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49ページ目 パパとママ、そして娘

 

「記憶喪失……ってことかい?」

「……どうやら、そう、みたいですね」

 少女は他人事の様に話す。自分という存在に興味が無いかのように。


「ならあんたの名前、私につけさせてくれないかい?」

「いえ、名前は必要ありません。私の事は、ヴァニティドール666型と、お呼びいただければ」

「な、なんだそれ……あんたの、番号か何か?」

 この少女は、自分の名前を思い出せないといった。しかし全ての事を忘れたわけではなさそうだ。断片的だが残っている記憶はあるならば、少女の身元も分かるかもしれない。

 だが今はその時ではない。

「いやそれよりもあんたの名前だよ。えっと……」

「ですから私の事はーー」

「うっさい。そうだね、666……そうだ、レムリアなんてどうだい?」

「レムリア。ユーラン・イルミラージュ黎明期に、存在したといわれる、伝説の勇者。彼女は創生龍に出会った後、666本の創生の木を植え、荒廃していた世界に、命を与えた」

「そう。私、あの話好きなんだよね」

 レンブラントは遠い目をする。少女は不思議そうに彼女を見つめ、その表情の理由を問おうとした。



 その時、店の扉が開かれた。


「レンさーん、今戻りましたー」

「邪魔するぜレンブラント、ちょっとコノハにお使い頼まれてな」


「ジーク!? アリウスまで!?」

 レンブラントがうろたえていると、兄弟揃って店の中へ入ってきた。そして、店の真ん中で鎮座する少女の姿に二人そろって面食らう。


「……おいジーク。いくら何でも、お前、娘が出来てたなんて聞いてな」

「そんな訳ないでしょ兄さん!! レンさん、その子誰ですか?」

「い、いや、えっと……」

「私の名前はヴァーー」

「レ、レムリア!! レムリアって名前だよ! 街中で迷子だったから一旦預かってたんだ! それに、少し記憶が飛んじゃってるようで……名前以外はあまり思い出せないようなんだ」

 必死に弁明をするレンブラントに対しレムリアが疑念の目を向ける。誤魔化し方が不自然すぎやしないか、と言いたげだ。しかしジークはすぐに納得してくれたらしく、優し気な笑みを浮かべて歩み寄る。

「へー、レムリアちゃんっていうんだ。立派な名前だ。大変だね、記憶喪失なんて」

 無言のまま、レムリアは目だけをジークに向ける。少々怯んでしまったが、ジークは笑顔を崩さずに続ける。


「なんだか名前とか雰囲気とか、レンさんに似てるね」

「そぉか? レンブラントほどじゃじゃ馬じゃないだろ。賢そうな見た目だ」

「よーしアリウス、そこに直りな」

 モップを振り上げるレンブラントから、アリウスはそそくさと離れていく。

「おっと、そういやこいつらの紹介してなかったね。えっとーー」

「いえ、先程のやり取りの中で、既に記憶しておきました。そちらの剣を提げている方が、アリウスさん、長髪の方が、ジークさん。よろしく、お願いします」

「お、おぉ……」

「あ、うん、よろしくね。それにしてもレムリアちゃんは観察力があるね。将来学者さんになれるかもよ」

 にこやかに話すジークに対し、レムリアは変わらず無表情で見つめるのみ。だんだん焦りを感じ始めているのか、ジークの額に小さな汗が浮かび始める。

「あんたの話し方、胡散臭いんだよねぇ……」

「えっ!?」

「にこやかに話してくるところとか、話し方とか、胡散くせぇ」

「兄さんまで!! 僕は普通に話してるだけじゃないか!!」

「皆さん、誤解しないで、下さい」

 非難を浴びるジークを庇ったのは、他でもないレムリアだった。


「私は、あまり学者が、どういうものか、知らなくて」

「学者を知らない? 子供の将来の夢の中じゃ人気どころだと思うがな。騎士と並んで」

「騎士は、知っています。あまり、良い印象が、無いですが」

「そりゃまぁ、しゃあないか」

 あっけらかんと答える元騎士に対し、レンブラントとジークはげんなりした表情を浮かべる。


 しかしこうして話していると、記憶喪失にしては、否それ以前に、子供にしては知識が豊富だとジークは感じていた。

 だがそれと同時に疑問を抱いていた。これほどものを知っているにも拘らず、学者についてあまり知らないようだった。

「……レムリアちゃん、ちょっと上の部屋に来てくれる?」

「何を、しに?」

「ここでダラダラしててもつまらないでしょ? お兄さんとお話ししよう。レンさん、店番頼みます」

「え、いやちょっと……」


 レンブラントが止める間もなく、ジークはレムリアの手を引いて上の部屋に向かっていってしまった。

 不安気な表情で見つめるレンブラントに、アリウスは肩を叩く。

「心配すんな、ジークなら大丈夫だ。子供とかの扱いには慣れてるだろうし」

「いや、そうじゃなくてねぇ……ジーク、レムリアのこと気づいたんじゃ……」

「そうじゃないって、何がだよ」

 ミントシガーに火を点け、宙に煙を吐く。爽やかな香りのする煙はアリウスの顔にかかった。

「そうじゃないだけさね」

「何なんだよ。コノハといいお前といい、はっきり態度と言葉にしてくれ。分かりにくい」

「はいはい、じゃあ……」


 レンブラントはミントシガーをアリウスの額にぺたりと張り付けた。


「うるさい鈍感バカ。察しろ、ってことさ」



 アリウスの叫びが店の外にまで響き渡った。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「レムリアちゃん、魔術について興味はある?」

 萬屋の二階にある部屋の中、ジークとレムリアはテーブルを挟んで向かい合っていた。テーブルの上では様々な本が積み上がっていた。

 ここはジークが借りている部屋。兄のアリウスの部屋とは違い、手帳やノート、図鑑がそこかしこの本棚に並んでいる。

「……いえ。何故、そう思うのですか?」

「君のその尖った耳、銀色の髪。エルフは成人する前に魔術の勉強をするって聞いたけど?」

「……」

「ま、いっか。記憶喪失だもんね。聞いてればその内思い出してくるさ。えっと、そうだ、この本」


 本棚の中からジークは一冊の本を取り出す。本の題は「魔術の基礎学書」。基礎、と書いている割には分厚いものだった。

「いい? まず全ての魔法の基礎になるのが元素魔法。でもこれは普通の魔法の様に具象化して用いるものじゃないんだ。元素魔法は体の中にある魔力腺から分泌されて、身体の中を循環している。常に発動している状態さ。これが無ければ、まず魔法は使えないね」

「ヒューマンが魔法を使えないのは、この魔力腺というものが消えたから、ですか?」

「そうだよ。うん、よく分かってるね」

 そう言ってジークはレムリアの頭を優しく撫でる。相変わらず無表情を貫いているが、ジークはもう気にはしていなかった。


「ヒューマンは進化の過程で魔力腺を失った。逆に魔力腺が発達していったのが、エルフとドラグニティ。この二種族は全部の種族の中でも飛び抜けて魔法の扱いに長けているんだ」

「ですが、ドワーフにビースディア、ティタイノスなどは、魔力腺はあるというのに、魔法を扱えないと聞きます。何故ですか?」

「そこが魔法の難しいところなんだ」

 ジークは人差し指を立てる。

「元素魔法はあくまで条件。そこから種類は増えていく。地水火風、生命、死霊術、数え始めたらきりがない。魔法は様々な種類を組み合わせて生み出されていく。これらを扱う素質は種族毎、もっと言えば個人の素質で決まるんだ。だからエルフでも魔法が得意じゃない人もいるし、ドワーフでも魔法が使えることもある」

 熱心に話すジークの様子を、レムリアはじっと見つめていた。説明を聞いていたわけではない。


 何故この人は、こうも熱心に話せるのだろうかと。

 彼はヒューマンだ。いくら必死に知識をかき集めたところで、魔法が使えるようになるわけではない。言ってしまえば、無駄な努力、何の意味もない無駄な行為だ。

 虚しくならないのだろうか。


「ジークさん、何故、そこまで色々なことを、知っているのですか? あなたは、魔法を、使えるように、なるわけじゃ、ないのに」

「何故、か。簡単な質問だよ」

 ジークは笑うと、楽しそうな口調で答えた。


「僕は好きなんだ、知らないことを知ることが。だから理由なんて忘れちゃったよ。だって好きな物は、好きなんだから」


 それを聞いた瞬間、レムリアの瞳が丸くなった。意外な返答に、彼女はポカンとしたまま固まってしまう。


 初めて見せた表情の変化を、ジークは見逃さなかった。


「さ、続けようか。分からないことがあったらどんどん聞いて!」





 扉の隙間から、アリウスは2人の様子を覗いていた。楽しそうな空間の中に入るのは、流石に気がひける。


「親父と娘みたいだな。さしづめレンブラントが母親か。フフ、ハハハ」


 つい吹き出してしまう。絶対本人達の前では言えないと感じながら。



 続く

次回、ドラグニティズ・ファーム


「惹かれ合う理由」


人は、とても、不思議です。

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