50ページ目 惹かれ合う理由
コノハは1人、部屋の隅で溜息を吐いていた。
理由は朝のアリウスとのやり取り。少し怒り過ぎてしまったのではないかと後悔していたのだ。
そもそもアリウスにデリカシーがないのは今に始まった事ではない。そんな事、今までの経験で分かりきっていた事だ。
だが大人げなく怒ってしまった。理由は、
「…………」
自らの脇腹を摘む。プニッとした感覚と共に、ひとつまみ分の肉が浮き上がる。
「……ヒェ」
図星だった為である。
最近何故か肉付きが良くなり始めてきたのだ。しかも胸などの欲しいところではなく、お腹や顔、二の腕にばかり。
密かに自らの食事の量を減らしたり、肉体労働をしたりしたのだが、減るどころかみるみる増えていく。
「いやぁ〜! どうすればいいんですか〜!!」
近くにいたシャディを揺すったり、ゴーレムに縋り付いたりと、およそ正気ではない。
部屋をバタバタしていると、ドアが開く音が聞こえた。我に帰り外を見ると既に日は真上を超えている。アリウスが帰って来てもおかしくない時間帯だ。急いで玄関まで走り、ドアを開けた。
「お、お帰りなさい! あの、朝はごめ…………」
「お久しぶりですコノハさん。すみません、急に押しかけてしまって」
アリウスによく似た顔。しかし物腰と言葉遣いは全くの別物。
「は、あ、あれ? ジークさん?」
「えっと、お忙しい中お邪魔して本当に申し訳ございません。理由は……本人から聞いて下さい」
ジークがすっと退くと、入れ替わるようにアリウスが現れる。そして目線を逸らしながら告げた。
「あのな、コノハ。怒ってて忘れてたと思うんだが……金…………預かってない」
「…………あっ!!」
「コノハが財布の紐握ってんの、これでバレたねぇ」
「……? それの何処が、面白いのですか?」
レンブラントがクスクスと笑うのを、レムリアは不思議そうに見ていた。
「はい、これがご注文の品。確認しな」
「ランプオイル、塩、後は薬草の詰め合わせに羊の脂、蜂蜜……大丈夫」
「毎度あり。未来の旦那様はきちんとお使い出来たようだねぇ」
「もう! からかわないでよ!」
ムキになって反論するコノハを見てレンブラントは笑う。こうしてからかって遊ぶのが、彼女の楽しみの一つなのだ。
「そういうレンちゃんこそ、随分ジークさんと仲が良ろしいようで?」
「な、ば、あいつはそんなんじゃないよ!!」
「本当に〜? なぁんかちょっと見ないうちに距離が近づいた気がするんだけど……」
「気のせいに決まってるだろ! 全く……」
レンブラントは懐からミントシガーを取り出し、指先に火を灯して吹かそうとする。しかし直前でコノハはそれを取り上げてしまう。
「き、ん、え、ん」
「……だ、大体だよ。私はもう年増なわけよ。ヒューマンでいえば20後半くらいかい? 対してあいつらは18歳と20歳。興味なんてないだろ?」
「……それだと私も行き遅れになるんだけど?」
鬼、否ドラゴンのような形相になるコノハに、レンブラントはしらばっくれる様に口を尖らせる。
「外見の、お話ですか?」
と、ここで2人の話に加わる人物が現れた。
「レ、レムリアちゃん?」
コノハは戸惑ったような表情で固まる。
ジークとレンブラントからある程度の事情は聴いている。しかしコノハは彼女に対し、ある違和感を覚えていた。耳の形や目鼻立ちは確かにエルフのものだ。
だが何故か、初対面の筈なのに感じたことのある魔力の流れを感じる。しかもエルフのものというよりも近いのは……
「レンブラントさん。エルフの、美醜の感覚は、独特な面があると、言われています。エルフの男性は、女性的な体より、中性的な体を、求めると。ですから、あまり気にせずとも、よいかと」
「レ、レムリア、何言ってるんだい!!」
「むしろ問題は、コノハさんに、あるかと」
「……へ?」
突然自らに話の矛先を向けられ、狼狽えるコノハ。しかしレムリアの口撃はここからだった。
「コノハさん、年齢をレンブラントさんとほぼ同じと仮定すると、成長が少々遅れています」
「……っ!?」
「特に身長、胸部は深刻です。ドラグニティの成人女性の胸部は、レンブラントさんの大きさが、標準です。ドラグニティの美醜は、ヒューマンと、ほぼ同じなので、このままでは……」
すると見る見るうちにコノハの顔は真っ赤に染めながら反論し始める。
「う、嘘言わないでください!! みんなレンちゃんサイズなんて真っ赤なウソ!! 私のお母さんだってレンちゃんより小さいですもん!!」
「私はあくまで、標準の話をしているだけです。貴女の家系が、小さいのでは?」
「う、ウソデスウソデス!! 私の大きさが標準、ヒョウジュン、ヒョウ、ジュン……」
目の端に涙を浮かべ、必死に抵抗するコノハ。しかし真実なのは薄々分かっているのだろう。段々言葉から力がなくなっていき、そして、
「ヒョ、ヒョオ……うぅ、ウ、グス、ウウウゥゥゥゥ…………」
とうとう泣き出してしまった。背中を優しく擦るレンブラントを、レムリアはまたしても見つめ続けている。
「ど、どうかしましたか?」
「どうした……って、な、なに泣いてるんだ?」
騒ぎに誘われ、兄弟も集合。リビングは一気に賑やかになる。
「何故、泣いているのですか? 私、何か、間違ったこと、言いましたか?」
何故か分からないのか、レムリアは首を捻る。同じく何故泣いているのか分からない2人にレンブラントは事情を説明した。
「あ、あ、あぁ、なるほど、ね…………」
顔を赤らめながらジークは俯く。あまりこのような話題に触れたことがない為、どうすれば良いのか分からない。
するとアリウスが突然ジークの肩を叩いた。その表情は、俺に任せておけ、と言っていた。
考えうる限り一番任せておけない人物なのだが、止める間も無くアリウスは話し始めた。
「レムリア。生きていく上で真実を言う事が正しい訳じゃない。時には嘘だって必要なんだ」
「ですが、私は、コノハさんに真実を、知って貰いたくて…………」
「何も傷つける目的で言った訳じゃないのは知ってるさ。でも言葉を選ぶのは重要だ」
ジークは予想以上に気を使った発言をしている兄に驚きを感じていた。この調子でいけば、事態は丸く収まる。
「よし、今から俺が手本を見せてやろう」
瞬間、嫌な予感に変わった。
アリウスは泣き噦るコノハに歩み寄ると、まずは涙に濡れた顔を布で拭いた。
「ア、アリウス…………」
そして輝く様な笑顔で告げた。
「小さくて何が悪い」
空気が凍りついた。
「小さい事を気に病むな。大丈夫、今は小さくてもいつか必ずーー」
「あ、あのさ、兄さん」
「ん? どうしたジー……クッ!?」
ジークが窘めようとした時には遅かった。
アリウスの頬に渾身の平手打ちが炸裂。あまりの衝撃で倒れ込み、そのまま気絶してしまう。
「コ、コノハさん……?」
「今、彼女の掌から、魔力の流れを、感じました。衝撃から考えて、地の魔法かと」
「コノハ、あんた幾ら何でも……」
あまりの出来事に、レンブラントの言葉は途中で切れてしまう。
陰りのある凶悪な笑みを浮かべ、ゴーレム達を集合させた。心なしか、ゴーレムの表情が強張っているようにジークは感じた。
「鶏小屋ニイレテオキナサイ。今日トイウ今日ハキッチリ反省シテモライマス」
ゴーレム達はビシリと敬礼。そのままアリウスを担ぎ、何処かへ連れ去っていった。
「サテ……」
「…………」
コノハが次に向き直ったのはレムリア。表情は固まったまま徐々に迫ってくる。周りにゴーレム達を侍らせながら進む様は、まるで侵略者の様だ。
「レ、レムリアちゃん、ごめんなさいしなさい!」
「何故?」
「何故って!? それは君が……うわ、何をするんだ!」
説得を試みたジークは、ゴーレム達によってレムリアから引き剥がされる。
このままではレムリアまで鶏小屋行きになってしまう。
「ま、待って下さいコノハさん! レムリアちゃんに悪気はなーー」
「さあ付いて来なさいレムリアちゃん!! お説教です!!」
「…………え?」
見るとコノハの表情は膨れてこそいるものの、いつもの明るいものへと戻っていた。
ジークが呆然としている中、レンブラントはクスクス笑っていた。
「…………怒って、いないの、ですか?」
「怒ってます! だからお説教するんですよ! これからレムリアちゃんは沢山の人と関わっていくんですから、ちゃんと人との話し方を教えます!! ほら、早くこっち来なさい!」
手を引かれ、台所へと行ってしまった。
レンブラントは1人、感傷に浸っていた。
昔から変わっていない。そうやって底抜けに明るい性格に沢山の人が惹かれる。みんなが彼女を好きになる。
ドラグニティだからだとか、エルフだからだとか、彼女の前では何の意味もない事を思い知らされる。
自分もコノハに救われた。
あの時出会ってなかったら、自分は一体どうなっていたのだろうか。
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム、
「たまには昔話を」
フンゴォ、フンゴフンガァ!!(必死に手を振り回している)




