41ページ目 和解
「ふわぁぁ……」
「……っあぁ」
「ワッフ……」
アリウス、コノハ、フォンの欠伸が三拍子のように揃う。
「何じゃお前ら……夜更かしでもしとったのか?」
フィオディーネは不思議そうに首を傾げると、コノハの頬をムニムニと揉み始める。普段は抵抗するのだが、寝起きのコノハは「あぅあ〜」とされるがままだ。
「ほれ、主も男ならしっかりせぬか!」
アリウスに対しては目覚めのビンタをお見舞い。しかしアリウスは無言のままソファに倒れこむと、そのまま再び夢の世界へ旅立っていった。
「……アリウスさん、いっつも朝はこうなんですか?」
「ふぁい、そうです……イデアさん、ごめんなさい寝坊し……ふあぁ」
またしても大きな欠伸。小さな身体を目一杯伸ばし、まだ少しおぼつかない足取りで調理場へ向かう。
「何かやってたんですか?」
「ちょっと、予行練習をですね……」
「予行練習?」
イデアが目を丸くすると、コノハはニンマリ笑ってみせた。
「……クゥン」
寝ているアリウスを前に、フォンはそわそわしていた。
昨日練習した通りにやれば大丈夫。頭では分かっていても、中々行動出来ない。
もしも変なことを言って、馬鹿にされたら。言ってる事が伝わらなくて、怒らせたら。
だが不安になる度、コノハの言葉が脳裏をよぎる。
自分の言葉で。
意を決したように頷き、そして口を開いた。
「ア、リ、ウス、朝、だよ?」
つっかえてこそいたが、しっかりと話せた。
フォンの言葉がアリウスに届いたのか、彼の目がうっすら開き、声の主を探してキョロキョロし始めた。
「朝、朝。早、く、起きて」
「分かってるよフォン。……っ!? フォン!?」
バネのように跳ね上がったアリウスはソファから落下。頭から落っこちたが、そんな事を意にも介さずフォンの元へ駆け寄って来た。
「お前、喋って……!?」
「う、う、ん。まだ、練習、中、けど……変?」
「いや、変じゃない。変じゃない……が……」
アリウスは安堵したようにソファに座り込む。
「ど、したの?」
「やっと、こうして普通に話せるなって思うと嬉しくてな」
「嬉し、の?」
「嬉しいよ。……それで、フォン。聞きたい事があるんだ」
アリウスは改まった様子でフォンに向き直ると、心の中で渦巻いていた疑問を口にした。
「フォンは……俺の事どう思ってる?」
「……んん」
唇を真一文字に結び、耳を伏せるフォン。
しばらく迷うように尻尾をゆっくり振っていたが、やがて辿々しく話し始めた。
「最初は、怖い、だた。けど、けど……悪い、人じゃない、分かった。だから、今は、大丈夫」
「そうか……それは良かーー」
「でも」
フォンは悪戯な笑みを浮かべると、近くで寝ていたシャディを抱き上げた。
「でも、シャディ、コノハ、方が、大好き。アリウス、より、えへへ」
「……」
それはまぁ、当然だと、アリウスは心中思ってはいたのだが。
今度はまた、別の悩みが増えた様な気がした。
その様子を見ていたフィオディーネは困惑した視線を彼に送っていた。
「……何じゃ? 何をそんな大袈裟に……」
「全く、お婆ちゃんは鈍感ですな」
と、ジルフィウスが通り過ぎざまにフィオディーネへ耳打ちする。
「人間……いやヒューマンは、ユーランスペルも、ビースディアの言葉も分からない。明確な意思疎通が出来た事は、当たり前に見えて、大きな進歩なんだよ」
「そう、なのか。うむぅ……不思議じゃな、人間は」
「だから面白いのさ」
ジルフィウスは、アリウスとフォンが会話している様子を楽しそうに眺める。
「良かったなアリウス」
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「首尾はどんな感じだ、ヴィンレイ?」
浜の方から、アリウスは船へ向けて声を上げる。
「船体の方は何とかなりそうだ。魔導コアはまぁ、ギリギリだが何とかなるだろ、きっと」
「きっとね……」
思わず溜息が出る。原因となった二竜の方を見ると、ジルフィウスとフィオディーネは揃って目を逸らした。
「いやぁ、ちょっと風強くしすぎたかなぁ、なんて。ハハ……」
「だ、大体妾は魔導コアとかいうものが何なのかも知らなかったのじゃ! わざと壊した訳ではない!」
自然を統治するドラゴンが、あたふた言い訳を並べる光景はシュール極まりない。
だが、2匹が魔導コアの存在を知らないのは本当だろう。魔導コアは最近になってようやく実用化レベルに漕ぎ着けた代物で、未だに全ての船には取り付けられていない。
騎士団の軍船に優先的に配備されているらしいが、それも行き渡っていない原因の1つなのではとアリウスは考えている。
「確かに便利ではある、けど……ま、いいか。ヴィンレイ、何か必要なものはあるか?」
「後は魔導コアを包まなきゃいけないんだが、何せ材料がワイバーンの甲殻だったからなぁ。調達はきついだろ」
魔導コアが生み出す粒子を外に逃さないために、通常はワイバーンの甲殻で周囲を覆う必要がある。というより、分厚く、密度が高い素材なら良いのだが、現状そのような素材は少ない。
しかし、アリウスは冷静な表情。そしてこんなことを言い出した。
「フィオ、お前の甲殻を拝借しても良いか?」
「は、はぁっ!?」
フィオディーネは思わず吹き出す。
「な、何を戯けたことを抜かすかこの馬鹿者!! 妾の甲殻を引き剥がすなど言語道断、なんと罰当たりな!!」
「お前だって原因の一端だろ。ヴィンレイに迷惑かけたんだから」
アリウスは一歩も引かない。本気でフィオディーネの甲殻を使うつもりだ。
「ならジルフィウスで良かろう! 何故妾なのじゃ!」
「俺、羽毛ばかりだから甲殻なんてほぼないぜ」
「なっ!?」
素知らぬ顔で矛先を躱したジルフィウスに、フィオディーネは歯噛みする。
中々了承してくれないフィオディーネに、アリウスは切り札を切ることにした。
「頼むよフィオ。お前の綺麗な甲殻じゃなきゃダメなんだ」
「……ぬ?」
目が少し揺らぐのを見たアリウスはさらに畳み掛ける。
「何なら言うことを何でも1つ聞いてもいい。頼む、オウツクシーフィオサマー」
「な、何でもか……そうか……」
フィオディーネは考えた。この生意気な小僧を、一回とは言え好きに出来る。
想像してみたら、割と良い気分が味わえそうだ。
「仕方無いのぉ。そこまで言うなら良いぞ。妾に感謝するのじゃ」
〈あ、アァ、そこはやめとくれ、こそば、アァ!〉
「変な声出すな」
アリウスとジルフィウスは、ドラゴンの姿となったフィオディーネの首から甲殻を剥いでいた。巨体なだけあって、1枚で十分足りそうだ。
「よくしなって丈夫だし、応急処置としては十分だな……よい、しょ」
〈アァン、も、もっと優しくしておくれ〉
「……アリウス、俺吐きそうになってきた」
フィオディーネ曰く、首はドラゴンにとって魔力の集結している部位であり、触られるとこそばゆいのもそのためらしい。ドラグニティも同様の様だ。
「てか痛くはないのか?」
〈い、痛くはないがくすぐったいというか何というかのぉ〉
「アリウス、早くやっちまおう……」
数分後、巨大な青色の甲殻を1枚剥ぎとる事が出来た。その大きさはアリウスの身の丈を優に凌いでいる。
「ふ、ふふ。妾に感謝するがよい」
「婆さんの喘ぎ声聞かされてもなぁ」
「ま、まあとにかく、ありがとうなフィオ。……レーヴィン!」
アリウスは船の中にいるレーヴィンに向けて叫ぶ。
「今度は何だ……ってうぉ!?」
顔を覗かせたヴィンレイはのけぞった。
「これで足りるか?」
「足りるには足りるが……一体何処から?」
「前借りで分けて貰った」
「お、おう……でもこれで、お別れも近くなってきたなぁ」
ヴィンレイは何処か寂しそうに呟く。
確かに、船の応急処置が終わればヴィンレイ達はラットライエルで修理し、そしてまた長い旅に出てしまう。
「フォンは辛いだろうな……コノハも」
「お前だって辛いくせに。強がんなよ」
ニヤリとアリウスに笑いかけるヴィンレイ。アリウスはそれを見ないように空を見上げる。
「そういう意地悪い所、フォンとそっくりだな」
コノハが聞いたら、「貴方もですよ」と言われてたであろう一言が口をついて出た。
続く
次、回、ド、ドラ、二ティ、ファーム、
「毒蛇の眼」
ウゥ、んん、ワンワン!! ワフ、ワンワン!




