169ページ目 生きて帰る為に
朝日が昇り始める。
レオズィール城へ向かう路に、多数の騎士達が整列する。ここから各々の役割に合わせた路へ向かう事となっている。
持ちうる時間で最大の戦力を整えた。後は死力を尽くすのみとなっている。
そしてヘリオスには、戦いへ赴く前にやらなければならないことがある。
「この戦いには」
一刻を争う中、それでもヘリオスは騎士達へ言葉を贈る。
「世界と、この地に生きる生命全てが掛かっています。そしてその為に、この場にいる皆の命を、賭けて貰うことになります」
騎士達はただ黙って彼女の言葉を受け取る。あの禍々しい存在と戦う事を選んだ者達の眼が、兜の中からヘリオスを見つめる。
「私はあの時、自ら王となる事を棄てました。皆を率いる資格も、素質も、私にはありません。それでもここに立ち、こうして言葉を紡ぐのは」
彼女の言葉はこの場にいない者達にも。各地に出現した竜の樹から人々を救いに向かった騎士、そしてディーヴァエノスを討つべく役割に殉じる仲間にも、届く様に空を駆ける。
「この世界に生まれ、息吹く一つの生命として……また、共に生きる事を願う者として! 皆と並び、戦い、最後まで生き抜く為です!!」
ヘリオスは、そして騎士達は、静かに武器の柄を握り締める。祈る様に、誓う様に。
「今この時だけでも良い! 種族も因縁も乗り越えて、この厄災を討ちましょう!! ユーラン・イルミラージュに生きる生命の輝きを持って!!」
勝鬨は上げない。静かに息を呑む、僅かな仕草のみ。奪い、得る為の戦いではない。
未来を生きる為の戦いなのだから。
「舞台は整ったか」
グラウブの眼は文字通り全てを見ていた。各地へ放った邪竜の樹を通し、動向を伺っていたのだ。
(騎士団側の戦法は大方予想通り。対城兵器と遠距離兵装を中心とし、それらを白兵で防衛。未知の存在に対しては手堅い戦い方で向かうしかないか)
騎士団の戦い方は理解している。その対処は容易い。グラウブが懸念しているのは、別の要素についてだった。
(問題は、アリウス・ヴィスター達がどのような動きを見せるか。神剣は未だ彼等の手の中にある。この力に対処できる方法も恐らく存在するだろう)
騎士団を利用して時間稼ぎを行い、その間にグラウブを神剣の力で討つ。具体的な方法までは予想が付かないが、それが唯一の勝ち筋だという事は理解していた。
(直接こちらを狙う動きは見えない。ということは妙な動きをしているのだろうが……私も監視以上の対処は出来ない)
グラウブの瞳が怪しげな光を放つ。同時に、今まで沈黙を守っていた邪竜達が一気に騒めき出す。
「まずは斬り込む。動き方を見て、都度作戦を考えよう」
地を歩き、這い、空を飛び、邪竜の群れは騎士団を目指して進軍を開始する。
そして刻を同じくして、
「おい……樹に生えた竜が……!」
「伝令急げ!! 残っている民間人の避難を急がせて、戦闘準備に移るんだ!!」
各地に根差した邪竜の樹。それに実った竜達が一斉に震え出したかと思うと、地面へ落下。熟した実の内の種子から芽吹く様に、翼や巨椀、大牙を生やし、小さく痙攣しながら立ち上がろうとしている。
「本当にやれるのかよ……!?」
「最悪民間人を避難させたら街を捨てて撤退してもいい! やれる限りはやるぞ! こんなところで死にたくない!」
その様子は竜の庭へ辿り着く道中でコノハの目に入っていた。だが今は、信じて自らの役目を果たすしかない。ユーラン・イルミラージュに生きる全ての生命を信じて。
「ではお嬢様、後は手筈通りに」
「うん、ありがとう。よろしくね、クルムちゃん」
神剣、そして自分の杖剣を胸に抱え、コノハは丘の上の木へ向かう。
黙って見送る事が従者の責務だ。それが分からないクルムではない。だが、これがもし、最後の会話になってしまったら。
「お嬢……コノハちゃ……っ」
せめて最後にもう一度声を聞きたい。従者としてではなく、友人として。それでも呼び止める声を呑み込んだのは、きっと声を聞いたら送り出す事が出来なくなってしまうから。
その時、コノハはまるでそんなクルムの胸中を分かっていたかのように振り向く。
胸に下げたブローチ。クルムから託されたそれを、自らの笑顔と共に見せた。
── 必ず帰って、返すから。クルムちゃんの大切なもの ──
「っ……」
ここで涙を流す程、クルムは甘えた心を持ってなどいない。小さく微笑み、その姿を振り切るように踵を返す。
その手に杖剣を握り、創生樹へ向かうコノハの背を守るべく。
続く