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38ページ目 妨げる呪い

 

 数十秒の沈黙。



 遠くを見つめたまま固まったフィオディーネに、ジルフィウスは呆れ返ったように息を吐いた。


「年をとると短気になるのか? 前まであの道を通っても何も言わなかったろ?」

「いい加減我慢の限界じゃ! 静かな海を悠々と泳ぐのが妾の日課だというのに、貴様と来たら風を起こして海面を荒しおって!!」

「にしたって、言ってくれりゃいつでも進路を変えたのに」

「そ、それは……!!」

 フィオディーネは口をつぐむ。それを見たジルフィウスはやれやれと首を振ると、アリウス達に笑いかけた。

「というわけで、俺達がこんな馬鹿な事したせいで迷惑かけちまった。だから詫びをさせてくれ」

「詫び?」

「ジルフィウス、何をーー」

「まぁあれだ。詫びって言っても、何か美味いもんでも御馳走するよ。俺は山、フィオは海の幸だ」

「詫びって、別にそんな……っ!?」

 アリウスが横を向くと、そこには目を輝かせるフォンとイデアの姿が。おまけにフォンの口からは涎が垂れている始末。


「山、海……」

「ワンフゥ……」

「お前ら、それで良いのか……?」

 欲望に忠実すぎる二人を見てげんなりする。その様子を見たジルフィウスは決まりだと言わんばかりに合掌した。

「よし、期待しててくれよ。フィオも頼んだぞ!」

「待て馬鹿者!! 妾はそんなことしたくなーー」

 しかし返答を待たず、ジルフィウスは旋風に身を包んで姿を消してしまった。

 呆気にとられていたフィオディーネだったが、すぐに刺されるような視線に晒されていることに気づく。

「妾はやらんぞ! そんな面倒ごとをこんな下級生物に!」

「ワフ……?」

「うぐ!?」

 悲しげな声を出し、尻尾が垂れ下がるフォンの姿に、フィオディーネは戸惑う。

 それに追い打ちをかけるように、コノハが囁き始める。

「美味しいもの……食べたいな……って言ってます」

「そ、そのぐらい妾も分かっておる! しかし……」

「ワフワフ、ワン!」

「お姉さん、大人っぽくて綺麗、だそうです」

「う、うぅ、だ、だがなぁ」

 苦悶しながら小さく声を漏らすフィオディーネ。

 するとフォンはフィオディーネに近づき、しゃがんでみせる。そして、

「ワンワン」

「っっ!? き、貴様……!」

 フィオディーネは衝撃を受けた。しばらく動けないままでいたが、やがてニヤニヤした表情に変わった。

「し、しょうがあるまい!! 別にこんなこと妾にとっては造作もない! 貴様に免じて今回は特別じゃぞ!」

 そう言うとフィオディーネは、そのまま海の中に飛び込んだ。遥か遠くに、巨大な尾ビレが見える。


「なぁコノハ、フォンはなんて言ったんだ?」

「ん〜と……女の子が言われて嬉しい事、ですかね?」

「女の子……スタイルか?」

 その瞬間、コノハの目が極限にまで細められる。

「……サイテーです」

「は? いや、だって……」

「ふん。どうせアリウスだって大きい方が好きですもんね」

 ジト目で睨んだ後、コノハはズンズンと行ってしまった。


 何のことか分からず困惑するアリウスに、イデアがそっと囁いた。

「流石に、無神経ですよ」

「? ……?」




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 それから数時間後。


 二体のドラゴンはお詫びと称し、様々な食材を獲ってきた。


 ジルフィウスは多くの山菜やキノコを、フィオディーネは変わった魚や甲殻類を。


「ジル、これとこれは何だ?」

「そのキノコは積層茸だ。暈が積み重なってるんだが、層が厚いほど歯応えがあって美味い。そっちはジヒューダス。ガーリックの仲間で、これが辛くて美味いんだよ」

「どれも初めて聞くな」

 その知恵の深さは流石ドラゴンといったところだろうか。アリウスは山菜を手に取りながら感心していた。


 一方、フィオディーネが持ってきた魚達は奇怪なものばかりだった。

「ヒィィッ!? な、何ですかこれぇっ!?」

 大きく裂けた口、平べったくヌルヌルの緑色をした体、背中を覆う髪の毛のような海藻。それら全てがコノハに嫌悪感を抱かせる見た目だ。

「知らぬのか? リーフアングラー、こいつの鍋は妾の好物じゃ」

「だ、だって、これ……ひゃあっ、ビクってしましたビクって!!」

「クゥゥン……」

「こ、これは……うっ」

 グロテスクすぎる見た目に、フォンとイデアも情けない声を出す。

「フフフ、妾の好物はこれだけじゃないぞ。こいつは……あら?」

 意気揚々と掴もうとした場所には影も形もない。フィオディーネは辺りをキョロキョロ見回す。


「ピィガァァ!!」

「キシャァァ!!」

 少し離れた場所。

 そこでは翼を広げて威嚇するシャディと、ハサミを振り上げて威嚇する巨大蟹の姿があった。

「シャ、シャディダメですよ! 食べられちゃいますよ!!」

「ワフゥゥゥゥ!!」

「あぁ、これこれ。遊ぶでない小童」

 シャディはフィオディーネに抱き抱えられる。

 一方蟹は、アリウスによって回収された。その大きさは圧巻で、人間の顔より二回りほど大きい。


「何だこの生き物?」

「何じゃ、蟹を知らんのか? この美味さを知らずして死ぬのは勿体無いぞ」

「蟹? 何か見た目がクモみたいだが、食えるのか」

「中でもこいつは格別じゃ。貴様らの言語だと……エレドクラブじゃったかな?」

「エレドクラブ?」

 アリウスはその名を聞いた時、とあるワイバーンを思い出す。

「ギノ・エレドノスに似てる名前だな?」

 そこにすかさず、コノハが二人の間に割って入る。

「身体の形がギノ・エレドノスのヒレに似てるからですよ」

「なるほど」

「全く、人間は似てるからと漠然とした理由で勝手に名をつける! 名は神聖なものじゃ。きちんと意味を持たせて付けなければならぬ」

 と口を尖らせながら、フィオディーネはアリウスからエレドクラブをひったくる。そして、もがくエレドクラブの口に手を添える。


 一瞬何かが碧く輝いたのと同時に、エレドクラブの動きがピタリと止まった。


「……〆たのか」

「急所が身体の奥にあるんじゃ。そこだけ的確についてな。生命を貰うんじゃ、最低限の礼節じゃよ。さてと、ほれ、早く食事にするぞ」

「え、あ、はい」

 フィオディーネは微笑むと、エレドクラブを抱えたままコノハの背を押す。言われるがまま、コノハは調理場へと押し込まれる。


「行っちまったか。……っていうか」

 アリウスは、一緒に食材を運ぶイデアとフォンに目を向ける。

「またいつの間にか打ち解けてるな」

「フォンちゃん、良い子ですから。ね?」

「……」

 だが、フォンの様子がおかしい。アリウスを見つめる視線に違和感を感じた。


 いつもの馬鹿にするようなものではなく、何処か怯えているようなもの。


「……フォン?」

「っ!! ワン!」

 アリウスが声をかけると、逃げるように調理場へ駆け込んで行った。

 襲われこそしなかったが、出会ったあの時のように。


「フォンちゃん! 待って!」

 慌てて後を追っていくイデアを、アリウスはただ見送る事しか出来なかった。


 急にまた、関係が元に戻ってしまったみたいだ。アリウスの心には、そんな思いが漂っていた。


「まるで、恋に、落ちた乙女のような顔だな」

「うおっ!?」

 いつの間にか背後に忍び寄っていたジルフィウスが耳打ちする。飛び退いたアリウスは胸を手で押さえる。

「心臓がドキドキするか?」

「やめろ」

 そう言った後、またしてもアリウスは沈黙してしまった。

 ジルフィウスは見兼ねたように、彼の背中を叩いた。


「ビースディアの娘が何であんな態度を取ったのか、教えてやる」

「何?」



「一言で言うなら、お前の剣に怯えている」

「俺の剣に……!?」



 アリウスは背中から剣を下ろし、すぐに手に取る。

 意識を集中してみるが、今は何も感じない。

「獣の感ってやつだろう。直感でその剣の危険性に気づいている。……というか、この際だから俺からも言わせて貰う」


 ジルフィウスはアリウスの前に立つと、剣の鞘を強く握り締めた。

 再びジルフィウスを襲い来る叫び。それはアリウスの頭にも響き渡り、苦しみから歯を食いしばる。



「これを今すぐ手放せ。じゃないといずれ……死ぬより辛い結末が訪れる」

 ジルフィウスの瞳孔が縦に裂ける。アリウスの内で渦巻く禍々しい光を捉えていた。



続く

死の宣告、再び。


というわけで38ページ目でした。次回はもうちょっと話を掘り下げたいなと思います。あと、飯テロ回も添えて。


それでは皆さん、ありがとうございました!

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