16ページ目 それぞれの想い(アリウス編)
竜の庭にある、ユーランツリーが群生する森の奥深く。
土を掘り返し、好物の草の根を食むハイラビット。天敵はいないものだと思っているのか、余裕綽々の様子である。
だがその油断は、喰われる側である以上、決してしてはいけないものだ。
それを次の瞬間、ハイラビットは身をもって思い知ることとなった。
カサッ
草が擦れる音をハイラビットの耳はとらえた。
しかし、すでに遅い。
ジャクッ
翡翠色の鋭利な爪は、ハイラビットの首筋を静かに切り裂く。
鳴き声もせず、小さな命は消えた。
「よし、上手くなったなシャディ」
「ピ……ガウ」
アリウスの賞賛を聞くと、シャディは得意げに唸って見せた。
このコンビは今、森に狩りへと来ていた。
というのも昨夜、コノハが夕食を作ろうと保存箱を開けたところ、
「あ、あれ? 肉が……無い!?」
どうやらシャディの成長に、とうとう肉の在庫が追いつかなくなってしまったらしい。
そこで、肉の調達、そしてシャディの狩りの練習をしに森へ潜っているのだ。
最初は決して上手くはなかったが、回数を重ねていくうちにメキメキと才能が開花していった。
元々、ゼオ・ライジアは雛の時代から狩りの練習を行わせる教育熱心な習性がある。シャディくらいでは既に、中型の草食動物を狩れるほどの力はあるはずなのだ。
しかし、まともに飛ぶことすら未だ出来ないシャディにそれを強いるのはあまりにも苦だ。騎士が剣術を学ぶように、根気強く教える他ない。
「……にしても、腹が減ったな」
「ピィ…………」
陽も既にアリウス達の真上に位置している。
「飯にするか?」
「ピガァウ」
賛同するようにシャディが一声。
アリウスは苔むした倒木に腰を下ろし、リュックの中から様々なものを取り出す。
コノハから預かった鉄の鍋と小道具。何故それをアリウスが持っているのかというと……
「たまにはアリウスも料理してみてください」
「いや俺やったことな……」
「私のメモ帳と調理器具貸しますからやってください! 絶対役に立ちますよ!」
「うぅん……」
「イ イ デ ス ネ?」
「はい」
とまあ、そんなことがあったためである。アリウスは少々考えていた。
「スープ? いや素揚げ? いっそ、シンプルに焼くか? ……ていうか、食材は?」
どこから手をつければ良いのか分からない。こんなにも難しいものだとは思いもしなかった。
改めて、コノハの苦労を身に染みて感じる。
自分だったら、三日と持たないだろう。
「ど〜したもんか……ん?」
ふと、ドスンという重い音が聞こえた。思えばシャディの姿が見当たらない。アリウスは辺りを見渡す。
「ピィィ」
「お、シャディ何処に……ん?」
戻ってきたシャディは、自身と同じくらいの大トカゲを引きずっていた。
背中には魚に似た背ビレが並んでおり、生え揃った牙はまるで鮫のように鋭い。四肢は大きく隆起しており、その尾は太く、そして短い。
「シャークサラマンドラか。中々の大物だな」
シャークサラマンドラの性格は獰猛なのだが、流石は飛竜の子。シャディには目立った傷はない。
「じゃ、やってみるかな」
アリウスはシャディからトカゲを受け取り、調理を始めた。
まずはナイフでシャークサラマンドラの首と尾を落とし、近くを流れる小川に沈めて血を抜く。
そして腹を切り開き、内蔵を取り、綺麗に洗う。皮は意外に分厚いので、ナイフを用いて丁寧に剥いでいく。
シャークサラマンドラの肉は、まるで魚の白身のようだった。
「……っと。よし、腕は落ちてないな」
アリウスは一人ほくそ笑む。故郷の集落はよく狩りを行うので、必然的に解体なども習得していたのだ。
そして、シャークサラマンドラは皮、肉、骨に分割された。
「えっと……お、これなら」
アリウスはメモ帳めくっていると、とあるページに目を留めた。
マッチを使い、即席の焚き火に火をつける。
まずはシャークサラマンドラの肉を適当な大きさに切り、それを鉄鍋の中へ入れる。油を敷いていないが、シャークサラマンドラの肉から脂が溢れ出すので問題ない。
表面がきつね色になり始めたら、コノハから借りた〈特製ソース〉と砂糖を加え、こんがり焼き上げる。
「こんなん……かな?」
完成。シャークサラマンドラの照り焼き。
これだけでも十分いけそうだが、まだ肉が余っている。
「じゃあ今度は」
アリウスは小さな鍋を取り出すと、水筒の水を注いで火にかける。
シャークサラマンドラの背ビレをスープの出汁にし、その中に火を通したシャークサラマンドラの肉、乾燥野菜、そして塩をひとつまみ入れる。
完成。シャークサラマンドラのスープ…………と言って良いのだろうか?
「ま、まぁ良いだろ……うん」
出来上がった料理を器や皿に盛る。
こうして見ると、確かに美味そうに見えるのだが…………
色合いが地味に見える。
「……見た目って、大事なんだな」
「ガゥ! ガァウ!」
「分かった分かった、そう急かすなよ。じゃあ、いただきます」
まずはスープに口をつける。
「なんか、脂っぽいな。味はまあまあなんだけど……」
「ガゥ…………」
どうやらスープとはあまり相性が良くないらしい。脂がスープに溶け出して、少ししつこい感じになっている。
それでもアリウスは嫌いではないが。
「じゃあ照り焼きは……」
アリウスとシャディはほぼ同時に口に入れる。
「あ、これは美味いな」
「ピィィガァウ」
きちんと焼いた分、余計な脂が落ちてスッキリした舌触りになっている。歯応えのある食感はアリウスの好みな具合だ。
だが味の良さは、間違いなくコノハのソースのおかげだ。丁度良い甘じょっぱさは、簡単には作れないものだろう。
「しっかし……」
アリウスは料理を食べながら、しみじみ感じることがあった。
「楽しいな、意外と」
昔から食べることに興味はあったが、作ることには全く興味が無かった。
だが今回ようやく分かった。コノハがあれだけ熱中する理由が。
「……今度、教えてもらうかな」
コノハが好きな料理を、いつか食べて貰いたいものだ。
その時彼女は、どんな表情をするのだろうか。
そんな想いが、空を覆う樹木の葉へと融けていった。
続く




