19ページ目 過ぎし春、到来する夏と旅人
ラットライエルの裏通り。
レンブラントの萬屋には今日も様々な客が足を運んでいた。
「姉ちゃん、これでいくらくらいだ?」
「全部で…………5ぐらいかね」
「良い値段だ」
髭をタップリと蓄えた小柄な男性ははにかんだ。
彼はドワーフだ。
ドワーフ達は普段、洞窟の中にある自身のアトリエにいることが多い。だが中にはエルフのように街へと出たり、そこで店を開く者も少なくない。
「砥石に屑鉄にランプ油、シャークリザードの皮…………一体何に使うんだい?」
「秘密だ。見たけりゃアトリエに来なよ」
「死んでもゴメンだね」
「それがいい。じゃあな」
ドワーフの壮年は商品を受け取ると、店を後にしようとする。
だがピタッ、と止まり、そしてこう言った。
「早よ男見つけなよ、いい歳なんだからな」
「はぁっ!? お、おい何のこーー」
壮年は振り返らず、今度こそ店を後にした。
「〜〜〜〜〜っっ!!」
耳まで真っ赤にしながら、レンブラントは椅子にどっかり座る。
指先に魔法で火を灯し、いつものミントシガーから爽やかな煙が上がる。
「余計な御世話だ、全く……」
レンブラント自身、色恋沙汰に興味がないわけではない。
機会が無いだけ。あくまで機会が無いだけなのだ。
「そりゃ私だって……」
誰だって良いわけじゃない。好みくらいある。
あえて挙げるとすれば……
「アリウス……う〜ん、でもねぇ」
確かに良い男ではある。
しかし、あくまで友人として見た場合だ。
それに、アリウスにはもう先客がいる。
「はぁ〜、今年も春が過ぎちまったねぇ……」
悲痛な独り身の呟きが宙に浮かんだ。
ガチャン、チャリンチャリーン
「ヒィッ!?」
突然の来客に驚き、レンブラントは椅子から飛び上がる。その拍子に、上の棚に頭をぶつけてしまった。
「いってて……い、いらっしゃい」
少々不機嫌そうに客に視線を送る。八つ当たりにも程があることに、レンブラントは気づいていないが。
客の風貌を見るに、旅人の様だ。頭の帽子のせいで顔は見えない。
「何をお探しで? それとも買取を……」
「あぁ、いや、ある人を探してて」
「……なら情報屋に聞きに行きな」
その顔が更に不機嫌そうに歪む。旅人はその様子を見ると、慌てた様に手を振る。
「す、すいません。ですけど、ここじゃなきゃ分からないことでして……」
「知ったことかい。さ、売り買いする気が無いなら帰った帰った」
旅人はそう言われても尚、帰ろうとはしない。
店の中を不意に歩き回り始める。
(……怪しい)
レンブラントの警戒心はピークに達していた。と、同時に旅人の身なりを観察する。
(服装は割りかし良いものだね。身なりも小綺麗だし……だけど、どこの生まれかは……)
「これ……」
「んん?」
旅人はとあるものを手に取っていた。
それは仔竜のガラス細工。モデルはシャディだ。
「手作りですか?」
「まぁね。趣味でちょっと嗜んで、出来が良いのを出してるくらいさ」
「……凄く綺麗ですね」
「っ! ま、まぁ、うん……」
いくら怪しい旅人でも、褒められて悪い気はしない。
と、その旅人はガラス細工を手にカウンターまで歩み寄ってきた。
「これ、ください」
「高いよ? 意外と自信作なんでねぇ」
「構いません。いくらですか?」
「そうだねぇ……」
レンブラントはしばらく考え込むと、意地悪そうに笑った。
「30ドラス」
ちょっとした冗談のつもりだった。
無茶な値段だ。30ドラスもあれば、そこそこ良い装飾品が買える。
こんな小さいガラス細工に払う値段ではない。
「30……分かりました」
しかし、旅人はそんな事を意に介さず、袋からお金を取り出した。
「ち、ちょっとあんた、35って……」
「まぁ、あれです。ガラス細工に30、残りの5は情報量です」
「…………分かったよ。何を聞きたいんだい?」
レンブラントは苦笑しながら了承する。
「えっとですね、人を探してるんです」
「ん〜、人ねぇ。この世界には沢山いるから私が力になれるか……一応、名前は?」
「アリウス・ヴィスターです」
「え、えぇっ!? アリウス!?」
レンブラントは思わず声を上げる。そしてそれを聞いた旅人も、同じ様に声を上げた。
「ってことは、知ってるんですか!」
「知ってるには知ってるけど……あんたはアリウスと何の関係が?」
「あ、申し遅れましたね。僕は……」
旅人が帽子を脱ぐと、浅緑色の髪が姿を現した。そしてその前髪の間から、青い瞳が覗いていた。
「…………え!?」
その正体を聞いたレンブラントは、サッと血の気が引いた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
とうとうこの時がやって来た。
太陽が照りつける中、一つ、また一つとキュウリを取っていく。
収穫だ。
「いやぁ、立派に育ちましたね〜、うんうん」
針山の様になったニードルキュウリをもぎ取り、まるで我が子のように見つめるコノハ。
若干年寄り臭く感じたのだが、アリウスは心の内にしまっておいた。
「しかし、よく育ったな。凄く太いし」
アリウスはクモオクラを見つめながら感心する。その実には蜘蛛の巣のような葉脈が浮き出ており、ずっしりとした重みが手に伝わっていた。
ニードルキュウリの方は、太い針が大量に突き出しており、普通のキュウリに比べて短い。
「コノハ、ニードルキュウリはどんな感じだ?」
「すごいですよ! こんなに立派なのは見たことないです!」
「確かにな。これも努力の……」
と、アリウスは突然口ごもる。
「? どうしました?」
「ん? いや、何でもない」
あの生命を用いた魔法。
その影響も少なからず反映されているのだろうか。
だが、初めて育て、初めて収穫したそれが努力の証であることに変わりはない。
「初収穫おめでとう、コノハ」
アリウスはコノハの頭にポンと手を置く。何気ない行為だったのだが……
「ひ、ひゃいっ!?」
びくーっとその小さな体が弾んだ。
その時、コノハの手からニードルキュウリを取り落とした。
「おっと危な……イッテ!!」
アリウスは慌ててそれをキャッチする。が、
その鋭利な棘は親指の付け根に突き刺さった。
紅い血がとくとくと流れ出す。
「アリウス!」
「大丈夫だって、こんなんでさわ……」
「貸してください!!」
へらへらしているアリウスをよそに、コノハはアリウスの手を掴む。
その親指に、コノハの口が吸いついた。
「んっ!?」
あまりに突然の事で、アリウスは硬直してしまう。ほんの少しだが、吸われる感覚がしている。くすぐったい。
「こ、コノハ……?」
「…………よし、大丈夫です」
コノハは口を離すと、ポケットから傷薬と布を取り出し、手早く傷を処理する。
「もう! いきなりびっくりするじゃないですか」
「いや、あの……」
「何ですか?」
「……吸った俺の血はどうした?」
「……あっ」
コノハは言われてから気づいた。
吸った血を、そのまま飲んでしまったことに。
「え、え、ええええ、えっと……!!」
正気を失ったように手を振り回し、言葉にならない言葉が口から溢れていた。
「お、おい、落ち着けって……」
「だ、ど、だ、そ、そんなつもりじゃなななな…………イタイッ!?」
と、振り回したコノハのもまた、ニードルキュウリの棘が刺さってしまった。
「あ、えっと…………」
「はぁ……どれ、貸せ」
そう言うと、今度はアリウスがコノハの指を掴んだ。
「ふぇぇ!? あ、アリウス……!?」
アリウスの口が、コノハの指に近づいていく。
「に〜い〜さ〜ん〜〜〜!!?」
突如響いた声にギクリとするアリウス。
コノハが視線をアリウスの背に向けると、そこに一人の青年がいた。その表情は、とても怒っているようだった。
雰囲気が、どことなくアリウスに似ている。
「だ、誰だよ……って、お前!?」
アリウスは青年を見た瞬間、たじろいだような声を出した。
「まさか、僕の顔を忘れたわけじゃないよね?」
「…………忘れるかよ、まったく」
口を開けたままポカンとしているコノハ。その様子を見たアリウスは、苦笑しながら青年を前に押し出した。
「ほら、そこでポケっとしてるお嬢さんに挨拶しろ」
「もう、分かってるよ」
青年は煩わしそうに言うと、コノハの方へ向き直る。
そして、ニッコリと笑い、衝撃の一言を放った。
「どうも、ジーク・ヴィスターです。兄がお世話になっております」
「………………へ?」
つまり、この青年は……
「あ、アリウスの、弟さん……!?」
コノハの開いた口は、塞がらなかった。
続く
誰だ!? 今レンブラント姐さんのことを売れ残りだなんて言った奴は!!
という訳で、19ページ目でした。アリウスに弟がいたなんて……しかもメッチャ紳士やんけ。
さて、ジーク君については次回、詳しい詳細が分かりますのでお楽しみに。
それでは皆さん、ありがとうございました!




