52ページ目 ヴィルガード
「ま、まさか突然行くことになるなんて……」
馬車に揺られながら、ジークは驚きを隠せないでいた。
結局昨日は泊まる事となった。
早朝に響いたけたたましいノイズィチキンの叫びと調理器具の叩く音に目が覚めた時だった。
「さぁみんな起きてくださーい!! 今日はヴィルガードに行きますよ! 支度してくださーい!!」
「…………え? ヴィルガードに?」
そうして理由もろくに聞けないまま支度を急かされ、朝食も早々にラットライエルへ急行、そのまま馬車に乗ったのだった。
「もっと早く言って欲しかった。……そもそも俺はほとんど鶏小屋にいたから話がまだ見えないけどな」
「あれはアリウスの自業自得ですから」
「まあまあ。でも僕はそれよりも……」
視線はレンブラントの膝上に座ったレムリアに向く。
「まさかゴーレムだったとは。レンさんが怪しいから何か事情があるんだろうとは思ってたんだけど」
「そ、そんなにかい……?」
「俺は全く気づかなかった」
しれっと言うアリウスに、全員が溜息を吐く。予感はしていたが、といった様子だ。
「こんな奴が死地潜って来たなんて未だに信じらんない……」
「そこまで言うか?」
「だって兄さん鈍いから。鈍いって事は洞察力と思考力が足りてないって事だよ」
「…………」
ガックリ項垂れるアリウスに、後ろのリュックからシャディが顔を出し、頭を甘噛みし始める。これが何を意味しているのかレンブラントとジークには分からないが、励ましているのだろうと思うことにした。
「すみません。私の、せいで、皆さんに、面倒を」
「あんたが気にすることじゃないの! むしろ良い機会だよ。ヴィルガードと云えば、魔術で栄えた都市だからね、一度見てみたかったんだ」
そう言ってレンブラントは彼女の頭をクシャクシャに撫でる。されるがままのレムリアの様子に、思わず3人は頬を緩めた。
「おっと、そろそろ到着だ。…………うわ、何だあれ」
馬車の窓から覗いた時、アリウスは思わず唸った。
首を上げても頂上が見えない、雲を貫く塔がアリウス達を出迎えていた。
「……キュウ〜」
ひっくり返りそうになりながら塔を見上げるシャディ。尻尾を支えに限界まで見上げているが、とうとうひっくり返ってしまった。
「それで、これからどこに行くんだ?」
「えっと、大図書館に行きましょう。あの高い塔の中にあるらしいです」
「世の中の全ての記録と知識があるらしいねぇ。ふふふ」
「…………」
ワクワクしているコノハ達とは対照的に、レムリアは何処か物憂げな表情で塔を見つめていた。その様子に気づいたジークは、レムリアの肩に手を置いた。
「……嫌なら帰る?」
「…………いえ、そういう、訳では。ただ、少し、不思議な感覚が……」
記憶に何か関係しているのだろうか。表情から察するに、あまり楽しいものではないようだ。
励ますように、ジークはレムリアの手を握った。
「無理しなくていいからね。何かあったら遠慮なく言って。いい?」
「分かり、ました」
「うん、よろしい」
ニコリと屈託のない笑みを浮かべるジーク。
その笑顔が、誰かに似ていた。
誰なのかすら、思い出せないのに。
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街を進んでいる間、アリウス達はあることに気がついた。
歩いている種族は、ヒューマン、ドワーフ、ビースディア、他にも初めて見るような種族が入り混じっている。こんな光景を見るのは初めてだ。
「凄えな……こんな光景見たことねぇ」
「ヴィルガードは魔術と学術の都市。様々な知識や魔術を求めて色んな場所から集まってくるんだ。一つの目標の前に種族の壁なんて存在しない……って思いたいよね」
アリウスとジークは笑い合う。
是非ともそうであってほしい。どんな理由であろうと、どんな形であろうと、これも共存だ。
2人の会話を聞いていたコノハも嬉しそうな様子で周りを見渡している。
「これがいつか、世界中に広がれば……」
「あぁ、良い世界になるだろうな」
「そんな事、本当に出来るのですか?」
レムリアが尋ねる。またしても気を使わない聞き方をした事をレンブラントは咎めようとしたが、ジークがそれを制した。
コノハはしゃがみこむと、レムリアの目を見て話し始めた。
「もちろんです」
「ですが、レンブラントさんの話を聞いて、私は思いました。同じ言葉を話せても、同じ種族でも、分かり合えないのなら……」
「でも私とレンちゃんは友達になれました。アリウスとも、ジークさんとも、他にも友達はいますよ。もちろん、レムリアも」
「…………」
「とても時間はかかると思います。多分、私の一生じゃ足りないくらい。でも、それでも……」
そのまま黙り込んでしまう2人。
するとコノハにはアリウスが、レムリアにはジークとレンブラントが頭を撫でる。
「この話はまた明日。その答えのヒントもきっと、ここにあるだろうさ」
アリウスが指差した先には、塔の中へ続く道が続いている。既に入り口は目の前。
「ヴィルガードの象徴である大図書館、レムウィージス。遥か昔、ユーラン・イルミラージュ黎明期にレムリア姫が植えた創生樹。それを囲うように造られた塔だよ。ほら」
中に入ると、そこは幻想的な世界が広がっていた。
中心に生えている巨大な老木。その周りは見上げるような高さの本棚、そして数え切れないほどの本に囲まれていた。
老木の周りからは碧いフワフワとした光が漂っている。
「これは……生命魔法……?」
「凄いな兄さん、どうして分かったの?」
「いや、ちょっとな」
アリウスがコノハへ視線を向けると、彼女は小さく頬を膨らませた。いつまでも言わないで下さい、とでも言いたげな様子だ。
「これが創生樹。全ての生命に生きる力を与え、土地を清浄に保つ。こうやって間近に見れるのはあまりないんだよ」
「はぁ、これが……随分立派だねぇ」
創生樹に皆が見惚れている中、アリウスは1人本棚の一つに近寄る。
その中のある本に、アリウスは目を惹かれた。
「……何だこれ?」
本の題名は「黒き夢」。不思議な事にその本には著者の名が記されていなかった。
ページをめくると、見た事の無い文字で埋め尽くされていた。挿絵もない。訳されていないところを見ると相当古い、それも複製すらされていないらしい。
「何か、変な本だな……一体、なん、の……」
言葉が詰まる。
文字を読んでいると、怒りと悲しみで心が燃やされる様な感覚に陥る。
その時、手に小さな痛みが走った。
見ると右の手の甲から血が流れている。血で濡れてよく分からないが、傷は文字の様に複雑だった。
「こ、これは…………!?」
アリウスが見ている間も傷は刻まれていく。まるで手の上で筆が走る様に。
「落ち着いて」
アリウスの手を、誰かの手が掴んだ。
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム、
「記憶が眠る本棚」
こんな広いと迷いそうだな……あそこまで高く造る必要ないだろ




