31ページ目 厚い壁
「確かに! 私が寝坊しちゃったのは認めます。それは認めますよ!」
「……」
「でも、だからって怪我人が勝手にウロウロしたらダメですよ!! 大人しく今日は寝ていてください!」
憤りながらパンケーキを頬張るコノハの説教は、既に一時間を過ぎようとしていた。作り始めたあたりから始まり、今に至る。
「寝ずに世話してくれたってジークから聞いててな。無理に起こしたくなくて、んでついでに何かやれないかなと思って。改めて、ありがとな」
「それは……まぁ……」
コノハはまたしても頬を紅潮させ、俯く。
説教していたはずなのに、いつの間にか礼を言われてしまった。こちらが真剣に怒らねばならないのに、何故か照れてしまう。
「お、お礼を言うくらいなら、寝てください」
「あぁ、その前に一つ」
「はい?」
「ちょっと隣に困ってる奴がいてな」
「というわけで、増援を呼んできたぞ」
「フンゴ!」
農場の前に位置するあの海岸に、アリウスはゴーレム軍団を引き連れてやって来た。20体近いゴーレムの大群に、ヴィンレイは呆然としていた。
「まさか、これ全部……」
「おう、ここにいる女の子のだ」
そう言うとアリウスはコノハの頭に左手を乗っける。しかしコノハの表情に黒い何かが過ぎったため、すぐにその手を引っ込めた。
「でも災難でしたね。船がこんなになったら修理も何日かかるのか……」
「とりあえず応急処置だけやって、ラットライエルで修理するしかねえや。つーわけで頼むぜ、ゴーレムさんよ」
『フゴッフ!!』
ゴーレム達は意気揚々と返事をすると、早速船の中へ駆け込んで行った。
「凄えな嬢ちゃん、あの数のゴーレム作るなんて。こんな数作れる奴は初めて見たぜ」
「そこは、まぁ……」
そう言うとコノハは目を閉じる。そして今一度開かれた眼は、竜のそれと同じものになっていた。ヴィンレイは少々驚いた顔をしたが、すぐに口元が緩んだ。
「なるほどな。……だが珍しいこともあるな。ヒューマンとドラグニティが、ねぇ」
「あんた色んな場所を回ってるんだろ? なら見たことくらい……」
「いや、見たことねぇよ。少なくともドラグニティが他の種族と共存してる場所なんてな」
アリウスの言葉を、ヴィンレイは半ば食い気味に否定した。だが長い間様々な場所を渡って来た彼が言うと、アリウスは安易に反論出来ない。
何より、ここにいるドラグニティ本人が否定しないのだから。
「排他的……とは少し違いますけど、ドラグニティは自分達の文化が一番大切だと考えているんです。だから他の文化を受け入れられない。他の種族の考えが理解出来ないんです」
「だけどお前はーー」
「私が変わり者なんです。だからよく怒られてました。余所者の考えなんて知らなくていい、私が生きる世界はここだから、って」
はにかんだその顔を見た瞬間、アリウスは言葉が出なくなってしまった。
ウィスやマグラスがそんなことを言うとは考えていない。
だがドラグニティにとってその考えは異端な物。周りの大人は放って置けなかったのだろう。
「悪い嬢ちゃん。軽率だったな」
「いいえ、気にしてません。それに、今は私の考えが間違ってないと思ってますし」
コノハは横目でチラリとアリウスを見つめる。
ヴィンレイはそれだけで全てを察し、ニヤニヤしながらアリウスに視線を向けた。
「罪な男だな、お前」
「あ? 何の話だ」
「へへ、分かんねえならいいさ。……ん?」
と、ヴィンレイはとある視線を感じ、船の方に視線を移す。
そこには船の入り口からこちらを見つめるフォンの姿。アリウスはギクリと肩を震わせると、そそくさと場を後にしようとする。
「アリウス?」
「いや、あいつとはあまり相容れない様だから。俺ちょっとその辺に行ってる」
コノハが呼び止める間も無く何処かへ歩き去って行った。
フォンはアリウスがいなくなるのを確認すると、コノハの元へと走り寄って来た。
「……」
「は、初めまして……」
コノハの挨拶に会釈すらせず、見つめたまま微動だにしない。偶にスンスンと鼻を鳴らしては、尻尾を不規則に動かすだけだ。
「……ワフ?」
「え、あ、はい、コノハです。コノハ・レミティ」
「……」
まるで自分の言葉が分かるのを不思議に思っている様だ。そしてもう一度試す様に口を開く。
「ワフ」
「はい、私もお昼寝大好きですよ」
「ワフ!? ワン!」
「ふふ、そうなんですか……え、うわぁっ!?」
突然フォンはコノハに飛びつき、一緒に砂浜に倒れこんだ。尻尾をパタパタと振り、自らの頬をコノハの頬に擦り寄せる。
「ワフワフ!」
「嬢ちゃん良かったな! フォンがこんなに他人を気にいるなんて滅多にないぞ!」
「へ、へぇ、そうなんですか……ムギュ」
スリスリが終わると、今度はコノハを抱きしめ始めた。フォン本人は甘えているつもりなのだろうが、ビースディアの怪力がコノハの体を容赦無く絞めつける。
「ムグググ……ス、ストップストップ!」
「?」
コノハが手をばたつかせると、フォンは一旦拘束を緩める。砂まみれになりながら、コノハはもう一度フォンを見つめる。
すると心の底から嬉しそうに笑い、ピンと立った耳が忙しなく動く。
そんな顔をされたコノハも、頬が思わず緩んでしまった。
「嬢ちゃん、頼みがある」
すると様子を見ていたヴィンレイがおもむろに口を開く。
「もし迷惑でなければでいい。船を修理している間、フォンを嬢ちゃんの所で預かって欲しい」
「……」
アリウスは苦い表情をしたまま固まっていた。
「という訳です。仲良くしてくださいね」
「ワフゥ!」
「ピガァゥ」
コノハの肩に寄りかかるフォンと、その隣で仁王立ちしているシャディが唱和する。フォンに至ってはアリウスが見たことない、ご機嫌な顔をしながら尻尾と耳を動かしていた。
「アリウス? 何かあったんですか?」
「いや、だって……」
アリウスはフォンの方を見る。しかし彼女は「ワフ?」と可愛らしく首をかしげるだけで、前のように威嚇はしてこない。
「大丈夫です。フォンは良い子ですから。ね?」
「ワン!」
「……そっか。分かった、よろしくな」
コノハは安心したように頷くと立ち上がる。
「じゃあ私、おやつ作ってきますね」
「ワフ……」
「ふふ、ちょっと待っててくださいね」
名残惜しそうにコノハを見つめるフォンに笑いかけると、キッチンに入った。
「楽しみだな、コノハの作る料理は美味いぞ」
そう言いながら、アリウスはフォンにさり気なく近づいて行く。
しかし、ほぼ真横の位置に来た瞬間、
「ガウッ!!」
後ろに飛び退き、歯を剥いて威嚇する。
「……何が嫌なんだ?」
「ガルルルル!!」
すると、アリウスとフォンの間に割って入る影。
「ピガゥ!!」
翼を広げ、今度はシャディがフォンを威嚇した。
恐らく仲裁のつもりだったのだろうが、フォンの反応は違った。
「キャンッ!?」
ビックリしたように吠えると、壁にぴったりと背を貼り付ける。ブルブル震え、その眼は涙で潤っていた。
「ピガ、ピガゥ……」
「いや、シャディは止めようとしてくれただけで、お前に敵意は……」
とアリウスが言うが、フォンの耳に届いている様子はない。やがて、
「ーーっ!!」
頭を抑えながらうずくまってしまう。震えも酷くなってきており、軽いパニックになっている様だった。
「ピキュッピキュッ!」
シャディが慌ててフォンの元へと駆け寄っていく。
しかし、フォンは顔を上げた瞬間、シャディに向かって手を振り上げた。
「やめろっ!!」
反射的にアリウスはフォンの腕を強く掴む。
その時、フォンと目が合った。
酷く怯えきったように、その瞳が震えていた。
「どうして俺のこと……」
「ど、どうしたんですか?」
騒ぎを聞きつけたコノハが台所から顔を覗かせる。
するとフォンはアリウスの手を振り払い、コノハの背に隠れた。
「クゥン……」
「アリウスが虐めたって、何言ってるんですか」
その言葉に、アリウスは胸の奥が痛んだ。
仲良くなりたかった。ただ、それだけだった。
だがフォンの言葉が分からないだけで、ここまで壁を張られてしまった。
「コノハ、ちょっと出掛けてくる」
「え、えぇ? せっかくタルト焼いたのに……」
「悪い」
アリウスはそれ以上何も言わず、部屋を後にした。
「……」
フォンは閉じた扉を見ると、安心したように息を吐く。
しかしコノハの心配する表情を見ると、それは途端に困ったような表情に変わる。
考えてみれば、フォンはアリウスが嫌いだったとしても、コノハは違う。
あの態度は、コノハに嫌われたとしてもおかしくない。
「……フォン」
「っ!?」
びくりと体が震える。叱責が飛ぶことを覚悟し、フォンは目を固く瞑る。
しかし次の瞬間、フォンの頭には心地よい感触が訪れる。恐る恐る目を開くと、そこには優しく笑うコノハの顔があった。
「言葉の勉強、してみます?」
「……?」
「お話出来ればきっと、アリウスにフォンが思っていること、伝えられると思うんですよ」
「……!」
フォンは首を横に振る。
それでもなお、コノハは説得を続ける。
「私が話すことも、レーヴィンさんが話すことも貴女は理解できる。もちろん私たちも、貴女の言葉が分かる。でもアリウスに貴女の言葉、気持ちは伝わっていない」
「……」
「アリウスに、きちんと伝えてください。貴女の言葉で、貴女の気持ちを」
フォンの耳と尻尾が力なく垂れる。迷うように尻尾を振っていたが、
「ワフ」
首を縦に振った。
続く
アリウスくん、まさかの家出
というわけで31ページ目でした。フォンのキャラクターは色々と他のキャラを動かしてくれるので助かります。この調子でドゥンドゥンやっちゃって欲しいです。
それでは皆さん、ありがとうございました。




