44ページ目 まだ、一緒に
「どうしたんじゃ皆の者? どんよりしておるようじゃが……」
グラウブと入れ替わるように、フィオディーネとジルフィウスが現れる。
崩折れているコノハとそれに寄り添うフォンとシャディ、そして何処かを鬼のような形相で睨んでいるアリウス。
ただでさえ感が鋭いドラゴン2匹は、肌を刺すような緊張感を痛いほど感じていた。
「……この中の誰でもない匂いがある。そいつと何かあったのか?」
ジルフィウスはアリウスに尋ねるが、実は彼はこの匂いに覚えがあった。
それは昨日の夜、ラットライエルの街を歩いていた時にすれ違った男のものに似ていた。悪寒を覚えるような、悪意に満ちた匂い。
「……ちょっとな。もう大丈夫だ。それよりお前らこそどうした?」
「あぁそうだった。フォン、っていったっけか? お前さんに朗報だ」
「ワフ?」
ジルフィウスは船がある方を指差し、告げた。
「船がもうすぐ直るらしい。後1日2日くらい経ったら出航だから準備しとけだってよ」
「ワ……ン……ん……?」
一瞬呆気にとられたような声を出すフォン。しかしジルフィウスの言葉を噛み砕いていくうちに、フォンの表情に陰が落ちていく。
「も、すぐ……帰る?」
「あ、あぁ、そうだが、どうかしたか?」
様子が変わっていくのを見たジルフィウスは戸惑う。ゆらゆらと瞳が揺れ、今にも泣き出しそうだ。
「ふ、フォン? どうしたんですか?」
「ま、ま、まだぁ……まだぁ……!!」
すると突然、フォンは駆け出した。近くにいたコノハやアリウスが止める間もないほどの速さで海岸の方へ走って行く。
「あ、待って下さい!!」
「ピィフゥ!!」
コノハとシャディはすぐさま後を追い、走り出した。
「どうしたんだフォンの奴。もうすぐ旅に出れるってのに」
「貴様のような根無し草には分からないじゃろうな。いかなるものも、帰る場所が欲しいものじゃ。特にあの年の娘ならな。もうフォンにとってここは、帰る場所の1つになっているのじゃろうか……」
「帰る場所か……」
フィオディーネの言葉を聞いたアリウスは、青空に思いを馳せた。
飛び出した故郷も、騎士団も、かつては自らが帰る場所だった。だが今の帰る場所は何処なのだろうかと。
もしも、誰かが帰りを待ってくれている場所ならば。ここも、あそこも、自分の帰る場所なのだろうか。
「たった数日でも、あいつにとってここは帰る場所になったんだな」
「……ん? どうしたフォン?」
フィオディーネから採取した甲殻を加工している最中、突然現れたフォンにヴィンレイは驚いた。
「ふ、ふ、フォン……まだ……」
「お、お前……喋れるようになったのか!?」
ヴィンレイは工具を放り出すと、フォンの肩を抱く。目の端に涙を浮かべるほど喜んでいる。
「やったな! これからもう少し練習すれば世界中の何処にいっても大丈夫だな!」
「……いやぁ」
「ん?」
「いやぁ! まだ、フォン、行かないの!」
「フォン!? って、どわぁっ!!」
フォンはヴィンレイの腕を掴み、ジャイアントスイングを始めた。ブンブン振り回した挙句、砂浜へ投げ込む。
「イデェッ!! フォン、何すんだ!」
「フォン、まだ、帰らない! お花、咲くまで、帰らない!」
「な、何いってるんだフォン! お前を置いて行くわけにはーー」
「ガルルルル!! ワンワン!!」
威嚇するように歯を剥き、必死に吠え始めるフォン。未だかつて見た事のないフォンの姿にヴィンレイが驚いていると、フォンの後ろから赤い髪が見えた。
「フォン! どうしたの!?」
「こ、コ、ノハ」
心配そうに見つめるコノハの視線を感じ、フォンの瞳が震えた。
明日か明後日には離れ離れ。その事実が突きつけられているようだった。
「コ、コノハ、お、願い。ま、まだ、一緒、に、いたい」
「フォン……」
コノハは困った表情を浮かべ、言葉に詰まる。フォンは説得を諦めず、コノハに縋り付くように頼み込む。
「ね、ね。コノハ、コノハ」
「……ダメだよ、フォン」
「え……!?」
静かな声で告げられたフォンは、思わず後ずさる。
「ど、して? コノハ、フォン、嫌い?」
「そうじゃない。でも、フォンはヴィンレイさん達と世界を旅しなきゃならないんでしょ? だったら……」
コノハが言い辛そうに理由を話すのさえ、今のフォンの耳には入らない。
拒絶されたと言うショックだけが、フォンを満たしていた。
「フ、フォンは、フォンは……うぅ、わ、ワンワン!!」
涙をポロポロこぼし始めたが、やがて再び走り始めた。
更に今度は、コノハの後を付いてきたシャディを抱え上げ、連れ去って行く。
「ピキュウ!?」
「フォン!? シャディ!」
「フォン!! 何処行くんだ!?」
コノハとヴィンレイの声にも振り向かず、崖を登り、森の中へ消えた。
「フォン……早く追いかけなきゃ。アリウス達にも伝えます!」
「俺も行く! 嬢ちゃん、道案内頼むぜ!」
急ぎ2人も後を追い、森へと向かった。
どうしてこんなことをしているのだろう。
こんなことをしても、一緒にいられる訳ではないのに。むしろ、皆を困らせるだけだというのに。
「ピ、ピキュウ! ピキュウ!」
「フォンは、ただ、皆とまだ……ワフ!?」
木の根に足が絡まり、フォンは転倒してしまう。と、同時に投げ出されたシャディが地面に激突する。
「イタい……うぅ」
膝を見るとほんの少し血が滲んでいる。このくらいなら平気だが、ヒリヒリ痛むのが気になるのは何故だろうか。
「み、皆、一緒に、皆……ヒック……」
「ピィピィ!」
「ん……?」
泣きじゃくるフォンの元へ、頭からタンコブを生やしたシャディが駆け寄る。何やらしきりにピィピィ鳴いているが、フォンには何を言っているのか分からない。
だがこれだけは分かる。何とかしてフォンを励まそうとしてくれているのだ。
「シャディ……? シャディ、も、一緒、いたい、よね?」
「ガァウ」
するとシャディは突然、辺りをキョロキョロと見渡し始める。そして何かを見つけるとそれを嚙みちぎり、フォンに差し出した。
それは枯れかけているが、それでも気高い白を保ったサピヨンの花だった。
「……? ど、ど、う、事?」
困惑するフォンの背後から、地面を踏みしめる音が聞こえる。
「サピヨンの花言葉の1つは、別れだ」
「ア、アリウス……!」
フォンはアリウスの姿を見ると、慌ててシャディを抱え、距離を取った。
「どうした? シャディが欲しいなら無理だぞ」
「ふ、フォン、帰らないから。良いって、言うまで、シャディ、返さないから」
「おいおい我が儘言うなよ……って、今更か」
アリウスはゆっくりフォンに近づき、手を差し伸べた。
「そのコノハも、ヴィンレイも、心配してるぞ。ほら、帰るぜ」
「ガルルルル!!」
「やれやれ……困ったな」
と、フォンの耳の中に冷たい水の雫が入り込む。驚いたフォンは「ヒャン!」と、すぐさま耳を畳む。木から落ちたものかと思っていると、水滴の数は徐々に増していく。
「雨か……しょうがないな」
アリウスは溜息を吐くと、オロオロしているフォンの手を掴んだ。
「いやぁ!! フォン、帰らないの!」
「帰ろうにもこれじゃずぶ濡れになっちまう。そこに小さい洞穴がある。そこで雨宿りするぞ」
「ワフ……」
アリウスとフォンは雨に急かされ、洞穴へと駆け込んだ。
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム
「いつかまた、会える日まで」
また、会いましょうね。
んん、ワフ!




