表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/184

40ページ目 眠れぬ夜の決意

 

 その夜。


 皆が寝静まった中、一人屋根の上で夜空を見上げる人影があった。

「静かだな……」

 アリウスの身体を照らす月灯りは、優しく、それでいてどこか怪しさを感じる。

 月光を反射し、尚も輝き続ける海。その向こう側は闇に呑まれて見えない。


 こうしている理由は至極簡単。眠れないのだ。


 先程から頭の中を回り続けているのは、ジルフィウスの言葉と、剣を取り返そうとした時に感じた痛み。


 死よりも辛い結末。

 かつて竜騎士に言われた言葉を思い出す。破滅の未来が待っている。ジルフィウスに言われた事はそれととても似たものだった。

 これらの言葉をアリウスは理解出来ないでいた。実感が湧かなかった。

「想像つかねぇよ……失くすよりも辛いことなんて」

 誰かが、何かが、この手から滑り落ちていく感覚。壊れゆく感覚。それをすくい取る事も出来ない虚しさ。


「失くしたこと……あるんですか?」

 突然かけられた言葉に肩が跳ねる。

 振り返るとそこには、月に照らされて輝く赤い髪が風に揺れていた。

「……何だコノハ。眠れないのか?」

「眠れない怪我人さんを寝かしつけに来ました」

「そういや、まだ怪我してるんだった。もう痛みは引いててな」

「……」

 コノハはアリウスの隣に座る。


 そして、アリウスの右肩をギュッと握り締めた。


「っ!? いっだだだだ!!」

「治ってなんていませんよ。大人しく寝てないんですから」

「最近色々ありすぎてゆっくり寝る暇なんてないんだよ……」

 肩をさすりながら、アリウスは溜息を吐く。


 風が二人の髪を擽る。やがてコノハの方から、ポツポツと話し始めた。


「アリウス、さっきのお話の続きなんですけど……大切なもの、失くしたことってありますか?」

「……その言い振りだとお前もあるみたいだな?」

「質問に答えてください」

 茶々を入れられたコノハの頬が風船のように膨らむ。その子供っぽさに、ついついアリウスはにやけてしまう。


「逆に大切なものを失くしたことない奴の方が少ないと思うぜ。その程度が人によって違うだけで」

「アリウスは何を失くしたんですか?」

「……別に知らなくたってーー」

「ネフェルさんって人と、関係があるんですか?」


 ネフェル、という単語を聞いた瞬間、アリウスの表情が一変する。笑顔が失せ、瞳が震え始めている。


 やめた方がいいかもしれない。知らなくたっていいかもしれない。アリウスとの関係を壊してしまうかもしれない。心の中で、自分が叫ぶ気がした。


 だがコノハの言葉はもう止まらない。



 自分から歩み寄らなければ、彼のことを知ることなんて出来ない。



「アリウスが右腕を怪我した時、うわ言で言ってたんです。大事な人なんですか? その人の夢って一体……」

「それは後で話すって……」

「後じゃ嫌なんです!」

 立ち上がったコノハはアリウスの両肩を掴む。



 その時の光景はいつの日か、コノハが生命魔法を使った時と似ていた。違うことといえば、二人の立場が逆であること。



「アリウスが苦しそうにしてるの、私には分かるんですよ! ジルフィウスさんと話してる時だって、ずっと辛そうな顔してました。このまま私に話さないで、ずっと有耶無耶のまま過ごしてたら本当にいつか……!!」

「コノハ……」

 必死に語りかけるコノハの姿に思わず圧倒されてしまう。何故ここまで自分のことを気にかけるのか。アリウスはそれを聞こうとしたが、その言葉を呑み込む。


 当たり前だ。隠し事をしておいて、それに苦しむ様子を見せてしまったら誰だって不安になる。

 自分がフォンに対して感じていた不安と同じだ。


 アリウスは観念したように目を閉じる。

 そして左手を、コノハの頬へと伸ばした。柔らかく、少しだけ冷たい感触が伝わる。


「ネフェルはな、俺に色んなことを教えてくれた奴なんだ。ドラゴンの事、色んな生き物の事、夢を持つ事……姉みたいな人だった。それこそ、本当に血が繋がっているんじゃないかってほど」

「優しい人なんですね」

「お前に似てな。……ネフェルはもっと大人だったが」

「ちょっ、それどういう意味ですか!?」

「お前は所々子供なんだよ。背伸びしてるのがバレバレだ」

 そう言いながら、アリウスは頬を揉み始める。

「ふぁ、ふぁふぇてふだしゃいよ」

「今日はここまで。また眠れない日に話してやるよ。……約束する」


 手を離し、アリウスは屋根裏にある扉から中へ戻っていった。

 約束した。今度は逃げるわけにはいかない。


 過去に向き合わなければ。

 コノハの夢を叶えるために。

 竜奏士になるために。



 部屋に戻ろうとしたコノハは、リビングに小さな灯りが点いていることに気がつく。

 扉を隙間ほど開け、中を覗いてみる。


「ワ、ワフ……ワフ……」

 蝋燭を灯し、本を広げているフォンの姿がそこにあった。しかしその目は開いたり閉じたりを繰り返し、口の端からは涎が垂れ下がっている。


「フォン? 夜更かししちゃだめですよ」

「ワ、ワン!?」

 コノハの声で意識が戻ったのか、隠すように本を自らの後ろに回した。そして口を尖らせながら知らないフリ。

 一体何処で覚えたのだろうかと呆れながら、コノハはフォンの隣に腰を下ろす。

「もしや、前も夜更かししてましたね? だから朝あんなに眠そうだったんじゃ?」

「ワッフ!?」

 ギクリとするフォンの様子に思わず吹き出しそうになりながら、背中に回している本を見る。

「ゼゼルの冒険譚、大好きなんですね。アリウスも好きだって言ってましたよ」

「ワ、ワフゥ……」

「そんなに照れなくていいじゃないですか。……ねえフォン?」


 コノハはフォンから本を取ると、改めて向き直った。


「お話してみてください。練習成果、見てみたいです」

「……」

 身をよじるフォン。


 自信は正直ない。片言でしか話せないし、コノハの前とはいえ拙い言葉で話すのは恥ずかしい。フォンの目はそう語っていた。


 そんな様子を見てか、コノハはこんなことを話し始めた。

「さっきアリウスとお話ししたんです。アリウスってああ見えて、自分の気持ちを中々教えてくれないんですよ。でも私が思ってる事を言ったら、ほんのちょっとだけ話してくれたんです」

「……クゥン?」

「だから明日、やってみましょう? そのためにちょっと練習です。自信を持って、堂々と、ね」


 堂々と、自分の言葉で。


 恥ずかしさが消えたわけではない。だが、コノハの言葉を聞いた途端、やってみようという気持ちが同時に沸々と湧いてきた。

「……ワ……んん……わ、かった。フォン、が、ばる」


 自分の気持ちを伝えるために。

 みんなの気持ちを、もっと知るために。





「街は静かだな」

 街灯も消え、人影もほとんどない、夜のラットライエルの街。

 そこをたった一人、フラフラと放浪するのがジルフィウスの趣味だ。


 本来ドラゴンは自分の統べる領域から出るようなことは一切ない。領域を荒らし、自らを狙う愚者に裁きを下す。そのために普段は支配領域の奥で静かに力を蓄える。外界の様子は(しもべ)に探らせる。


 ジルフィウスにとって性に合わない事ばかりだった。


 広い世界を自ら巡って、沢山のことを知る。単なる知識ではない、体験を通して、ユーラン・イルミラージュを理解する。

 だからこそ(しもべ)の反対を押し切って、世界を周っている。

「出来れば人間に生まれたかったなぁ。そうすりゃこんな面倒に縛られないのに……」


 その時、何者かと肩がぶつかる。考え事をしていた上に、人通りが少なかったこともあって油断していた。


「おっと、すまない」

「いえいえ。夜道にはお気をつけて」

 紳士な声が返ってくる。

 しかし、それとは全く逆のものを感じ取ったジルフィウスは振り返った。


 例えるなら、雛を狙う蛇のような卑しい視線。


 生まれながらにこんな視線を発する人間がいるだろうか。

 やがて、男は怪しむように睨むジルフィウスに対して笑いかけた。

「如何なされました?」

「……いや、こんな時間にうろつく物好きが俺以外にいるなんて驚いてな」

「少し眠れないもので。それでは、ご機嫌よう」


 恭しく礼をして去って行く男から、ジルフィウスは目を離せなかった。

 竜の第六感が訴えかける。


 あの男は、危険だと。




「さて……」

 男ーーグラウブが短く口笛を吹くと、一匹の犬が走り寄って来る。


 身体は狼より少し大きく、がっしりとした体躯。白い体毛にゴールドの瞳。蒼い鎧を身に纏い、左肩には小剣を提げている。

 ヴァイクウルフ。元は北の極地に棲息していた野生の個体を、騎士団用に飼い慣らした軍用犬である。


「どうだい? イデアの居場所は見つけたかい?」

「グルゥ……」

 ヴァイクウルフは尻尾を振ると、肯定する様に小さく一声鳴いた。

「いい子だ。明日の早朝出発だから、今日は休んでいなさい」


 今回の目的はあくまで遭難船の探索と救助。


 だが思わぬ出会いがこの先待っていることを考えると、楽しみでならなかった。



続く

次回、ドラグニティズ・ファーム、


「和解」


私って背伸びしてる様に見えますか? だって別に気にしてないですもん。子供っぽいところだって、個性ですからね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ