37ページ目 人智を超えし者
アリウスの真剣な眼差しが青年を見据える。しかし青年は笑顔を絶やさない。
「面倒ごとを持ち込まれたらこっちだって困る。他を当たってくれ」
「酷い言い様だなぁ。でもこれは、俺だけの問題じゃない」
「……何が言いたい?」
青年は指を鳴らす。すると風がピタリと止み、無音となる。
「海岸にあった船、ちょっとマズイかもしれないんだ。俺のせいでまたとばっちり食らってもならないし。だから頼む」
「船って、ヴィンレイ達に何かあるのか!?それにお前のせいって一体……!?」
次の瞬間、海の方から波の音と木が折れる音が鳴り響いた。それに少し遅れ、慌てる声が聞こえてくる。
「チッ、追いつくの早いな」
「まさか……」
「来ちまったよ。ドラゴン」
そう言うと青年は走りだして行った。
「待て、お前は……くそ、足が速いな!」
アリウスは玄関に立ててあった剣を背中に下げ、急ぎ青年の後を追った。
「あ、アリウス? ってあれ!?」
コノハが心配になり玄関を覗くと、開けっ放しのドアが風に揺れていた。
「ヴィンレイ!!」
「あ、アリウス!! 多分あいつだ! 俺たちの船を襲った奴は!!」
崖を降りた先の海は、いつもの穏やかさが嘘の様に荒れ狂っている。
船は砂浜に押し出され、底がボロボロに破壊されている。
そして目の前にいたのは、人知を超えた存在であった。
透き通る様な三対の青色の胸ビレ、艶美な輝きを放つ鱗。背ビレは刃物のように鋭利だ。
鮫のように尖った頭に、鋭い牙が生えそろった顎。
何よりその大きさは、ヴィンレイ達の船より遥かに巨大だった。
「やっぱり、ドラゴン……!!」
「ド、ドラゴンだとぉ!? や、やべぇ……そんな奴に目つけられちまったのか……!」
アリウス達がその姿を見上げていると、ガーネットのように紅い瞳が輝いた。
〈奴はどこだ……〉
女性のような声が脳内を支配する。まるで直接語りかけているように。
「奴……?」
〈早く出てこないか!! さもなくばこの一帯を海に沈めてくれる!!〉
「何だと!?」
相当頭に血が上っていることは確かだ。しかし竜の庭を沈めるなどという無茶苦茶なことをしでかすつもりなのか。
「俺ならここだ」
と、崖の上にあの青年の姿があった。謎のドラゴンはそれを見た瞬間、牙を剥き、咆哮を上げた。途端に海に水柱が立ち上がる。
〈見つけたぞジルフィウス!! 海の藻屑にしてくれる!!〉
「その前に、姿を変えたらどうだ。このままじゃあ綺麗な自然が壊れちまう」
〈黙れ!! 妾の怒りは話し合いで解決するものではない!!〉
「はぁ、これだから頭の固い婆さんは……」
青年は呆れ果てたように首を振る。
すると突如、青年は崖から飛び降りた。アリウスとヴィンレイが反応するより早く、その体は旋風に包まれ、静かに着地する。
不可思議な現象の連続に、二人は言葉を失っていた。
「そこにいるヒューマンやビースディアでさえ話し合いが出来るってのに……」
〈妾が下級種族より劣る訳が無かろう!!〉
「いやいや、話が出来ないなら下級種族以下だ。聡明なドラゴンでいらっしゃるフィオディーネ様が、まさか話も通じない猿以下だったなんてな」
〈グゥゥ……!!〉
余りに体格差のある口論に、アリウスはどこか見覚えがあったが、今は油断ならないことを思い出す。剣の柄に手をかけ、行く末を見守る。
やがて、ドラゴンの身体が渦巻く水柱に包まれた。それに合わせ、荒れていた海が鎮まっていく。
水柱は徐々に小さくなっていき、遂にアリウス達と同じ大きさになった後、弾け飛んだ。
中から現れたのは、美しい女性だった。
腰まである長い青髪、紅い瞳に透き通る様な肌。袖口と裾が長い青色の衣服に身を包んでいる。
「これで不満はないな? ジルフィウス」
「まぁな。っと、話の前に……」
青年はアリウスとヴィンレイに向き直る。そして、
「俺たちのしょうもない喧嘩に巻きこんで、本当にスマン!」
両手を合わせ、深くお辞儀した。
『……は?』
思わず同調してしまう二人。
「ジルフィウス、此奴ら下級種族に頭を下げるなど正気か?」
「うるせえな婆さん。俺はそもそも、ヒューマンだろうと何だろうと自分より上とも下とも思ってない。こっちが悪いなら、こっちが謝るべきだろ」
「ば、婆さんだと!? 妾を愚弄する気か!」
「あ、あ〜、取り込み中悪いが……」
ヴィンレイは言い争う二人の会話に割って入ると、二人を見比べながら尋ねた。
「そこの姉ちゃんは見たから分かるが……兄ちゃんも、まさか……?」
「あぁ、ドラゴンだ」
それを聞いた瞬間、ヴィンレイは顔を真っ青にして卒倒してしまった。アリウスは頬を叩いてみるが、起きる気配はない。そのままヴィンレイは慌てた船員によって運ばれていった。
「本当にドラゴンだったとはな……」
「その割にお前は驚かないな、え〜っと……」
「アリウスだ。それと、俺はファンガルってドラゴンに会ったことがあるからな」
「お〜、ファンガルの爺さんの知り合いか。俺はジルフィウス。ジルって呼んでくれ。こっちは……」
「下級種族に名乗る名などない」
胸の前で腕を組み、見下す様な物言い。
アリウスは思わず顔をしかめるが、ジルフィウスは笑いながらその肩を叩く。
「気難しいやつなんだよ。あ、ちなみに名前はフィオディーネ、フィオとか呼べばいいよ」
「あぁ……」
浮かない表情をするアリウス。
果たしてあんなに尊大なドラゴンとも分かり合えるのだろうかと不安になっていた。コノハの夢は想像以上に困難を強いられそうだ。
ジルフィウスはそんなアリウスの様子を楽しそうに見つめていたが、やがてアリウスの持つ剣に視線が向く。
「にしても、変わった剣を持ってんな、ちょっと触らせてくれ」
「っ!?」
伸ばされた手が掴まれる。
ジルフィウスに向けられていた眼光は、ドラゴンにも引けを取らないほど鋭かった。
感がなくても分かる。この剣に触れられることをどれだけ嫌っているか。
だがジルフィウスはそんな威圧に怯むような肝ではなかった。
凄まじい力でアリウスの手を払うと、鮮やかな手並みで背中の剣をひったくった。
「ジルッ!!」
「まあまあ。さぁて、と」
アリウスが止めるより速く、ジルは剣を抜いた。
一瞬の静寂。
それが過ぎた瞬間、ジルフィウスの脳内に悲痛な叫びが響き渡る。
ーー ハナセ!! ーー
ーー チカヅクナァ!! ーー
ーー タスケテ!! ーー
「なるほどね」
ジルフィウスはしばらくそれを聞くと、剣を鞘に納め、アリウスへ投げ返した。
「ちょっと気になってね。気を悪くしたなら謝る」
「俺より、お前は大丈夫なのか……?」
「平気だよ」
ヘラヘラ笑っている様子を見るに、本当に大したことはないようだ。
アリウスが一息吐くと、今度は背後から肩を掴まれた。
「イッテテ、今度は何だよ?」
「何なんだ貴様は?」
「俺はアリウスだよ。で、何なんだって、一体どういう事だよフィオ?」
「妾の名を気安く呼ぶな! 貴様、何故妾の眷属と似た匂いがする?」
「眷属?」
そう言うとフィオディーネは、アリウスの首に鼻を押し付け始めた。
「な、何してんだ……?」
「眷属とは……詰まる所……貴様らがドラグニティと呼んでいる種族だ……何故雄だというのに甘い香りが……?」
「それは石鹸の匂いだよ。……俺が、ドラグニティと同じ?」
コノハと同棲しているからだろうか? しかし直接触れ合うようなことはしていない筈。ならば何故?
アリウスの頭の中でそれらの疑問が渦を巻き始める。
やはりあの剣が関係しているのだろうか。
「どちらにしても……もう離れてくれないか? 落ち着かないんだが」
「何が落ち着かないのだ? 匂いはその生き物の情報の大半を含んでいる。手っ取り早く貴様を知るにはうってつけだろう」
「その姿だと誤解を生みそーー」
「誤解ですかぁ……」
寒気がするような声と共に、背中がガシリと掴まれ、引っ張られる。
振り向く勇気はなかったが、コノハだとすぐに分かった。続いてくる二つの足音はフォンとイデアのものだろう。
「またアリウスは……!」
「いや違……痛い、右腕痛い」
「我が眷属か……。ビースディアの幼子に、ヒューマンの娘まで……何故ヒューマンと……?」
「眷属……もしかして、貴女はドラゴンですか?」
「如何にも。妾はユーラン・イルミラージュの海を統べる竜、フィオディーネ」
不可思議な間が流れる。
誇らしく自らの名を名乗ったフィオディーネの顔はほくそ笑んでいた。この場にいる全員が困惑しているのには気づいていないらしい。
「じゃあそこにいるのは……」
「俺はジルフィウス。ドラゴンだ、よろしく」
こちらは余りにサッパリした挨拶。緩急がついた二匹の自己紹介に、フォンとイデアはげんなりした表情を見せる。
「……本当に、この二人が、あのドラゴン何ですか?」
「ワフゥ……?」
「ふ、二人の疑問はごもっともですが……なら二人に聞きたいことがあるんです」
コノハは軽く咳払いすると、ボロボロになった船を指差して尋ねる。
「ヴィンレイさんの船を、どちらが破壊したんですか?」
「……よかろう」
フィオディーネは目を伏せると、海の方を向き、ポツポツと話し始めた。
「あれはそう、妾が日課の散歩をーー」
「俺が間違ってフィオの散歩ルートを勝手に通っちまって、激昂したフィオが近くにいたこの船巻き込んで渦潮を起こしたんだよ。んで、俺が何とか船を逃したんだ」
『……………』
ジルフィウスが簡潔にまとめた理由は、想像以上にくだらないものだった。
続く
この二竜、ポンコツ!
というわけで37ページ目でした。未だに怖いドラゴンがいない件。この竜たちよりワイバーンの方が凶悪に見えるんですが……。
それでは皆さん、ありがとうございました!




