36ページ目 自然の摂理
竜の庭から遠く離れた、とある山林。
切り立った崖に、一人の男が座り込んでいた。革のコートに、首から生き物の牙や骨の装飾品。腕に彫られたタトゥーは、ドラゴンを剣で刺し貫いた悪趣味なもの。腰にはサーベルを下げている。
男は歯をガチガチ鳴らし、震えていた。寒さのせいではない。
いつも通りこの誰もいない山奥で、仲間と共に竜の巣を荒らしていた。卵を持ち出し、抜け落ちた牙を拾い、鱗や甲殻を集める。
だが今日は産まれたてのドラゴンの雛が見つかったのだ。闇市で売れば、成体の牙や骨とは比べ物にならない額になる。生きている個体など尚更だ。更に運良く親も巣にいなかった。
仲間と示し合わせ、泣き叫ぶ雛を袋に入れる作業に入ろうとしたその時だった。
笛のように澄んだ音が聞こえたかと思うと、鈍い音と仲間の呻き声が追従する。
振り返るとそこには、仲間の胴体を串刺しにしている、銀の鎧騎士の姿があった。
「な、何だお前……ゲガハァッ!!」
騎士は返答の代わりに、もう一人の仲間の頭に拳を叩きこむ。顔の骨格が歪み、そのまま物言わぬ亡骸と化す。
「お、おい逃げるぞ! こいつはやば、あぁぁぁぁっ!?」
逃げ出そうとした仲間は何者かにその体を掴まれ、天に連れ去られていった。月明かりに照らされた、美しい蒼色を遺して。
「うわぁぁぁぁっ!? た、助けて、助けてぇぇ!!」
こうして命からがら、逃げ果せてきた。
何故こんな目に合わなければならない。自分は竜殺しを生業とした、泣く子も黙るドラゴンスレイヤーだというのに。
男が身勝手な怒りに拳を握りしめていると、背後から金属が擦れ合う音が迫ってきた。
「……ここにいたか」
「ヒィッ!?」
男はもんどり打って転がり、危うく崖から落ちそうになる。
竜騎士の姿が月に照らし出される。無機質な竜頭の兜がこちらを睨み、槍からは生々しく鮮血が滴り落ちていた。
「わ、悪かった! もう二度としない! だから命だけは……!」
「……」
無様に地面に頭を擦り付けて懇願する男。竜騎士は無言でそれを見ていた。
無論、男は反省する気など全く無い。この場を逃げ出し、もう一度あの巣から全てを盗み出すことで頭が一杯だった。
「……殺す価値なし」
「なら……!!」
「彼等の糧となり、土に還れ」
竜騎士が呟いた直後、黒い影が月を隠す。
男が見上げると、空を覆い尽くさんばかりのハーピィ・ワイバーンの群れ。
それらは一斉に、男の元へ殺到した。
「ギャァァァァァッ!! た、助けけケケケ……!!」
竜騎士は男が生きながらに喰われ、骨の残骸になる一部始終を見届けると、崖を去っていった。
「……遅かったか」
何者も残らない崖で、マグラスは一つの亡骸を見つけた。骨まで喰われているが、幸か不幸かその一部だけは残っていた。
冥府の旅路の安全を願い、マグラスは亡骸に火炎を吹きかけた。
「ウィス、巣の方は?」
「卵と赤ちゃんは無事だったよ。……亡骸は埋葬しておいた」
「そうか……。親はいなかったのか?」
「あのワイバーンは基本、夜は巣にいる筈だから……多分」
「……仕方がないか」
おそらくあの雛達は長い間生きられない。衰弱するか、他の生き物に捕食されるか。
だが決してそれを助けてはならない。自然が導いた結果ならば、手を出してはいけない。それが竜奏士の戒めだ。
「コノハやアリウス君は助けちゃうのかな?」
「だろうな。コノハは優しすぎるし、あいつは甘すぎる。時には奴等のような非情さも必要だ」
「でも、このままじゃ彼はいずれ……」
肩を震わせるウィスに、マグラスは頭を寄せる。
「同感だ。このままだといずれ人間以外にも牙を剥くかもしれない。竜が生きやすくなるために自然の調和が乱れるなど、絶対あってはならない」
ウィスは静かに頷き、夫の頭に体を預けた。
何処からか聴こえる、風の音が夜空を駆けた。
「昨晩はありがとうございました」
「いえいえ」
朝日が昇る頃、コノハはイデアと共に朝食の準備に取り掛かっていた。
「あまり手伝えなくてすみません。料理というものをしなかった身で……」
「人手があるだけで全然進みが違いますよ。あっ、鍋の面倒お願いします」
「はい」
「ピィィ……」
すると、調理場に小さな欠伸が入ってくる。シャディは大きく口を開け、フラフラと匂いに誘導されている。
「ダメですよシャディ。まだ寝ててください」
「ピィィキュ」
だが夢うつつなのか、コノハの言うことを無視して、イデアの方へと近寄ってくる。
「あちゃあ。イデアさん、シャディをお願い出来ますか?」
「え、あ、えぇっ!?」
イデアが戸惑う間に、シャディとの距離は近くなっていく。手を伸ばせば届く距離。
もちろんイデアは仔竜に触ったことなどない。唾を飲み込み、おそるおそる鼻先に触れてみる。
ヒンヤリとした、ツルツルの感触。
「気持ち良い……」
「ふ、フガ、ピブフ!!」
「うわぁっ!? ご、ごめんなさい!」
鼻先をくすぐられ、クシャミをしたシャディは、何故かその場で丸くなる。
怒らせてしまったのだろうか。イデアの中で不安が募っていく。
「えっと……」
「……グガァ」
「へ?」
直後、寝息のような音が漏れてきた。
余りにマイペースなシャディの行動に、イデアは慌てふためいていた。
「え? あ、あっ、えっ!?」
「あ、あははは……」
「あぁ〜……おはよう」
「ワアァァウフ……」
さらにアリウスとフォンが起き、そのまま調理場に侵入する。
今日の朝食は、いつも以上に賑やかだった。
「レーヴィン達の船を襲ったのはドラゴン……か」
「早く報告した方がいいと私は思うのですが……どう思いますか?」
アリウス、コノハ、イデアの3人はテーブルに付き、向かい合っていた。
アリウスはイデアの質問に無言で俯くと、コーヒーを一口飲んだ。
「イデア、ドラゴンを種類別に分けてみろ」
「え……? ドラゴンは確か……ワイバーンと海竜と……」
「はい、じゃあ教えてあげよう」
頭を抱えるイデアを見かね、アリウスは説明を始める。
「俺達が言うドラゴンは、大体ワイバーンの事を指すことが多い。ワイバーンと同じ分類には海竜や陸竜がいる。まぁ、こいつらは自然に生きる生き物なんだが、コノハが言うドラゴンは、こいつらとは一線を画す奴らのことだ」
「一線を画す……?」
「あらゆる言葉を解し、強大な魔力を蓄え、時に豊穣や天災を起こす。自然に生きるんじゃなくて、自然の支配者に近い……って言えばいいのかな?」
「は、はぁ……」
イデアだけでなく、話したアリウスも頭を痛そうに押さえている。それだけドラゴンという存在が人智を超えたものなのだ。
「そんな凄い存在を、レオズィール王国は狩ろうと?」
「ドラゴンズ・シンの時、大体の奴等はワイバーンの事だと考えていただろうな。俺もまさか、あんな場所に放り出されるなんて思わなかった」
「もしも私の考えがあっていれば、また沢山の犠牲が出るかもしれません。竜の怒りは文字通り天災です。ヒューマンだろうと、ドラグニティだろうと、等しく降りかかります」
「……成る程、分かりました。それならこの件はまずカリス隊長に相談することにします」
「そうしてくれ」
イデアは頷き、席を立った。
「鳩を借りますね。このことをカリス隊長に一旦報告してきます」
「はい……ん?」
ふと、窓がカタカタと鳴り始める。外を見ると、雪を被った木が大きく揺れ、地面の雪が逆巻いている。
「風が強いな。イデア、鳩を飛ばすのは後にした方が良いぞ」
「そうですね……コノハさん?」
コノハの様子がおかしい事に2人は気づく。まるで風に耳を傾けているように動かない。
「……ワフゥ」
「フォンもか? 一体何が……」
すると、ドアがコンコンと叩かれる。風は次第に強くなっていき、窓やドアが震え始めている。
「はーい、どちらさ……」
ドアノブに手をかけた瞬間、電流が流れる感覚が全身を駆け巡った。
アリウスの何かが異様な気配を警告している。
ドアノブを開いた先にいたのは、絹糸のように白い髪をした青年だった。旅人の服に身を包み、柔和な笑顔を浮かべている。
「あんた、誰だ?」
「しがない旅人だよ。面倒ごとに追われててね、匿ってくれないかい?」
「山賊にか? それとも騎士団?」
「そんな小さなもんじゃないさ」
「じゃあ何に……」
「ドラゴンだよ」
「何だと……!?」
青年はクスリと笑ってみせた。
続く
惨殺シーンから始まるほのぼのファンタジーがあるらしい。
というわけで36ページ目でした。謎の青年の正体はいかに……!!
……いや、隠す気ないだろ。
それでは皆さん、ありがとうございました!




