17ページ目 眩しい君
徐々に、徐々にだが、夏が近づいてきた。ジリジリと太陽が照る日が多くなっている。
こうしてゴーレム達と一緒に畑の水やりをしているアリウスの額には、既に玉のような汗が浮かんでいる。
「最近、暑いな……」
干からびそうなアリウスとは対照に、キュウリとオクラはみずみずしくその身を肥えさせている。
ニードルキュウリの棘は鋭く長くなっているし、クモオクラの表面には蜘蛛の巣のような葉脈が見えている。
少し、つまんでみてもいいだろうか。
手を伸ばしたその時だった。
「フゴォッ!!」
「痛っ!? それに熱い!」
しっかり見張っていたらしい隊長ゴーレムが、つまみ食いしようとした不届き者の尻に一撃かました。
この炎天下の中、ゴーレム達の石の体は熱を帯びていた。もっとも、本人達は平気なようだが。
「悪かったよ。こう暑いとな」
「フンゴゴ」
「でもなぁ隊長……」
アリウスは、クモオクラをボリボリ齧っているハシリウオを指差した。
「あれは良いのか?」
「フゴォッゴォッ!?」
隊長ゴーレムは飛び上がると、近くにあったシャベルを持ってハシリウオを追いかけ始める。二足歩行の魚とゴーレムが鬼ごっこを繰り広げている様は奇妙なものだった。
「……夏だな」
夏の、風物だった。
「暑~い……」
「ガァ…………ウ」
薬を練っていたコノハは天井を見上げる。足元ではシャディが暑さでだれていた。
まだ初夏だというのにも関わらず、この家の中まで猛烈な暑さが満ちている。オーバースカートが汗でぺったりと体に引っ付いてしまうほどだ。
「どうしたんだろう、今年は」
「ピィガァァ!!」
と、シャディが癇癪を起こしたかのように叫んだかと思うと、何とコノハのスカートの中に潜り始めた。
「え、えぇっ!? シャディどこに入ってるんですか!!」
「カフゥ……」
「ちょっ、ちょっと、もう体大きいんですから……い、いやぁ、スカートめくれてますからぁ!!」
シャディのひんやりした鱗の感触は確かに心地よいが、既にコノハの腰ほどの大きさにまで成長しているのだ。コノハのスカートはもちろん裾がめくられ、その細い足が露わになってしまっている。
「こ、こら、シャディ、出てきなさ――」
「コノハ、今日の水やり終わっ……何やってんだお前ら」
「いやぁぁぁっ!? ちょ、ちょっと待ってください! シャディ、いい加減にしてっ!!」
コノハが声を張り上げると、シャディはスカートの中から飛び出した。そのまま風を切るように素早く逃げ去ってしまった。
「はぁ……もう、暑くてイライラしちゃいます……」
「確かに……」
この暑さでは、いずれ皆おかしくなってしまうのではないか。
するとコノハは、こんなことを言い出した。
「川の方に行ってみますか?」
「川って……どこにあるんだ」
「森の方にありますよ。ほら、シャディも暑くてだれてますし……ね?」
「……ま、確かにな」
先ほどのコノハとシャディの奇行を思い出し、妙に納得してしまった。そんなアリウスの表情を見たコノハは何か言おうとしたが、すぐに顔を赤らめて口をつぐんだ。
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たくさんの木々が並ぶ森は、太陽の光を遮っているおかげで涼しかった。
「ピィィィッ!!」
川の水をバシャバシャと跳ね除け、シャディが水浴びをしていた。
「あはは、シャディってばはしゃぎ過ぎですよ!」
そう言うコノハの方も、膝まで水に浸かりながら駆け回っていた。
「……まるで子供を見る親の気分だ」
アリウスは河原の中の、一際大きな岩に腰掛けながらその様子を見ていた。
どうやら相当暑かったらしい。あの二人はここに来てから突然あんな風になっていた。
「アリウスもこっちに来てくださいよ〜!」
「いや、まぁ、気が向いたらな……」
と言った直後。
バシャアッ、という音と共に、水がアリウスへと降りかかった。
「うわっぷっ!?」
そのまま後ろ向きに転倒。丸っこい河原石に頭をぶつけてしまった。
「ほらほら、もっとかけちゃいますよ!」
「ピィィィガッ!」
「ふざけんな! 成敗してやるぞ、このじゃじゃ馬コンビ!」
アリウスは川の中へとダイブ。足を振り上げて水をコノハ達へかけ始めた。
「ひゃっ!? や、やりましたね!」
「はっは、俺に勝負を挑んだのが運の尽きだぜ。ビッショビショにしてやーー」
アリウスの口上を待たずして、今度はシャディの尻尾が水を巻き上げ、顔面を直撃。アリウスは「ゴボボッ!?」と奇怪な叫びをあげて川に倒れこんだ。
「フフフ、私達の勝ちです!」
「ガァァウ!」
ほぼ何もしていないコノハが、何故か腰に手を当ててそう言った。
「くっ……俺の負けか。参ったよ。コノハ、手を貸してくれないか?」
「え〜? 仕方ないですねぇ」
心底嬉しそうにニヤニヤしながら、コノハは手を差し伸べた。
その瞬間、アリウスの目がキラリと光った。
「隙ありっ!!」
「えっ、って、わぁっ!?」
アリウスは掴んだコノハの手をグイッと引っ張り、川へ引き倒した。
バシャン、と水が跳ねる。二人の服は川に浸かって既にズブ濡れだった。
「も、もう、アリウスッ!」
「油断したな、タダでやられる俺じゃあないぜ! ハッハッハ」
「…………」
「ハッハッハ……どうしたコノハ?」
ポカンとしたまま固まっているコノハを、アリウスは不安な表情で見つめる。
するとアリウスの額に、水滴が落下し始める。コノハの髪からではない。
オッドアイから溢れていた。
「っ!? あぁ、えっと、わ、悪かった! 何処か怪我したか!? それとも……」
「い、いや、違います……ただ……うぅ……」
口をへの字に曲げながら、コノハは嗚咽を漏らす。
そして、起き上がったアリウスの胸に頭を当てた。
「こんなに楽しいこと、久しぶりで…………少し、思い出しちゃったんです」
「な……」
何を、と聞こうとした口を、アリウスはつぐんだ。
あまり踏み入ってはいけないことだってある。自分にも、あるように。
アリウスは黙ってコノハの頭に手を置いた。こうすることが、今出来ること。
「……やっぱり、優しいです」
顔を上げたコノハの表情は、またいつものように戻っていた。
眩しいのは太陽のせいか、それとも彼女の笑みのせいか。
アリウスには分からなかった。
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今日は本当に暑い日だ。
家へと戻る道中に、濡れていた服は乾いていた。対称的に、身体に感じる僅かな風はとても涼しいものだった。川での水遊びのおかげだろうか。
「良いですね。たまには」
「なんか、子供の頃に戻ったみたいだったぜ。故郷は川が近くになかったからな」
「へ〜。後で聞かせてくださいね。アリウスの故郷のお話」
「あ、あぁ。近い内に、な…………お、家が見えてきた」
時刻は丁度昼時。昼食を食べた後に少しばかり昼寝をして…………そうアリウスが考えていた時だった。
「あ…………」
「ん? どうした……っ!?」
信じられないものがそこにはいた。
ユーランツリーに劣らぬ真紅の巨躯、天を覆うほどの巨大な翼、山脈のように連なる背中の棘、岩盤のように厚い筋肉。
そしてその白銀の三本角に、アリウスは見覚えがあった。
「お前……あの時の……」
そう、あの時。
アリウスがドラゴンズ・シンの時に出会ったドラゴンだ。
コノハと同じく、命の恩人。
だが真意が掴めない以上、アリウスには不安もあった。
「その様子だと、俺の眼に狂いはなかったようだな」
「どういうことだ?」
アリウスは目の前の巨竜と話しながらも、いつでも背中の長剣を抜けるように警戒は怠らない。
「お前をコノハの側にいさせて正解だった、ということだ」
「……どうしてコノハのことを?」
無意識の内に、コノハを自分の後ろに下がらせようとした。
しかしそれより先に、コノハは前に踏み出していた。
満面の笑みを浮かべて。
「…………さん」
その小さな声に、巨竜は応える。
「心配だったからな。また来たよ、コノハ」
「お父さんっ!!」
コノハは叫ぶのと同時に走り出し、その大きな鼻先に抱きついた。普段は一切見せない、とても幼いコノハがそこにはいた。
「お、お父さん……?」
「ピィ……ガウ?」
状況が飲み込めないアリウスとシャディは、ただ呆然とその様子を見ているだけだった。
続く
一方ゴーレム達は、無事ハシリウオから作物を守り抜いたそうな。
という訳で17ページ目でした。お父さんの正体は……?
そして、アリウスとお父さんドラゴンが相対した時、二人は一体……。
それでは皆さん、ありがとうございました!




