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26ページ目 息吹く風

「きゃあああ! 可愛いいい!!」

「ピィガウ?」

 ウィスを招き入れた途端、玄関で昼寝をしていたシャディを抱き上げた。首に生えた羽毛に頬をすり寄せ始める。

 シャディは最初こそギョッとした様子だったものの、やがて大人しくされるがままになっていた。

 やはりコノハに似た匂いがするのだろうか。落ち着いているようにも見える。


「ん〜、モフモフ……あれ、アリウス君、コノハは?」

「疲れて寝て……ます」

 敬語が慣れないせいで言動が辿々しい。コノハの母親と言っていたが、性格はまるで違うようだ。明るい、というよりかなり砕けた性格。


 コノハに容姿が似ている分、違和感を覚えてしまう。

「そっか、仕方ないなぁ。じゃあアリウス君、私とお話しして待ってよっか」

「話……?」

「そそ。コノハから聞いたよ。なりたいんでしょ、竜奏士に」

「あ? あんた何で竜奏士のこと……」

 するとウィスはニカリと笑った。その顔は一児の母という事実を感じさせないほど眩しかった。


「だって私、竜奏士だもん」




「アリウス君、竜奏士についてはどのくらい知ってる?」

「竜騎士とは対であり、人間と自然の調和を保つ者……?」

「正解! 賢いね〜、よしよし」

 と、ウィスはアリウスの頭を撫でる。

 コノハから借りた本に書いてあったのだが、そこまで褒められたことなのだろうか。

 とてつもなく複雑な気持ちでアリウスがそれを耐えていると、やがてウィスは本題に入り始める。今までとは違い、真剣な表情だった。

「でもそれだけじゃないの。様々な種族と自然の調和を保つ。つまり、それを害する者へ罰を与える役目もあるのよ」

「罰……!?」

「自然を害し、種族に仇なす者に……永劫の眠りという、慈悲深き罰を」

 アリウスはその言葉の意味を一瞬にして理解した。

 膝の上のシャディを撫でるその手に、どれ程の血潮が染み込んでいるのだろうか。

 そう思った後で、アリウスは苦笑した。


 自分が人の事を言えた義理なのか。


「アリウス君、率直に聞くよ。その覚悟、君にある?」

 試すというよりも、アリウスの身を案じるようにウィスは聞いた。

 アリウスは真っ直ぐ翠色の瞳を見つめ、静かに口を開いた。


「覚悟なんてあの時から決めている」

「……え?」


 近くに立ててあった剣を手に取ると、その剣の刃を見つめる。

 コノハが聞いたという声は聞こえない。だが沸々と伝わってくる憤怒と悲哀の叫びが心に訴えかけてくる。

「そうさ、もうあんなことが起こらないように、俺は……!!」

「アリウス君、もしかして、それーー」



 その時、ドタバタと二階から足音が響く。そしてそれは段々こちらへ近づいていき、


 コノハが真っ赤な顔で部屋の中へ転がり込んできた。

「あ、あ、アリウス! 何で私が貴方の部屋で……!?」

「いや、お前を背負ってハシゴ登れなかったから仕方なく……」

「だったら別にソファでも……って、お母さん?」

 コノハはようやく母の存在に気付く。

 当のウィスはというと、

「おはようコノハ〜!」

「ムギュッ!」

 愛しい我が娘を胸に抱く。その時、間に挟まれて四苦八苦しているシャディの様子に気付く事はなかった。

「やめてお母さん、恥ずかしいよ……」

「何で? 恥ずかしくなんてないよ〜、親子だもん」

「いや、でも……」

 コノハは横目でチラチラとアリウスの様子を伺う。

 そんなことを気にしなくてもと、アリウスは思わずクスリと笑ってしまった。

「あ! 笑いましたね!」

「いや、羨ましくてな。甘えられるときには甘えた方が良いと思うぞ」

「……まるで、アリウス君はそうしなかったような言い方だね?」

 ウィスはアリウスの何気ない一言を聞き逃さなかった。アリウスは何食わぬ顔で話し始める。

「まだ話も出来ないガキの頃に死んじまった。その後は親父の兄貴夫妻に世話になってた」

「そう、何ですか……」

 申し訳なさそうにコノハはウィスから離れる。嫌な事を思い出させてしまったのかもしれない。

「そんなに気にするなって」

「でも……」


「だったらコノハがアリウス君のお母さんになればいいじゃない?」


 ウィスの一言に、二人は一瞬にして凍りついた。本人は名案だと思っているらしく、得意げな表情をしている。


「いや、それは……」

「無理だよ……お母さん……」

「ピキュウ……」

 へたり込んだ姿勢のまま、シャディも賛同するように一声鳴いた。





「お母さん、それはこっちに纏めて」

「はいは〜い」

 刈り取った雑草の塊が二つ目の山を形作った。土の香りはすっかり芳しくなっている。

 こうして親子が作業している風景を見ると、姿や仕草が本当に似ている。

「ピフピフ!」

「お? あぁ、悪い。それはあっちに置いといてくれ」

「ピフ!」

 シャディはコクリと頷き、切り取ったクモオクラの茎を山の中に加えた。

 アリウスは小さな鎌を使い、収穫の終わったニードルキュウリとクモオクラの茎を切り取っていた。来年に備え、根の部分は土の中に残しておくらしい。

「フンゴゴ!」

「フゴゴ、フゴゴォ!!」

 そして集まった枯葉や茎を、ゴーレムたちが堆肥溜めに放り込む。


「ん〜、久しぶりだなぁ、こうやって畑いじるの」

「そうだね。ちっちゃい頃からずっと。あの時はお父さんも……」

 コノハはうっかり口にしてしまった様に黙り込む。ウィスが何か言おうと口を開こうとした時。


「あの時は楽しかったな」


「お、お父さん!? ってうわぁっ!!」

 コノハは振り向いた勢いでよろけてしまう。その後ろには肥溜めの一つが。

「フゴゴォ!?」

「フゴ!」

 いち早く気づいたゴーレム二体がタワーの様に縦につながり、寸でのところで落下を食い止めた。

「あ、ありがとうございます」

「もうマグラス!! コノハが落ちちゃうところだったでしょう!」

「あ? いや……す、済まない……」

「どうした二人と……ってマグラス?」

 赤い巨大な影に気づいたアリウスが駆けつける。


 これでとうとう、コノハ一家がここに集結したことになる。


「久しぶりだな。元気そうでなによりだ」

「そういうお前は相変わらずだな」

 マグラスは気に食わなさそうに鼻を鳴らす。だがそれを見たウィスとコノハがギロリと睨むと、バツが悪そうにそっぽを向いた。

 おそらく尻に敷かれていることを知られたくなかったのだろう。意外に子供っぽい面もある。

「そうだ、せっかくだからマグラスも畑を整理するの手伝ってくれよ」

「ふん。何故お前の手伝いなど……」

 と言いかけたところでマグラスの口が閉じられる。

 ふと見ると、ウィスが微笑んでいたのだ。



 黒いオーラを纏った、恐ろしい笑み。コノハとよく似たものだった。



「マグラス? ソノ口ノ聞キ方ハ何カナ?」

「うぐぐ……! だがなウィス、こいつはコノハと一つ屋根の……」

「ンン?」

「……いや、何でもない」

 とうとうマグラスは反論することを諦めてしまった。

 二人のやりとりを見て、アリウスとコノハは顔を見合わせて笑う。


 日はもう、地平線へと近づきつつあった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「…………」

 風が吹き抜けた瞬間、色々な音が聞こえた。


 この世に生を受けた音、この世から去って行った音。


 それに混じって聞こえてくる。


 殺戮を愉しむ音。無意味な殺し合いの音。自らの欲に溺れる音。



 少女の銀色の瞳が、微かに震えた。

「どうした?」

 少女の背後に歩み寄ってきたのは、白銀の鎧を身に纏った騎士だった。

 兜は竜の頭を模っており、その素顔を伺うことは出来ない。そしてその鎧にはまるで血管のように金色のラインが走っている。

「また……尊き命の繋がりが……断ち切られました」

「……分かった」

 騎士は少女の頭を撫でると、ゆっくり踵を返す。

 その先には青い燐光を放つ、一匹のワイバーンの姿があった。ワイバーンは騎士が近づくと、その口に咥えたある物を差し出す。


 白き穂先に金色の線を纏った巨槍。


 騎士がワイバーンに跨るのを見ると、少女は祈るように目を閉じ、手に持った杖で地面を叩く。

「罪に汚れし者たちへ、竜の裁きを下さん」

 少女の瞳が竜の様に縦に裂けると同時に、風が激励を送るように逆巻く。



 蒼き飛龍が、天に吼えた。



 続く

また新キャラか……って、竜騎士は一話に出てましたね。


というわけで26ページ目でした。物語はまだ動かない。否、既に運命は動き出しているのです。

……要するに次回をお楽しみにということです。


それでは皆さん、ありがとうございました!

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