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35ページ目 熱々な食卓

 

 コトコト、コトコト。

 ギュルル


 先程から調理場ではこの二つの音がハーモニーを奏でている。

 一方は大きな鍋、もう一方はフォンとシャディの腹の虫の声。


『……』

「あ、あの、2人とも? そんなに見ててもまだ出来ませんよ?」

 鍋を必死の形相で睨む2人に、コノハは困惑した笑いを浮かべる。それでも2人は鍋から離れようとしない。

「そこにいると邪魔になるからこっちな」

「グゥゥゥ」

 するとアリウスが背後からシャディを抱き上げた。変な声を上げるシャディを肩に担ぐと、フォンに向けて手招きする。

 だがフォンはアリウスをジトリと睨み、それに応じようとはしない。

「何だよ、また何か勘に触ることしたか?」

「……」


 するとフォンは、シャディを指差した。

「な、何だ? シャディがどうかしたのか?」

「……ガウガウッ!!」

「うわっ!?」

 突然吠え出したかと思うと、アリウスに向かって飛び掛った。そのまま肩からシャディを強奪する。

「ワフゥ! ワフゥン!」

 一転、機嫌良さそうに唸ると、シャディの事をギュッと抱き締めた。しかしその怪力からか、「キュッ」と高い声が漏れ出た。

「……本当、お前らに何があったんだ?」

「ピ、ピキュ、ピキュ……」

 シャディは必死にアリウスへ助けを求めるが、フォンはアリウスに舌を出すと、そのままリビングへ引っ込んでしまった。


「フフ、先を越されましたね」

「先を越されたって、競争じゃないんだから」

「さて、そんな不幸なアリウスに良いお知らせです」

 コノハは鍋に木のスプーンを入れると、トロリとした黄色のシチューを掬い上げた。


 その時、アリウスはあの日の夜の出来事を思い出す。


「ちょ、ちょっと待て! 左手、左手で食うから」

「何を期待してるんですか?」

「……え?」

 コノハは木のスプーンをアリウスに手渡した。意地の悪いニヤケ顔を浮かべながら。

「はい、自分で食べて下さい。じゃあ、私は今から他の料理を作りますから」

 そう言うと背を向けてしまった。


 アリウスは複雑な表情をしながら、スプーンを口に含む。とろける様な甘みが口の中に広がっていく。


 だが何か収まらない。

 何故だろう、このしてやられた感。

 それがどうにも面白くない。


「……コノハ」

「何ですか……ムグッ!?」

 振り向いたコノハの口に、シチューがついたスプーンを突っ込んだ。もちろん冷ましてなどいない、熱々なシチューだ。

「ムグッファ、ハフ、ハフゥ!」

「一丁前に俺をおちょくるからだよ」

 満足した様にアリウスは調理場を出ていった。

「ハフ、ハフ……もう、意地悪……っ!?」

 と、コノハはスプーンを口から引っこ抜いた時に気づく。

 この木のスプーンは、先ほどアリウスが使っていたものだった。




「……はい、ごはん出来ました」

 むくれ顔で告げたコノハは、次々と料理を食卓に並べていく。

 ミルクポテトのサラダ、アイシクルディアのベリーソースソテー、そしてドラゴンパンプキンのシチューだ。

「お、シチューの器はドラゴンパンプキンの胴体をくり抜いたやつか」

「ワッフワッフ!」

 工夫を凝らした器にフォンは大はしゃぎする。しかし、アリウスにはそれ以外に、否それ以上に気になることがあった。

「コノハ、何で俺のソテーは一枚で、フォンのは三枚あるんだ? 普通二枚ずつじゃ……」

「フォンは育ち盛りですから」

「それじゃ俺が一枚の理由はーー」

「知らないです」

 コノハはそっぽを向き、頬を膨らませている。

「まさかあの事で怒ってんのか!? 先に仕掛けたのはおまーー」

「いただきます」

「イタタ、マス」

 弁明するアリウスを無視し、2人は料理を食べ始める。こうなってしまっては何を言っても聞き入れてくれないため、諦めてアリウスも食事を始める。


「ワフゥ……」

 一枚肉を一口で頬張ったフォンは、幸せそうに顔をとろけさせる。

「ちゃんと味わえてんのか……?」

 横目に心配するアリウスにも構わず、二枚目を頬張り始めた。口の端にベリーソースが付いているが、気に留める素振りすら見せない。

 本人が気にしないならと、アリウスは自分の食事に専念する。


「ドラゴンパンプキンってこんな味なんだな。味見した時より甘くなってる気がする」

「……ヒャン!?」

 シチューを食べていたフォンが突然跳ね上がった。何事かと見ると、舌を出してヒィヒィ息をついている。

「だ、大丈夫ですかっ!?」

 コノハは食事の手を止め、フォンの元へ駆け寄る。真っ赤になった舌を出しながら、フォンは甘えた声を出す。

「がっつくから舌火傷するんだよ。落ち着いて食べろ」

「大丈夫ですよフォン、アリウスもこの前舌噛んでましたから。今度から気をつけて下さい」

「それは関係ないだろ!」

 フォンはコクコクと頷き、今度はゆっくりと食べ始めた。


「コノハの言う事は素直に聞くのな」

 アリウスが毒づくと、フォンは横目で睨みつける。更にあっかんべーのおまけ付き。


 アリウスにとって食事の時間が、気苦労の絶えないものへと変わった。




 日が沈み、外が闇に染まった時間、ドアを叩く音がした。

 こんな時間に誰なのだろうかと、コノハはドアを開け、来訪者を確認する。

「夜分遅くに申し訳ございません、コノハさん」

「あれ、イデアさん。どうしたんですか……あ、その前に中にどうぞ」

 寒空の下で耳を真っ赤にしたイデアを中へ迎え入れる。

「ありがとうございます。ではお言葉に……ヘックシ!」

 相変わらず恭しく一礼するが、体は寒さに耐え切れていないようだった。コノハは掛けてあった自分のマフラーをイデアの首に巻く。


「どうぞ上がって下さい。残り物ですけど、今シチュー温め直してきますね」

「は、はい、申し訳ございません」

 イデアはコノハの後ろに付き、リビングの中へと入る。そこにいたのは、


「グゥ、グゥ……」

「ピキュゥ、ピキュゥ……」

 ソファで眠りこけているアリウスと、その側で同じく眠りこけているシャディだった。奇妙なことに、寝息まで揃っている始末。

「本当、この人は……」

「結構疲れてたみたいで……それで、どうしたんですかこんな夜に?」

「あ、それなんですが……少し話を聞きたい人物がいまして。ここにフォンさんという方はいますか?」

「フォンなら……あれ?」

 コノハはリビングを見渡すが、フォンの姿はどこにも見当たらない。

 先ほどまで本を読んでいたはずなのだが、その本は床に投げ出されていた。


「フォン? 何処ですか?」

「……クゥン」

 微かに声が聞こえた方向を見ると、調理場のドアの隙間からこちらを見つめているフォンの姿があった。耳は垂れ、その目は怖がっているかのように震えていた。

「私のこと、怖いんでしょうか」

「フォン、イデアさんは優しいから、こっちにおいで」

「……ワフン!」

 コノハの声すら振り切り、フォンは調理場の奥へ行ってしまう。

 そのまま、顔を覗かせる事すらなかった。


「すみません。フォン、ちょっと人見知りみたいで……」

「誰だって知らない人は怖いですよ。……それじゃあ、コノハさんにもお尋ねしたいのですが」

 そう言うとイデアは、ヴィンレイから聞いたあの言葉について尋ねた。


「グルグルを着た鳥に、じゃぶじゃぶを着た魚……船が遭難した時に、フォンさんが見たものらしいです。何の生き物か、分かりますか?」

「グルグル、じゃぶじゃぶ? …………っ!?」


 コノハは考え込むように首を傾げる。しばらく無言になっていたが、やがて静かに口を開いた。

「イデアさん、その生き物の正体が分かったら、騎士団に報告するんですか?」

「そうなりますね。あまつさえ船が襲われていますし、討伐令が出てもおかしくありません」

 その言葉を聞き、コノハの表情は徐々に曇り始めた。どうやら、謎の生物の正体に見当がついているようだ。

「心当たりがあるんですね。一体その生き物は何なんですか?」


「イデアさん、この件について騎士団に報告するのは待ってもらえませんか?」


「え、え!?」

 想定外の返答に、イデアは思わず取り乱してしまった。

「どういうことですか!?」

「私の推測が正しければ、かなり危険だからです」

「危険……!? レオズィールの騎士団でも危険な相手って……」

「……」

 コノハは深呼吸し、その生き物の名を告げた。



「おそらくフォンが見たのは…………ドラゴンです」


 続く

シチュー食べたい(直球)


というわけで35ページ目でした。しばらく続いた日常回でしたが、次回から物語を進展させたいです。グルグル鳥とじゃぶじゃぶ魚の詳しい正体も……?


それでは皆さん、ありがとうございました!

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