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53ページ目 記憶が眠る本棚

「だ、誰だ一体……!?」

 優しく握られたアリウスの手から、次第に痛みが引いていく。温かく、柔らかい光が体にも伝わる。

「そう、気持ちを落ち着けて……怒りに負けないで……」

 そこでようやく気がついた。聞いた事のある声。この声の主を知っている。

 アリウスは思わずその名を呼びそうになる。しかし後一歩の所で踏み止まる。負けないように。


 痛みが完全に消えた時、温もりも退いていった。


(ありがとう、ネフェル……)

 剣の柄を握り、心の中で礼を言う。

「アリウス?」

 と、背後から掛けられたコノハの声。アリウスは慌てて本を棚に戻し、すぐさま向き直る。

「ど、どうかしたか?」

「今、何か隠しませんでしたか?」

「いや、何も?」

 疑ぐるようにコノハの目がアリウスの頭から爪先までを見る。そしてグイッと顔を寄せる。

「嘘。絶対何か隠してます」

「いや、何も隠してない。断じてない」

「私に隠し事はさせない癖に自分は隠し事して……」

「そんなこ……ち、近いぞコノハ…………」

 オッドアイの中に自らの姿が映し出される。まるで本当の自分を見透かしているように。


 今までは気にしていなかったが、いざこうして近くで見ると、その顔立ちや香りに心を掻き乱されてしまう。


「ほら!」

 コノハはアリウスの右手を掴み上げる。生々しく刻まれた文字を見逃さなかった。

「何ですかこれ!」

「ちょっと切っただけだ、そんなに騒がなくたって……」

「もう騙されませんから! 見せなさい!」

「いや、ちょ……!」

 何としてでも右手の傷を見ようとするコノハ、見られまいと必死に抵抗するアリウス。2人は揉み合いになり、そして、


「痛っ!?」

 アリウスは本棚に頭を強打した。

「だ、大丈ーーふあっ!?」

 そして駆け寄ろうとしたコノハの頭に本が落下。そのまま床に着地し、本の表紙が露わになる。


「何遊んでるんだいあんたら」

「図書館では、お静かに」

「ピィ」

 3人からの小言を受け、アリウスとコノハは小さくなる。

 と、落ちた本をジークが拾い上げた。

「あ、これ!」

「は? どうしたジーク」

「兄さん、コノハさん、ナイスお惚気!」

『はっ!?』

 不意の一撃に面食らうアリウスとコノハをよそに、ジークは本のタイトルを指差した。


 ゴーレム創生の歴史、と書かれている。


「確かレムリアちゃんの近くには歯車があったんですよね? だったらーー」

「ちょっと待てジーク! 誰と誰が惚気てたって!?」

「兄さん煩い! 今大事な話してるんだから静かに!」

「はい」

 たった一言でねじ伏せられ、しょんぼりするアリウスを尻目にジークは解説を続ける。

「だったらレムリアちゃんの身体構造はゴーレムに近いかもしれない。ゴーレムは黎明期には既に初期型が造られていたから、きっとこの本に書いてあるはず!」

「な、なるほど、ねぇ……」

 レンブラントは渋い顔をしている。本当にそんな単純なのだろうかと、疑っているように見える。

 すると、おもむろにレムリアがジークの元へ歩み寄る。

「ん? どうしたの、レムリアちゃん?」

「…………」

 黙り込んだまま、ジークを見つめるレムリア。



 無表情な彼女の頭の中では、あらゆる感情と思いが渦巻いていた。


 見知らぬ人の笑顔、怒った顔、泣いた顔。


 そして、


 ーー お前さんは、兵器なんかじゃない ーー



「ジークさん、その本を、貸してください」

「え? いいけど……」

 ジークは本を渡す。

 レムリアは本を開こうとはせず、じっと表紙を見つめていた。それを見たレンブラントは不思議に思い、レムリアの視線を追う。


 それは著者名だった。ヴェグバイン・ビルドスタ。レンブラントはその名前に覚えはなかった。


「これ書いた人、気になるのかい?」

「……いえ、別に」

 だがレムリアの目は表紙に釘付け。

「えっと、そろそろ読みたいんだけど、いいかな?」

 ジークが尋ね、本に手を伸ばす。しかしレムリアはジークの手から本を遠ざけてしまう。

 皆が不思議そうに思っていると、やがてレムリアが本をゆっくり開き始めた。


「…………っっっ!?」


 瞬間、レムリアの手から本が落ちる。

 雷に打たれたかのようにビクリと震え、そのまま身体が前に揺れた。

「レムリアッ!?」

 間一髪、レンブラントが受け止める。レムリアの息は荒く、身体も燃えるように熱い。

「レムリアッ、しっかりしな、レムリアッ!!」

「は、早く医者に……」


 その時、コノハが風のように駆け寄った。


「レンちゃん、レムリアちゃんを創生樹の近くまで引っ張って行って! 応急手当ては私がやります!」

「え、あ……」

「早く!!」

 コノハの鬼気迫る声にレンブラントは我に帰り、急ぎレムリアを抱えて創生樹に運ぶ。

 周りが何事かとざわめき始める。

「ジークさんは人を呼んでください! 出来るだけエルフみたいな、魔法に精通している人を!」

「は、はい!」

 ジークが人混みに助けを呼びに行く。


 コノハはレムリアの服を脱がせ、腹部に手を当てる。下着越しに手が火傷するような熱さに見舞われる。

「歯車の様子がおかしい……? アリウス、冷たい水とタオルを……」

 と、アリウスは落ちている本が気がかりになっていた。開いていた本を手に取る。


 ページは目次。その隣には、著者の似顔絵が描かれていた。

 この男が、ヴェグバインなのだろうか。


「アリウス!! 早く!!」

「あ、あぁ分かった、今……」

 その時、アリウスに目を疑うような現象が起こった。

「…………っ!」


 レムリアの腹を中心に身体を流れる、碧色の奔流。それがいくつも流れている。

 コノハも同様だ。左胸、うなじから碧色の流れが見える。


「これは、魔力……いや、生命…………」

「あ、ああ……」

 レムリアの声が零れ出る。微かに震える唇から紡ぎ出されたのは、



「ヴェグバイン……博士……」



「ヴェグバイン……やっぱり、ヴァニティドールは……」

 苦悶の表情を浮かべるコノハ。


 この時アリウスは少し後悔していた。



 見つけてはいけない事実、記憶を呼び起こしてしまったのではないかと。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 自らの膝の上で眠るレムリアの頭を、レンブラントは優しく撫でる。安心しきったような寝息を立てる少女は、とても幸せそうだった。


「レンちゃん……」

「コノハ!」

 戻って来たコノハの手をレンブラントは強く握る。

「ありがとう、レムリアの事……あんたがいなかったらどうなってたか…………」

「うん…………」

 感謝を述べるレンブラントに対し、コノハはどこかうかない表情を浮かべている。


 現在、ジークは協力してくれた人々に礼をしに、アリウスは野次馬を追い払いに駆け回っている。騒ぎが広がらないように、そして手伝ってくれた人に


「レンちゃん、その、レムリアちゃんに、ついてなんだけど…………」

「な、なんかまだ悪い所があるのかい!? 私、レムリアの為なら……」

「どんな事でも、受け入れられる? レムリアちゃんの為になるなら?」

 裏があるような言葉を投げかけるコノハ。レンブラントはどんどん不安な気持ちで満たされていく。


 何よりその手に握られている本。レムリアが倒れる原因となったそれに、一体何が書かれていたというのか。


「あぁ。約束する。私はレムリアが幸せになるなら……」



「だったら、すぐにレムリアちゃんの中の歯車を取ろう。レムリアちゃんが、兵器(・・)になる前に」




 続く

次回、ドラグニティズ・ファーム、


「正しい選択」


私は……。

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