55ページ目 生命を造る仕事
バラバラに行動していた5人と1匹は、日が沈みかける頃に合流。今後の方針を決めるために宿と食事処を探す事となった。
「シャディさんは、今まで、どちらへ?」
「キュウ。ガゥ」
「ふむふむ。それは、有意義ですね」
「言ってる事分かるのかい……?」
道中、レンブラントはシャディとレムリアの会話に耳を傾け、その度に首を傾げていた。
もう1人の理解者に話を聞く。
「コノハ、あの2人の会話分かる?」
「え、聞きたい? 後悔しない?」
「は!? そ、そんなに危ない会話!?」
話が弾む2組を、アリウスとジークは少し遠巻きから見ていた。
「兄さん、微笑ましいってこういう事を言うんだね。お腹いっぱいになりそう」
「じゃあお前、飯抜き」
「自分がいっつも言われてるからって……」
アリウスの言葉の重みが十二分に伝わり、ジークは少したじろいでしまう。
「ならさっさと案内しろ。ヴィルガード暮らしが長いお前お墨付きの店をな」
「もちろん。期待は裏切らないよ。……あっ、このお店だよ」
ジークが立ち止まった店は、ヴィルガードの落ち着いた、知的な雰囲気とは一線を画していた。
店の中から聞こえるのは、笑い声と喧騒。香るのは酒の匂い。
「ジーク? レムリアいるの忘れてないかい?」
「待って待ってレンさん! 取り敢えず中に入って!!」
レンブラントに首を締め上げられるジークは必死に弁明する。コノハは幻滅したような視線をジークへ送っていた。
「やめて! 違うから! ちゃんとしたお店だから!」
「学者の卵の癖にこんな店に入り浸ってたのか!!」
「ジークさん、私は、気にして、ませんから」
「レムリアちゃん、その優しさは辛い!!」
と、皆が行きあぐねている中、アリウスは店の扉を蹴り開けた。
瞬間、ジーク達、そして店の中が一斉に静まり返る。
店の中はある意味、ヴィルガードらしい様相を呈していた。
ヒューマン、ビースディア、ドワーフ、ティタイノス、多様な種族が卓を囲んでいた。
それらの視線が今、一斉に向けられている。しかしアリウスは怯む素振りすら見せない。
「何だお前、見ない顔だな?」
「店の扉蹴破るなんざ、お前礼儀をよく分かってんじゃねえか」
「面構えを見ろよ、若いわりに随分覇気があんじゃねえか! ガッハッハ!!」
意外に好印象な様だった。
アリウスは適当なテーブルを見つけ、乱暴に椅子に座り込む。
恐る恐る入るコノハとレンブラントは、ピッタリと身体を寄せ合い、真ん中にシャディとレムリアを挟み込みながら椅子に掛けた。
「ア、アリウス……」
「いいか。こういう場所は雰囲気に呑まれたらダメだ。無礼講くらいで丁度いい」
「でも……」
「おいお前!」
と、1人の男がアリウスの向かいに座る。
背はアリウスより高く、胸板は岩の様に厚く、爪の長い丸太の様な腕。肌は血潮の様に紅い。口からは長い犬歯が覗き、虎の様に凶悪な双眸。黒髪がかかる額からは、白い一本角が生えている。
その特徴は乱暴者が多い事で有名な種族、オーガスト。
「ピィ!? クウゥン…………」
シャディが口をあんぐり開け、気絶してしまうほどの迫力。コノハも知らず内に、ピッタリとアリウスの背にくっつく。
「度胸は褒めてやる。だがなぁ、この場所に女子供連れてくんのは御法度だ。他を当たりな、色男」
「お前はマスターじゃないだろ。マナーくらい知ってる。俺らは放っといてお前らで楽しくやっててくれ」
「……ほぉ」
男の目がギラリと光り、テーブルに肘をドカリと置く。負けじとアリウスは身を乗り出し、正面から睨み返す。
正に一触即発の雰囲気。
と、
「…………ブッ、ハハハハ!!」
「ひぇッ!?」
男が突然笑い出し、コノハは小さく飛び上がる。レンブラントも一瞬肩を震わせるほどの大笑いだ。
「いや、気に入った!! 俺の睨みにビビりもしねぇとはな!! おい親父、此奴らに飯と酒出せ! 金は俺が払う!!」
男が店のカウンターに呼びかけると、髭を生やした中年の男がサムズアップで了承する。
「まっさか大の男でもちびる俺の挨拶を怖がりもしねえとは、お前何もんだぁ!?」
「お前が悪い奴には見えなかった。だから試してんのかと思ってな」
「ハッハァ! 馬鹿だなお前、ますます気に入った!!」
「さっすが兄さん、すぐ馴染んだね」
すると店の奥からジークが現れる。レンブラントはこめかみに血管が浮き出そうな形相で迫る。
「あんた、この非常時に……!!」
「でも大丈夫だったでしょう? ここの皆、僕の知り合いばかりだし」
「それを早く言いな!!」
「言おうとしたら絞めあげられたんだけど……」
「まあまあ、落ち着けや耳トンガリ! せっかくの美貌が台無しだぞ?」
「み、耳トンガ……!?」
絶句するレンブラントを余所に、男とジークはハイタッチを交わす。
「ひっさし振りだなぁジーク! 半年振りかぁ!?」
「お久しぶりです、キングさん」
「キングか……随分立派な名前だ」
「まぁな! ……それはそうと、そこの嬢ちゃん」
「は、はい……」
コノハは小さく返事をする。まだ小さい震えが止まっていないが、何とか抑える。
「ドラグニティとは珍しい。この辺じゃ、あんま見ないからな」
「……変、ですか?」
「んなこた言ってねえやい。お前さんは可愛いしな。いかんせん、ちょいと背と胸と尻が物足りないがな」
セクハラな発言だが、不思議と嫌らしい雰囲気は感じなかった。ドラグニティの鋭敏な感覚でも、彼から悪意は感じられない。
「っと、飯が来たぜ。おら、食いな」
そう言ってテーブルに並べられた料理のラインナップは凄まじいものだった。
「……あの、この赤いスープ何ですか?」
「キャッスルタートルのトマトシチューだ。ヴィルガードの近くにある沼地に沢山いる。旨いぞ」
赤く、トロリとしたルウをかき混ぜてみると、中から大きめにカットされたニンジンや芋、そして亀肉がゴロゴロと浮き出てくる。
思わず生唾を飲む。食欲ではなく、緊張感で。
「何だい、これ……」
「それはネバウバ、川にいる鰭がある蛇なんだが、その丸焼きだ。サッパリした味で良いぞ!」
「…………」
手に取ったまま固まってしまうレンブラント。女性陣2人は完全に気圧されてしまった。
だがそんな2人を尻目に、
「確かに美味い。トマトと亀って合うんだな」
「臭みがないもんね。あ、兄さん、ネバウバも美味しいよ」
「……鶏肉みたいな味、いや、魚と鶏肉の間? 何にせよ美味い」
アリウスとジークは次々と平らげていく。
「ほら、そこのムスッとした嬢ちゃんも食いな。食文化を知る事は、その国や種族を知る事だ」
「……では、頂きます」
レムリアはネバウバの丸焼きを手に取ると、躊躇う素振りも見せずに小さな口で齧り付く。
「どうだ!?」
「…………」
レムリアは無言のまま咀嚼する。何かを必死に探すように。
「……味が、しないです。すみません」
キングの様子を伺うように、レムリアは小さく答える。
その様子を隣で見ていたレンブラントは2つの事に気がついた。
1つは、味覚が存在しない事。だがこれはレムリアがヴァニティドールであることを考えると、予想はついていた。
2つ目は、レムリアが他人に気を使う素振りを見せた事だった。
「おぉ? 味が無い? っかしいな……マスター! これだけ味付け忘れてんじゃねえか?」
「いえ。私が、悪いんです。私が」
「嬢ちゃんは何にも悪くねえだろ。まぁあれだ、味なんか何でもいいんだ! とにかく食って、元気つけて、でっかくなれ!! ハッハッハッハァ!!」
そう言うとレムリアの前に大量の料理が置かれる。
「……兄さん、レムリアちゃんのことなんだけど」
「どうした?」
アリウスは酒の栓を開け、グラスに注ぐ。ジークに差し出すと、彼は無言でそれを拒否する。
「あの後、ヴァニティドールとヴェグバイン博士について少し調べたんだけど……」
「何か分かったのか?」
「結論から言えば、ほとんど分からなかった。でも、1個だけ手掛かりが掴めた」
ジークはネバウバの丸焼きを一口頬張る。
「ヴィルガードから西に、ケーブっていう小さな街があるらしいんだ。そこに、昔から続くゴーレム造りの家がある。何か知っているかもしれない」
トマトシチューを一口食べると、独特の旨味と酸味が口内を満たす。苦い気持ちを誤魔化すにはピッタリだった。
「生命を造る仕事ってやつか。その家がヴェグバインの家系だったら良いんだがな」
「残念だけど、そこまでは分からない。でも唯一の手掛かりだ。レムリアちゃんの為にも今は信じるしかない」
「…………お前の言う通りだ。さて、じゃあ明日の為に美味い飯と酒をーー」
と、アリウスがグラスに手を伸ばそうとした時だった。
さっきまでテーブルに置いていた酒の瓶とグラスが忽然と姿を消していた。
「あれ? 一体何処に……」
「おらおら、ドラグニティの嬢ちゃんも飲みな!!」
「えぇ……私は遠慮ーー」
「遠慮するんじゃないよコノハァ! ほらグイッと行きなって!」
「レ、レンちゃ……フムグッ!?」
既に出来上がっていたレンブラントにより、アリウスが飲もうとしていた酒がコノハの喉に流し込まれる。
みるみるうちにコノハの顔は赤くなっていき、
「……レンちゃ〜ん! もっとお酒下さ〜い! エヘヘ〜、ヒック!」
あっという間に酔いが回り、酒をどんどん飲みだした。
「あいつら、酔いがまわるの早すぎるだろ」
「レムリアちゃん、君は上手にお酒を嗜むレディになってね」
「はい」
夜の宴会は、遅くまで続く事になった。
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム、
「鉄の街へ」
何だぁ、もう行っちまうのかぁ!? バッハッハッハッ!!




