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48ページ目 ヴァニティドール

 

「…………」

 ジークはラットライエルから竜の庭へつながる橋の前に位置する森にいた。今は冬だが、そんな中でも美しく咲いている花。サピヨンの花をジークは観察していた。絵をスケッチし、特徴を端に書き込んでいく。


 ジークにとって、至高の時間だ。



「サピヨンの花……冬の間にだけ花が咲いて、春を迎える頃には枯れてしまう。何故? 何か理由があるに違いなーー」

「命に理由なんてあるのか?」



 ジークの背後から聞きなれた声がかかる。小さい頃から聞いていた声。

 振り返るとそこには、自らの兄が悟ったような笑みを浮かべていた。


 だがその笑みは、自分だけに向けられている様には思えなかった。

「兄さん? どうしたのこんな朝早くに」

「いや、それがな……」

 アリウスはポツポツと話し始める。




 アリウスが起きると、まだ部屋の中は静かなままだった。ゴーレム達も座り込み、日もまだ登りきっていないからか薄暗い。

 身支度を終えて戻って来ても、部屋は依然暗いままだ。

「まだ起きてないのか……ん?」

 否、リビングの奥、丁度暖炉がある位置に明かりと人影があった。暖炉の前で横たわり、小さく震えている。

「うぅ……へっくし」

「ピッフ!」

 毛布に包まり、震えながら鼻水をすするコノハの姿があった。隣ではシャディが毛布の一部に潜り込んでいる。


「おはようコノハ。風邪か?」

「あ、おはようございます。その、風邪ではないんですけど……へっくし!」

 震えるコノハの姿を見ると、まだ寝巻きのままだ。


 と、シャディがコノハから毛布をひったくる様に包まり、その拍子にコノハの寝間着も引っ張られる。めくれた白い服から脇腹が見えていた。

「ドラグニティって寒いのが苦手なんです。やっと薪が燃え始めて、でもまだ身体が上手く……」

「そっか。なら俺を呼んでくれれば良かったのに」

「そ、そこまで頭が回らなくて」

 と、キュルキュルと音が鳴る。アリウスにとって、既に何度も聞いた音。それと同時にコノハの頬がほんのり紅く染まる。

「お腹空いた……けど、身体が動かない……」

「ちょっと待ってろ」


 アリウスはそう言うと台所に赴き、箱を開く。中から少しだけ残っていたチーズを取り出し、リビングへ向かう。

 正直このままあげるのもどうかと考えたが、このままでは自分の朝食すら危うい。事は一刻を争う。

 暖炉にチーズをかざし、少し溶けたのを見計らってコノハの口に差し出した。

「自分で食うか……って」

 アリウスの問いかけに応じないまま、コノハの口は差し出されたチーズを食べ始める。小さな口でもぐもぐと。まるで雛鳥の様に。


 そうしている間にコノハの顔の血色が良くなっていき、少しずつ食べるスピードも速くなってきた。もう少しで動ける様になるだろう。


 だがその時、アリウスはある事に気がついた。そして、良くない癖が現れた。


「コノハ、少し太ったか? 頬が前よりふっくらしてるような……」


「…………」

 チーズを食べる口が止まる。そして大きく口が開かれたかと思うと、


「…………ガブッ!!」

 アリウスの指ごとかぶりついた。

「アァッグ!?」


 突然指を噛まれ、アリウスはおかしな叫びを上げる。引っ込めようとするが、噛み付いたままコノハは離れようとしない。

 ぱっと見、ヒューマンと同じ歯をしている様に見えていたが、アリウスは身を以て実感した。


 一部、特に犬歯と奥歯が鋭くなっているのだ。


「イタイイタイイタイ!!」

「〜〜ップイ!」

 しばらくして、コノハはアリウスの手から離れる。怒った様に頬を膨らませ、台所へとすっ飛んで行った。


 そしてしばらくすると、部屋の奥からバスケットとコートを持って戻って来た。

 それをアリウスへ突き出すと、そのまま背中を押して玄関へ連れていく。

「な、何を……」

「お使いしてきてください! お使い終わるまで帰るの禁止!!」

「何で、ってか何を買ってくれば!?」

「バスケットにメモが入ってますから! いいから早く行って来なさい!!」


 バタン、と重い音が響き、ドアが閉まってしまった。

 一体、何が駄目だったのか。

 アリウスが呆然と立ち尽くしていると、早く行けと言わんばかりに風が吹いた。






「…………兄さんが悪いね」

「いや、別に悪く言ったわけじゃないんだ。むしろふっくらして、こう、可愛らしくなったって言いたくてだな」

「絶対嘘だし、そもそも女の子はそういうこと気にするもんだよ。コノハさんと同棲して長いのにまだ分からない?」

「って言ってもまだ半年と少しだぜ? 分かんないことの方が多いよ」

 あっけらかんと答えるアリウスに、ジークは呆れ果てる。半年も暮らしていて、まだ距離感を掴めていないのか。

「兄さんって鈍感過ぎないかな? わざと?」

「わざとだったら家を追い出されたりしねえよ。それはそうと、ちょっとレンブラントの店に邪魔するんだが、お前はどうする?」

「そう、だね。丁度キリもいいし僕も付いていくよ。兄さん1人だと心配だし」

 ジークは手帳を畳み、アリウスと共に一度帰ることにした。

 時刻は昼時より少し前。帰る頃には昼食の時間だ。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 レンブラントは、未だ目覚めぬ少女と向き合っていた。店まで引っ張って来たはよいものの、これからどうすべきなのだろうか。


 少女の懐から落ちた金属の歯車をレンブラントは取り出す。


 触れていると、微かに魔力の残滓を感じる。ということはやはりこの少女は、

「ゴーレム……? でもこんな、本物のエルフみたいな…………」

 肌に触れると、本物の皮膚の様な感触が伝わる。依然、冷たいままだが。


 レンブラントの心の中には、少女の正体が気になること以外にある感情が渦巻いていた。



 銀色の髪をしたエルフの姿。

 呪われた存在として語り継がれている証。

 目の前の少女に、過去の自分を重ね合わせていた。


 同族はおろか、家族にまで忌み嫌われていたあの頃。幸せな時期なんて、欠片ほども無かった。孤独だった。


 路地で出会ったこの少女も、たった1人で放置されていた。きっと昔の自分と同じ気持ちだったに違いない。



 願うことなら、たとえ自分の我儘であっても、この娘を目覚めさせてあげたい。優しさを与えてやりたい。



 かつての自分が欲しかったものを、彼女に。



 直後、レンブラントが抱いていた歯車から淡い光が灯り始めた。


「……!? な、何が……!?」

 慌てるレンブラントを尻目に、生命を象徴する碧色の光は徐々に強くなっていく。魔法を使った覚えはない。

 何よりこの光は生命魔法が発する光だ。生命魔法はドラゴン、あるいは限られたドラグニティにしか使えない魔法。エルフであるレンブラントに使える筈がない。



 そしてゴーレムを象るのは生命魔法ではなく、大地魔法。



 何から何まで、不可解な事象だ。



 歯車はレンブラントの手を離れ、宙を漂い始める。淡い碧色の尾を引き、少女の胸の中に吸い込まれてしまった。

 次の瞬間、白い肌から青白さが消える。代わりに健康的な白さが宿り始める。



 ゆっくりと少女の瞳が開いた。深血色の乾いた瞳が見え、やがて潤いが戻る。唇が美しい桜色に染まる。



「…………誰? 貴女、誰、ですか?」

 乾いた声がレンブラントに投げかけられる。驚きのあまり呆気にとられたままのレンブラントに対し、少女は細い手を伸ばす。

「わ、私は、レンブラント……あ、あんたは」

「私? 私…………あれ……?」

 少女は困惑した表情を浮かべる。まるで記憶が無いかのように。必死に思い出そうとしている。


「私は、私は…………?」

「あんた、名前思い出せないのかい? 種族はエルフみたいだけど」

「エルフ……違う。私は、空っぽ。空っぽな、人形です。名前、忘れてしまった、人形です」


 少女の言葉の意味を、レンブラントは理解出来なかった。

 理解するのが、怖くなっていた。



 彼女の目が、本当に人形の様に澄んでいたから。作り物のような光を反射して。



 続く

次回、ドラグニティズ・ファーム


「パパとママ、そして娘」


ピィピィ! ピ、ピガッファ!!

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