18ページ目 竜奏士
こうして向かい合うと、中々妙な気分だ。
ファンガルといい、ドラゴンには妙な威圧感がある。遥か古代から生き続けた種族だからだろうか。
しかし、「お父さん」とはどういうことなのだろう。
コノハの育ての親、もしくはそれぐらい世話になったのか。
当のコノハは、やけに張り切った様子で料理を作りに行っている。
今は真紅の竜と外で待っているのだが……
「……あんた、一体何者なんだ?」
「言った通りだ。コノハの父親で、ただのドラゴン。それ以外の何者でもない」
まるで答えになっていない。ドラグニティは確かにドラゴンの血が混じっている。だが見た目はヒューマンとあまり変わらない。
このドラゴンが、コノハの実の父親だったとして。
アリウスにはそれ以上、考えることが出来なくなっていった。
「名前、まだ名乗っていなかったな。アリウス・ヴィスター、ヒューマンだ」
「俺の名は……そうだな、マグラスとでも呼んでくれ」
「マグラス・レミティか? 随分可愛らしい響きになるが……」
「……レミティは、コノハの母方の姓だ。俺の姓は…………そんなことはいい」
マグラスは静かに瞼を閉じると、話題を変えた。
「まずは礼を言わなければな。コノハの力になってくれたこと、感謝する」
「あぁ、まぁ、俺の命を救ってくれたこともあるし」
アリウスは少し戸惑ったように返答する。よく考えてみれば、始まりはそうだった。
だがこの言い方は、喉に引っかかるような違和感を感じた。
これではまるで、恩に報いる為だけにここにいるような。
「だけど俺は、それだけでここにいる訳じゃない」
「何? ………………お前、まさか」
突如、マグラスの剣幕が変化する。アリウスが身構えるより速く、その体を鷲掴みにされた。
「ピィガァァッ!?」
シャディが慌てふためく。しかしアリウスは抵抗しない。
加減こそしているようだが、絞めあげられる嫌な音が体を駆ける。
「お前………………」
「……な、んだ……?」
「お前、コノハに手を出すつもりかっ!!」
「…………は?」
巨大な眼球で睨みつけられながら、見当違いな言葉が発せられた。
「え……いや、何言って……?」
「唯一の悩みはお前が男なことだったが……いいか!? コノハにはまだーー」
「お父さんっ!!」
夕焼け空に、張り上げた声が響く。
マグラスはビクリとし、アリウスを取り落とした。
「ピフッ!?」
シャディはマグラスに飛びかかろうとしてつんのめり、顎を地面に打つ。
「おうふっ!?」
アリウスはもろに腰を地面に打ちつけ、変な声が出る。
見るとそこには、腰に手を当ててマグラスを睨みつけるコノハの姿があった。
「お父さん、アリウスに何しようとしてたの!?」
「いや、こ、この男がだな……」
「アリウスが!?」
「いや…………だな」
物凄い光景だ。たった一人の小さな少女に、巨大な真紅の竜がタジタジになっている。
するとコノハの後ろから、ゴーレム達が何かを抱えてやって来た。
それは旨そうな香りを発する、皿や器だった。
「折角お父さんが大好きな料理を沢山作ったのに……もうっ!」
「わ、悪かった、悪かったコノハ! だから頼む、機嫌を直してくれ」
「…………」
奇妙な親子喧嘩を見つめているアリウスとシャディは、またしても取り残されていた。
皿の中には、アリウスが見たことのない料理が沢山あった。
「コノハ、メニューは何だ?」
「えっと、ローストノイズィチキンにマンドラゴラとピーマンの野菜炒め、ハイラビットのソテーに…………ハシリウオのムニエル」
「気合い入ってるな」
それらの料理を敷物の上へと並べる。こうやってみると、宴会が開けそうな量だ。
「さ、食べましょう♪」
手をあわせるコノハの笑顔は、いつもより明るく見えた。
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「さて、そろそろか……」
日が地平線に没した頃には、あれ程あった料理は全て空になっていた。といっても、マグラスの体はかなりの大きさなので当然なのだろうが。
シャディはというと、たらふく食べて今はアリウスの膝で寝ている。
「コノハ、俺はもう戻るよ。元気な姿も見れたことだしな」
「……うん、そうだね。あ、ちょっと待ってて。お土産渡すから」
そう言うとコノハは、家へ向かって走って行ってしまった。
「おい、別に……はぁ、全く誰に似たんだか……」
「そういうせっかちな所はあんたに似たんじゃないのか?」
ギロリとマグラスは睨みつけてきたが、アリウスが半笑いで返すと鼻を鳴らした。
「似てると思うか、俺に」
「あぁ、だって親子なんだ。似てる所なんていくらでもあるだろ」
「こんな姿でもか?」
マグラスの言い方には含みがあった。若干の迷いがあったが、アリウスは聞くことにした。
「こんな姿……もとはそうじゃなかったのか?」
マグラスはジッとアリウスのことを凝視する。
「いや、ありえない話なのは承知なんだが……そう考えると色々辻褄が合うんだ」
「…………話す義理はない。知りたければ自分で調べて、自分で考えろ」
「否定しないんだな」
「肯定した覚えもない」
マグラスは翼を大きく広げる。人間でいう背伸びのようなものなのだろうが、迫力がまるで違う。
「そういえば、聞いていなかったな」
「何を?」
「ここにいるのは助けてもらった恩だけじゃないと言っていたな。なら他の理由とは何だ」
「あぁ、それか」
マグラスが早とちりした所為で言えなかったこと。
アリウスはシャディの頭を撫でながら、静かに話し始める。
「夢に向かって一生懸命なコノハを見てたら……叶えてやりたくなるんだよ。どこまで出来るかは分からないけどな」
「…………ファンガルの爺さんが言っていた通りだな」
「ファンガルが?」
アリウスが問いかけると、マグラスは何所か遠くを見るような表情を浮かべた。
「竜奏士の資格、お前にならあるやも知れん」
「……ファンガルの時も思ったんだが、一体何を根拠に」
「ドラゴンの勘だ」
それを聞き、アリウスは思わず噴き出した。
「勘って……」
「だがドラゴンの勘ほど信頼できる根拠はあるまい。俺たちは本質を見抜く力がある。だから言える。お前は竜奏士になれるとな」
実感の湧かない話だ。
アリウスが読んだ昔話や伝承には、竜騎士の名はあれど、竜奏士の名は無かった。
竜に跨り、戦乱の世を駆けた竜騎士。
竜を従え、自然と種族の調和をはかった竜奏士。
「もしその時が来たら、ある人物を紹介しよう。俺もファンガルの爺さんも世話になった人だ」
「人? あんたやファンガルが世話になったって……」
「まあ、その人はコノハの……」
「お待たせ!」
マグラスの言葉の先を遮るように、コノハが走って来た。不思議なことに、アリウスとマグラスの考えは一致していた。
((こけそうだ……))
そして、それは的中する。
「あうっ!?」
なびく草に足が滑り、コノハの手から袋が離れる。
そこからアリウスとシャディ、マグラスの行動は早かった。マグラスが翼で風を起こし、その包みを上に上げる。それに向かってシャディは疾走し、大きく跳躍するとそれを空中でキャッチした。
「うわっ、っとっとっと!」
そしてよろけて前に倒れそうになるコノハを、アリウスが片手で受け止めた。
「危ねぇな、気を付けろよ」
「あ、ありがとうございます……」
「…………」
何やら背後からマグラスの殺気を感じたが、アリウスは気にしないようにした。
「ピガァウ」
「ありがとう、小さな飛竜よ」
シャディから袋を受け取り、マグラスは袋の匂いを嗅ぐ。
「これは……」
「お母さんたちと一緒に食べてね。それと、お母さんたちにこう言って欲しいの」
コノハの表情と、その言葉はマグラスだけでなく、アリウスの心にもチクリと刺さるものだった。
「私は大丈夫だから。優しいみんなと一緒に、自分の夢に向かって歩いているから……って」
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マグラスが飛び去って行くのを、二人は海を臨む崖から見送った。
「行っちゃった」
コノハの声はやはりというべきか、寂しそうだった。その様子を見たシャディはコノハに頬ずりする。
「ん、ありがとうシャディ」
「ピィ」
ふと、コノハはアリウスの方を見る。何か考え込んでいるような顔をしている。
「アリウス?」
覗き込んでみると、アリウスは少し驚いた様子を見せた。が、それも束の間、アリウスはコノハにこう尋ねた。
「コノハ、竜奏士についての本とか……持ってるか?」
「え、まあ、ありますけど、どうしたんですか?」
「ちょっとな」
――お主には素質がある。竜と共生し、人とも自然とも協調する者。竜奏士のな――
――竜奏士の資格、お前にならあるやも知れん――
竜奏士になれば、変われるのだろうか。
今までの自分から。
あの頃のままの自分から。
微かに、背中の剣が光の粒を零した。
続く
アリウス、竜奏士となる決意を……。
ところで、竜奏士って?
という訳で18ページ目でした。竜奏士は今後重要になっていく言葉です。以降の話で詳細が分かっていくかと。
次回は、何とアリウスの……が登場?
それでは皆さん、ありがとうございました!




