23ページ目 重なる面影
森に注がれる光は、髪の毛一本ほどの細さしかない。
太陽は今、一体何処にあるのだろう。この森の恐ろしい点はそこにある。
太陽が見えないというのは、時間が把握出来ないだけではなく、方向感覚すら失わせるのだ。
「本当、危ない森なんだね、ここは」
言葉とは裏腹に嬉々とした表情でメモを取るジークに、アリウスは辟易とした表情を浮かべていた。
「お前昔からそうだよな。延々と花の絵を描いたり、ハシリウオをスケッチしたり」
「その花を千切ったり、ハシリウオを串焼きにした兄さんよりマシだよ」
「あれはまだガキだったからだよ」
「それだけじゃないよ、兄さんはーー」
兄弟の昔話を後ろで盗み聞きしていたレンブラントは、静かに笑っていた。
互いのことをあーだこーだ言っていながら、どちらも昔から変わった様子がない。
二人とも、いい年になってまだまだ子供だ。
「あの二人は本当……ねぇ、コノハ?」
「……えっ? あ、はい」
コノハはレンブラントに相槌こそ打つが、すぐにまた上の空。何かを考え込むようにぼーっとしている。
「コノハ、何かあったのかい?」
「……え?」
「はぁぁぁ、もうっ!」
レンブラントはコノハの肩をガシリと掴み、鼻が触れ合いそうな程の距離に近づく。
「何かあるならちゃんと言いな。すぐ自分の中に押し込めちまうの、アンタの悪い癖だよ」
「うん……」
「ングググ!」
煮え切らないコノハの態度に、レンブラントの苛立ちは臨界点を迎えようとしていた。
しかし、コノハの視線の先を辿ると、あることに気がついた。
「……はぁ、またあいつかい」
呑気に弟と思い出話をしている男が原因だと結論付けた。
今度は一体何をしでかしたのかは知らないが、事が面倒になる前に何とかしなければならない。
「そう言えば兄さん」
「何だよ、急に」
「その剣、何処で手に入れたの? 騎士団のものじゃないよね。作ってもらったの?」
その時僅かだが、アリウスの眉間に皺が出来る。
「いや、これは……」
すると、ジークの肩に指が絡みつく。びくりと身体を震わせたのは、その人物から発せられる威圧感が凄まじかったからだ。
「ジーク、ちょ〜っとお姉さん聞きたいことあるんだ。付き合ってくれるかい?」
「な、何を……」
「い、ろ、い、ろ、さ」
「ヒィッ!? 兄さん、助けーー」
有無を言わさず、レンブラントの手はジークを引きずり込んでいった。
代わりに、アリウスの隣にコノハが押し出される。
「レンちゃん、何を……」
しかし、二人は既にコノハの声が届かない距離まで離れていた。
胸に隙間が空くような、奇妙な沈黙が流れる。
「広い森だよな。こんな森がすぐ近くにあったなんて知らなかったよ」
「……」
アリウスが必死に絞り出した話の種も通じない。
コノハがこうなっている原因に検討はついている。だが、まさかそれに触れるわけにはいかない。
そもそもコノハには何の非もないというのに。
アリウスが悩んでいるところに、思わぬ助け舟が来た。
「アリウス、一つ、聞いても良いですか?」
「おう、何だ?」
「アリウスの剣、誰から貰ったんですか?」
その瞬間、アリウスの表情は強張った。
「それは、だな……」
「さっき、ちょっとだけ二人の話が聞こえたんです。ジークさんは剣のことを知らなかった。だから気になったんです」
「し、知ってどうするんだ? 別に知らなくたって……」
「知りたいんです! アリウスの事をもっと!」
アリウスの目の前に立ち、コノハは真っ直ぐ見据えていた。
「よく考えてみたんです。私、まだアリウスの事をよく知らない。これからずっと一緒にいるのに……きっと、あの時怖かったのも……」
「話したくない、って言ったら?」
「飛びっきり不味いご飯作ってあげます」
その一言を聞いたアリウスは目を丸くし、直後に笑い出した。
「な、何笑ってるんですか!? こっちは真剣なんですよ!?」
「そりゃ困るな! い、いや、お前には完敗だよ、ハッハッハ!!」
ひとしきり笑った後、アリウスは口元に笑みを残したまま背中の剣を抜く。
暗い森の中でも、何故かその刀身は眩く光り輝いていた。
「この剣は大切な人の形見なんだ。その人に大切なものを守る為に振るってくれ、って頼まれた」
「大切な人……アリウスに、剣を教えてくれた人ですか?」
「俺は我流だから師匠はいないぞ。騎士団の小綺麗な剣術は苦手でな」
「じゃあ、その、えっと……」
と、コノハの目線が少しずれる。落ち着かない様子でしばらく身体を揺らしていたが、やがて意を決したように前を向きなおした。
「こ、恋人……とか」
「……はぇ?」
自分で言った後、コノハは馬鹿馬鹿しくなって顔を赤面させた。
「ご、ごめんなさい、まさかそんな訳ないですよね! な、何言ってるの私……」
顔を覆い、恥ずかしそうにその場を離れてしまった。
「うぅ、何であんなこと……」
「ピグゥ」
すると、シャディがおもむろに近づいてくる。
その口には花や薬草が加えられていた。
「シャディ、これは?」
「ピグゥ、ピィガァウ」
「元気が無さそうだったから? ……もう、シャディ! フフフ」
コノハはニッコリ笑い、シャディをその胸に抱いた。安心したような喉声をあげるシャディの頭を撫でながら、天然の花束の中から一つを取り出した。
雪の結晶のような花弁を持った、一輪の花だった。
「わぁ、綺麗なサピヨンの花。春には枯れてしまうはずなのに……残ってたんですね」
「っ!!」
その様子を見たアリウスの心臓は大きく拍動した。
「ネフェル……」
以前、カリスに言われた忠告を破ってしまった。
アリウスには、サピヨンの花を持った白い少女の幻影が、コノハに重なって見えていた。
「ア、アリウス? どうかしましたか?」
ーーアリウス、どうしたの?ーー
「ネフェル……俺は…………」
「兄さん、上!!!」
空間を走ったジークの叫びと、バリバリという木が引き裂かれる音に、アリウスの意識は現実へと引き戻される。
「な、何が……っ!?」
「グピィ!?」
アリウスは直感的に地面を蹴り出し、立ち尽くすコノハとシャディを抱き抱えて回避する。
先程までコノハ達がいた位置に、大木が雨のように降り注いだ。
「大丈夫かい!?」
「兄さん、怪我は!?」
「あぁ、問題ない」
駆け寄ってきたレンブラントとジーク達に怪我はない。
「だけど一体何が……」
グウゥ、グウゥ、グォォォォ!!!
グォォウ、グォォォォ!!!
その原因は、すぐにアリウス達の目の前に現れた。大木を薙ぎ倒しながら、二体の竜が縺れ込んで来たのだ。
大木に迫るほどの巨体、背中に生えた二対のヒレ、無骨で太い牙を無数に携えた顎。
「ギノ・エレドノス……!? そんな、何でこの森に!?」
「ジーク、驚くのは後にしろ! 今はここを……」
だがしかし、アリウス達の事情を考慮してくれる筈もない。
二体のギノ・エレドノスはすぐさま立ち上がると、巨大な頭を力一杯ぶつけ合う。硬い甲殻がぶつかり合う衝撃と音が響く。
よく見ると、片方のギノ・エレドノスはもう片方より体躯が一回り小さい。
「何だいありゃ……何で仲間同士で!?」
「違うんですレンさん。ギノ・エレドノスは縄張り意識が異常に強いワイバーン、つまり自分以外は全て敵なんです」
「んな無茶苦茶な!」
しかしジークの言う通り、激しく戦うワイバーン達。その様子は追い払うのではなく、本気で殺そうとしているものだった。
頭突き対決が互角と見た二匹は一旦距離を取り、様子を見合う。
先に仕掛けたのは小さい方。両腕を用いて頭を押さえつけ、その頭に咬みつこうとする。
その時、大きい個体が太い尻尾を胴体へ打ち付ける。もろに食らった小さい個体の動きは大きく鈍り、牙の隙間から血が流れ落ちる。
更に反転してもう一撃。今度は頭部に直撃。大きく揺らめき、弱点の喉元を晒してしまう。
そこを逃さず、大きい個体は喉に喰らいついた。
一瞬の沈黙、そしてそのまま重い音と共に喉笛を噛みちぎった。
地響きを立てて崩れ落ちる。喉元から流れた血が小川を作りだした。
グアァァァァォォォォウゥ!!!!
戦いに勝利した個体は勝鬨を上げるように咆哮を天に轟かした。
「…………」
余りにショッキングなその光景から、ジークとレンブラントは目を逸らす。
「ピフゥゥ……」
ブルブルと震え、小さく声を漏らすシャディを、コノハは優しく抱き締める。自身の震えを必死に隠しながら。
だがアリウスだけが、この戦いから一切目を逸らさなかった。無言で勝者を見つめていた。
その時、一瞬だが、ギノ・エレドノスとアリウスの視線が交錯する。
「お前は、昔の俺なのか……?」
その問いに答える気はないと言わんばかりに、ギノ・エレドノスは森の奥へと姿を消した。
しかし、そのヒレと胴体に刻まれた深い傷が全てを物語っていた。。
生きることに精一杯で。
力を振るう事しか出来なくて。
差し伸べられた手すら振り払う。
「俺の事をもっと知りたい……か」
あの純粋な瞳で聞かれてしまっては、いずれ全てを話さざるを得なくなる。
彼女は自分の事を知った時、受け入れてくれるのだろうか。
木々の隙間から見える空は、既にオレンジ色に染まっていた。
続く
ワイバーン(飛べるとは言ってない)
というわけで23ページ目でした。さて、剣の謎の一つは解消されましたが、更に謎が増えるという怪現象が発生……。不思議だなぁ。
ネフェル、アリウスの過去、これらそう遠くならない内に明かしていきたいと思います。
それでは皆様、ありがとうございました!




