39ページ目 託された夢
ジルフィウスの睨みに、アリウスも鋭い睨みで返す。
その手を剣から払うと、庇うように背中に再び提げた。
「何と言われようと手放す気はない。俺にはこれが必要なんだ」
「ろくな先が待ってないのにそれでも成し遂げたいこと……? 復讐したい奴がいる、とか?」
その言葉を聞いたアリウスは、乾いた笑みを浮かべた。
「この剣を俺に託した人に頼まれたんだ」
悲しげな表情のまま、アリウスは剣をリビングの隅に立て掛ける。
「誰かの夢を叶えてやれって。その為にこいつを使えって」
「……っ?」
ジルフィウスは剣から発せられる気配がいつの間にかなくなっていることに気づく。代わりに優しい、それでいて寂しげな光が柄と鞘の隙間から溢れていた。
「……それで、お前が叶えてやりたい夢は見つかったのか?」
「あぁ、今そこで楽しく料理してる奴のな。随分デカイ夢だから苦労しそうだが」
「その夢にあの剣は必要か?」
「きっと」
しばらく無言で見ていたジルフィウスだったが、やがて根負けしたように笑った。
「ヒューマンにも面白い奴がいたもんだな。なら、夢見る姫の騎士様になれるように頑張れよ。ちなみに……」
その笑顔が、いやらしい雰囲気を帯びる。
「剣をくれたのは男? それとも女?」
「は? 女、だが」
「ほぉ、んで、そいつとはどんな関係で?」
「……何でそんなこと」
「その反応は、何かしら特別な関係と捉えていいのか?」
「放っておけ」
ニヤニヤしながら付いて回るジルフィウスに厄介げに手を払うと、剣を持って二階へと上がっていってしまった。
「ったく、つまんねえな」
口を尖らせ、ジルフィウスは残念そうに呟いた。
「……」
調理場から出ようとして、偶然立ち聞きしてしまった話。コノハの心の中は、二つの感情がぐるぐると渦巻いていた。
一つは嬉しい気持ち。アリウスの本心を少しだけ覗くことが出来た。
もう一つは、もやもやとした気持ち。
アリウスに剣を託した人物。おそらくアリウスが右腕に重傷を負った際、うわ言で言ったネフェルという人物だろう。
あの時の雰囲気、そして先ほどの態度。やはり想い人なのだろうか。
「〜っ!!」
考えれば考えるほど、コノハの気持ちは乱れていく。むず痒い感覚に小さく唸ってしまうほどに。
「どうしてこんなにムズムズするんだろう……まだ恋人だって決まったわけじゃ……でもそのネフェルさんが好きだったら……」
「あ、あの、コノハさん」
「ひゃいっ!? 何でしょか!?」
背後から不意に呼びかけられ、コノハは飛び上がった。おかげで舌ったらずな返答が飛び出す。
「……? とりあえず、お鍋の様子を見て欲しいのでお願いします。私はレーヴィンさん達に差し入れに行ってきますので」
「は、はい。今行きます」
イデアは訝しむように首を傾げたが、特に追求はしなかった。
大きな鍋を抱えて出て行ったイデアを見送ると、コノハは胸を撫で下ろす。
この気持ちは、今夜寝るときに整理しようと決めた。
完成した料理を見たアリウスは言葉を失った。
今まで見たことないような大きさの鍋。
その中には程よい大きさに切られたブルキャロット、積層茸、火吹きネギ、リーフアングラーの肉が小綺麗に配置されている。
しかし、一際目を引くのが、ほとんどそのままの形で鍋の中心に鎮座しているエレドクラブの姿が。
「……誰だ、綺麗な配置を崩す要因を作ったのは?」
「私はフィオディーネさんの言う通りにやりました」
「……私は料理出来ないのでお手伝いしか」
「ワン」
全員の視線がフィオディーネへと集中する。しかし当の本人は不思議そうに口を尖らせた。
「何じゃ、これが一番みなの食材を活かせる料理じゃぞ? リーフアングラーに生えた海草でとった出汁に、全ての食材から染み出した出汁がーー」
「さぁて食べるぞ〜。見た目は混沌としてるがきっと美味いさ」
語り出したフィオディーネの話を遮ると、ジルフィウスは小皿に具材を取り始める。
「お、見た目に反して美味いな。歯応えがいいぞ、リーフアングラー」
「ズルいぞジルフィウス! 妾も……おぉ、肝と蟹味噌が溶けてコクが出ておる」
恐ろしい見た目の鍋を味わう2体の竜。それにつられる様に、アリウスとコノハも鍋を食べ始めた。
「なんか、不思議な味だな」
「お魚なのにモッチモチですね。ん、お野菜も柔らかくなって美味しいです」
次々鍋を平らげていく4人の姿を、イデアとフォンは信じられない様子で見つめていた。
「ほれ、そこの2人も早う食べい」
フィオディーネは2人の小皿を取ると、たっぷりと具材を入れて差し出した。更に、具の中には、
「一番栄養がある肝じゃ。ほれほれ」
「い、いただきます……」
「クゥン……」
2人は意を決し、トロトロに溶けた肝を頬張った。
すると、2人同時に目が見開かれた。
「美味しい……美味しい!」
「ワンワン、ワフゥン!」
はしゃぎながら鍋を食べ続ける2人を満足したように見つめるフィオディーネ。
と、アリウスがとうとうエレドクラブを持ち上げ、脚をもぎ、かぶりつく。
「引き締まった身だな。肉を食べてるみたいだ」
「海底で生き抜く為に甲殻が厚くなり、それを支える為に強靭な筋肉を付けた……自然って凄いですね」
感心しながらコノハも脚の殻を剥こうとする。しかし力を込めてもビクともしない。
「か、硬い……」
「貸してみろ」
アリウスはコノハから脚を取ると、片手で器用に殻を割る。
そして何故か、そのまま口に運んだ。
「あぁぁぁっ!?」
「あ、つい癖で……」
「返して下さい! 私のカニを返して下さいぃ!!」
騒がしい食事の時間はあっという間に過ぎていった。
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食事が終わり、皆が談笑している中。
イデアは1人、夕暮れの空であるものを待っていた。
「……来た」
一羽の鳩が空から飛来する。イデアが腕を掲げると、静かにそこへ止まった。
首に巻かれたスカーフにはレオズィールの紋章。騎士団で飼われている鳩だ。その脚にイデアは一枚の紙を括り付け、再び空へと放った。
紙の正体はカリスへの報告書。
商業船を発見し、その船は修理している最中であること。現在自分はコノハの家に滞在しており、明日には一旦帰国する事。帰国後、相談事項があること。
「カリス隊長、羨ましがるだろうな……ふふ」
今頃は宿舎に戻っているだろうか。
新人の頃から世話を焼いて貰った恩義は今でも忘れていない。こうして隣に立ち、力になることを目指して努力してきたのだ。
「でも、気づいてないんだろうな……私の気持ち」
コノハの気持ちがよく分かる。あの2人の鈍感さは、恋心を抱く少女達にとって厄介なものだ。
それでもいつか、気付いてもらえるように。
夕焼けに照らされた海を見て、決意を新たにした。
ラットライエルの空を飛ぶ鳩は、見慣れた服を着た人間を見つける。騎士団の服に身を包んだ、背の高い男が手を挙げていた。
そこに向かい、鳩は迷う事なく着地する。
「よし、良い子だ」
男は脚に括り付けられた手紙を広げ、読み始める。差出人の名は、自らの婚約者。宛先はカリス・シュタイナー。
「……なるほど、流石イデア。やはりカリスの下にいるのは勿体無いな。……ん、これは?」
報告書の中に、ある名前を見つける。
「アリウス……アリウス・ヴィスター……。そうか、生きていたのか」
驚くような言葉とは裏腹に、表情は笑っていた。
自分を見た時、彼はどんな反応をするのか。
グラウブは楽しみでならなかった。
続く
蛇が寄ってくる……ガラガラ蛇が、やって来る。
というわけで39ページ目でした。混沌鍋、みなさんいかがでしょうか?
それではみなさん、ありがとうございました!




