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42ページ目 毒蛇の眼

 

「それじゃあ、私はこれで失礼します。本当にお世話になりました」

「もう少し、ゆっくりしていきませんか? こんな朝早くに行かなくても……」

 玄関前で支度を終えたイデアを、コノハが見送りに出ていた。心配して引き止めるコノハに対し、イデアは申し訳なさそうに一礼する。

「そろそろレオズィールに戻らなければならないので……ヴィンレイさんの船の件について、詳しくカリス隊長に報告しなければなりませんし」

「そうですか……」

 残念そうに俯くコノハの頭に、イデアは手を優しく乗せた。同じ女性の手だというのに、コノハにはとても大きく感じた。

「またお邪魔します。今度は任務ではなく、休暇で」

「……はい、ぜひ!」

 2人は抱擁を交わし、やがてゆっくりと離れた。


 手を振りながら、遠くへ去っていくイデアの姿を見送った。


「……?」

 何かの視線に背中を刺され、振り向く。


 扉の陰から、シャディを抱えてこちらを見つめるフォンの姿があった。

「どうかしましたか?」

「……」

「ピ、ピキュ」

 ムスッと頬を膨らませるフォンの代わりに、シャディが必死に何かを説明しようとする。翼をパタパタ動かしたり、体を縮こませたり、甘えた様な声を出してコノハに訴えかける。


「……あぁ。フフ、そういう事ですか」

 シャディの訴えを理解したコノハは、フォンに向かって手を広げる。

「フォン、こっちに来てください」

「……ワン!」

 フォンはシャディを天高く放り投げると、一直線にコノハの元へ駆け寄った。初めて会った時の様に、地面に2人で倒れこむ。


「コノハ!! フォン、がばった!! アリウス、お話、出来た!」

「良かったですね。どうでした?」

「アリ、ウス、喜んでた。……ちょと、大袈裟、すぎ、だたけど」

 そう言いながら、自分も嬉しそうに笑顔を浮かべるフォン。それを見たコノハは胸がワクワクしてくる。


 分かり合えない種族なんてない。

 ヒューマンも、ドラグニティも、ビースディアも。心が通じあえば、きっとどんな種族だって。

 例えそれが、ドラゴンでも。



「……ピガ」

 シャディは目をぐるぐる回しながら、家の中へ戻って行った。






 日が地平線と真上の丁度中間の位置に来た頃。

 コノハ、フォン、そしてシャディは各々あるものを運んでいた。

 コノハとフォンが引く荷車の中にはレンガやスコップが、シャディが引く荷車の中には小さな袋が入っている。

「この辺でいい……かな?」

 コノハは家の裏側、日中いつも太陽の光が当たる場所を見つけると、そこで歩みを止めた。


「始めましょうか」

「ワン」

「ピガ」

 荷車を下ろすと、2人と1匹は作業に取り掛かり始めた。

 レンガを長方形に並べていき、それらをいくつか作って区画を作製する。レンガで囲った中の雑草を抜き、小石を取り除く。土に乾燥した魚の骨と特製肥料を混ぜたものを撒き、スコップを使ってかき混ぜる。

「……ワフ?」

 と、耕していたフォンが何かに気がつく。

「どうしました?」

「コノハ、これ、何?」

 その手の上には、黒く長い何かがウネウネ動いていた。

「ユーランミミズ? にしては黒いですね。まだ春まで長いですし……ジークさんなら分かるかな?」

「ん、これ、可愛い……シャディ、みたい」

「えぇ!?」

「ピキュ?」

 コノハはウネウネ動くミミズとシャディを見比べる。一体何処が似ているというのだろうか。フォンの目に何が映ったのか、コノハは恐怖した。



 無事に土をフカフカに耕す作業が終わった。6つほどのレンガの長方形が出来上がる。その中では、先程のユーランミミズもどきが元気に土を動き回っている。


 ここからが本番だ。


「さぁ、種を蒔きましょう!」

「ワン!」

 コノハとフォンは荷車から小さな袋を取り出し、その中身を手の平に出した。


 それは、花の種だった。


「ユーランローズ、竜翼花、翡翠草、ゼオラン、夢睡花、サピヨン……えへへ、ほとんど私の趣味ですけどね」

「? フォン、聞いた、こと、ない花、ばっか」

「咲けばみんな綺麗ですよ。多分春には……」

「春……じゃあフォン、咲くの、見れ、ないね」

 切ない声を出し、耳と尻尾が力無く垂れる。

 コノハはその様子に胸が絞めつけられたが、すぐに笑顔をフォンに向けた。

「じゃあ、また遊びに来てください」

「……いいの?」

「いいに決まってるじゃないですか!」

 コノハはフォンの手を握る。

「だから次会った時に花が見れるように、植えましょう?」

「ウン!」


 フォンは袋を半分受け取ると、花壇に入って種を蒔き始める。


 コノハも花壇に入ろうとしたその時、何かが走り寄ってくる足音が聞こえた。

 ここからは少し遠い。しかしその足は速く、すぐにこちらの近くまで迫って来た。


「バウッ、バウッ!!」

 コノハが振り向いた場所にいたのは、1匹の犬だった。鎧を身に纏い、よく見かける犬よりも体格が良い。どちらかというと狼に近い。


 しかし犬はコノハ達から一定の距離をとったまま動きを止め、腰を下ろす。こちらの様子を伺うようにじっと見つめている。

「……? この犬は……」


「こんにちは、お嬢さん方」


 するとまたしても背後から、さらに今度は耳元で声が聞こえた。

 コノハの肩がビクリと震える。しかし振り向く事が出来ない。蛇に巻きつかれているような冷たさと息苦しさに襲われ、声を出す事すら出来ない。


 ドラグニティの五感全てが、後ろにいるまだ顔を見てすらいない男を拒否していた。


「どうしました、お嬢さん?」

「あ、えっと……すみません、あの……ち、近い」

「おっと、これは失礼しました」


 男が一歩下がるのを感じると、改めて男に目を向けた。

 紫色の長い髪を後ろで縛り、背はアリウスより更に高い。ダークゴールドの虹彩に黒い瞳の切れ長な目は蛇のようだ。


 そしてその男が着ている上着は、イデアと同じ騎士団の制服だった。よく見ると肩にはグリフォンの紋章がある。

 すなわち、カリスと同じ隊長であることを示していた。

「私はグラウブ、グラウブ・ベズアグル。種族はヒューマンで、見ての通り騎士団に属しております」

「こ、こちらこそすみません……わ、私はコノハ・レミティです。今は農場をやっていて、種族は……」

 と、コノハは口をつぐむ。


 アリウス達のおかげで忘れていたが、本来ドラグニティだと名乗ることでろくな目に遭ったことなどない。


「しゅ、種族はヒューー」

「ドラグニティでしょう、貴女」

「え……!?」


 グラウブの一言に、コノハは思わず小さな悲鳴を上げる。横で聞いていたフォンも驚きを隠せないでいた。

 グラウブはその様子を見ると、更にニヤリと口元を歪めてみせた。

「そのスカーフ、前で結んでいますが、そんなに首を見られたくないんですか?」

「そんなこと……私はヒューマンです」

「嘘は良くありませんよ」

 グラウブはコノハの胸元にあるスカーフの結び目に手を伸ばすと、それを素早く解く。

 スルリと解けたスカーフの下には、虹色に輝く1枚の鱗があった。

「あ……」

「綺麗な首筋じゃあないですか。隠す必要ありませんよ。自信を持ったらどうですか」

「い、嫌……返して、スカーフ返してくださーー」

「ところでコノハさん」

「ひ……!?」

 肩に手を回され、顔が間近に迫る。捕食される恐怖に近いものを感じ、コノハの呼吸は荒くなる。


「ウゥ……ガウガウ!!」

「ピシャアアアアッ!!」

 フォンとシャディはすぐさまコノハを助けようとする。

 しかし、

「グルルゥ……!!」

 先程まで大人しくしていた犬ーーヴァイクウルフが2人の前に立ち塞がる。歯を剥いて唸るその威圧感に2人は怯んでしまう。


「質問が2つあるのですが、よろしいですか?」

「あ……あぁ……」

「まず1つ目、この近くで船を見かけませんでしたか? 大きな商業船なので目立つとは思いますが」

「し……しら、知らない。知らないです……」

「本当ですかねぇ。まぁいいでしょう。そして2つ目ですが……」

 ガタガタと震え、涙が浮かび始めたコノハの耳元に囁いた。



「アリウス・ヴィスターという男をーー」




「お前…………!!」


 コノハも初めて感じるような鋭い殺意が流れる。

 直後、グラウブはコノハを突き飛ばし、自らに迫ったものを捕らえた。


 獣の骨で作られたピック。狙いは肩だったのだろうが、当たればタダでは済まない。

「ふふ……やっぱり凄いな君は」

 グラウブは心からの賛辞を彼に贈った。

()近衛騎士、アリウス・ヴィスター」

「グラウブ……!!」


 アリウスの眼には、静かな、しかし滾るような怒りが宿っていた。



続く

次回、ドラグニティズ・ファーム


「禁じられた再会」


やっぱり、運命ってあるんだな。なぁ、グラウブ……!!

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