァだ。ギノ・エレドノスの近縁種……離れよう」

「いや、気づいてはいるが興味は示してない。奴の腹を見ろ」

 エレドノヴァの腹は、既に大きく膨れ上がっていた。食事をしてすぐなのだろうか。

「横を回っていくぞ。刺激するなよ」

 アリウス達は静かに歩き、横を通り過ぎていく。エレドノヴァはこちらを見つめはしたが、それ以上の事はせずに去って行った。

 一行はほっと胸を撫で下ろす。


「ふぅ、あっぶねぇ」

「お腹いっぱいだったみたいです。助かりましたね……」

「ガァウ……」

 安堵から、呑気なあくびをシャディがした直後だった。


 シャディの脚にロープが巻きつき、逆さ吊りで木に引っ張り上げられたのだ。

「ピイッ!?」

「シャディ!?」

 驚き、暴れ回ると、木に括り付けられた板がガラガラと喧しく鳴り響く。どうやら狩人の罠に引っかかってしまったようだ。


「待ってろ、今……」

「コラー!! それはあたしの獲物だぁっ!!」

 何者かの声がアリウスの声を遮り、同時にブーメランが飛翔して来た。反射的に足で蹴り弾き、剣の柄に手を掛ける。

「えっ!? あたしの傑作ブーメランが弾かれたぁ!?」

「此奴は俺たちの仲間でな! 晩飯なら他を当たれ!」

 声の主に向かって怒鳴る。


 すると、木の陰から人が現れた。


 コノハの胸くらいまでしかない身長、逆にそれに迫るほど長い黒髪。眼は純銀の様な色をしており、丸顔の少女だ。


「ドワーフ?」

「そういうあんたらは……ヒューマンにエルフに、ド、ドラグニティまで? 賑やかな人達だなぁ……」

 いきなり襲いかかって来たにも関わらず、今度は興味深そうに近づいてくる。

 アリウスがシャディを罠から外してやると、背中のリュックに逃げ込んだ。

 コノハはおずおずと尋ねる。

「え、えっと、どちら様でしょうか?」

「あたし? あたしはビルツ。ビルツ・ビルドスタだよ!」

「ビ、ビルドスタって……!?」

「ヴェグバイン・ビルドスタの、ビルドスタか!?」

 驚愕の表情を浮かべるアリウス達に、ビルツは首を傾げた。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「到着! ここが鉄の街、ケーブだ!」

 ビルツに案内され辿り着いた街は、文字通りだった。


 街の至る所に作業場が点在し、熱気の篭もった蒸気を噴出する煙突が伸びている。街を満たすのは人々の活気ではなく、金属を叩く甲高い音。


 そして何より、街中を巨大なゴーレム達が闊歩しているのだ。

 あるものは見上げる様な高さの柱を運び、あるものは鉱石が山ほど積まれた荷車を引いている。


「それで、ここがあたし達の作業場!」

 ビルツは作業場の奥へ叫ぶ。

 その作業場は他に比べ大きく、剣や槍、斧、鎌、鋤などが壁一面に並べられている。そこには先程投げつけられたブーメランと同じものが飾られている。

「いやいや、ごめんね。まさかあんたらのペットだったとは思わなかったんだ」

「全く…………」

 アリウスはシャディに目を向ける。最早定番の、レムリアとセットで椅子に座っている。


「でまぁ、道すがら要件は聞いたんだけど……この子が……」

 ビルツはレムリアの事をジッと見つめる。瞬き一つせず、レムリアは見つめ返す。

「…………この子の保護者は?」

「一応、私達が預かってるけど……」

「じゃあ他の2人は外に行ってくれる? きっと、他には聞かれたくないだろうし」

「……分かった」

 アリウスは立ち上がると、シャディを抱えて外へ出た。コノハも不安そうな表情でレンブラント達を見つめていたが、やがて一礼して外へ出て行った。


  「結論から言うよ。レムリアちゃんはあたしの先祖、ヴェグバイン博士が造ったゴーレム。ヴァニティドール、今から数百年前に起きた古代戦争で投入された兵器(・・)。これは多分、あんたらも調べがついてるだろ?」

「はい。それは」

 ジークは頷く。兵器、という単語に立ち上がりかけた、レンブラントの手を優しく握りながら。

「それで、ここからはヴェグバイン博士の手記に書いてあった事なんだけど…………」




 アリウスは空を見上げる。蒸気で見え隠れするその色は灰色。

「…………」

 コノハは先程から無言で俯いたまま。しかしアリウスの袖を掴んでいる事が、今の彼女の気持ちを表していた。


 だがレムリアの事はあの2人に任せるしかない。そう思う自分が、アリウスにはあった。


 その時だった。



 何者かがアリウスの背を突き飛ばし、駆け出していく。それは、誰かの手を引いていて、


「レンさん!! 待ってよレンさん、レンさん!!」

 作業場の奥から響く、ジークの叫び。そしてその人影を追い、飛び出していく。



「このままじゃレムリアちゃんは!!」



 運命の歯車が回り出す。


 運命は止まらない。


 噛み合った歯車を、抜かない限り。



 続く

次回、ドラグニティズ・ファーム、


「存在理由」


私達の、生まれた理由……理由……

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