11ページ目 君との距離感、掴めない
「へぇ、そんなことがあったんだねぇ……」
「そうなの。それで、あれ以来……」
「ギクシャクしてると?」
「う、うん……」
しょんぼり項垂れるコノハを、ヨシヨシ、と撫でるレンブラント。
アリウスとコノハは薬や調味料を売りにレンブラントの萬屋を訪れたのだが、何故か途中から二人の井戸端会議へと発展。
アリウスは何故か離れてろとレンブラントから言われてしまい、仕方なく物置を見学している。
「ア、アリウスに話しかけようとしても、ね、あのあのあのこと思い出しちゃって、そのその……」
「狼狽えすぎだよアンタ……」
慌てふためいて何を言っているのか分からなくなっている。コノハは目をクルクルさせて更に捲したてる。
「だだだだってだって、色々あって、それで私も何言ってるか分からなくなって、き、気づいたらアリウスに、ギギギギギューッ、ギューッてーー」
「分かった、分かったから落ち着きな?」
このままでは頭が発火してしまいそうだったので、レンブラントは制止する。こういうことで悩んでいるケースは初めてなので、何が起こるのかは全くの未知数だ。まるで、爆薬が詰まった箱の様。
ここは、コノハの爆弾を作った要因に折檻の一つでもしなければ。
「アリウス、こっちに来な」
「ど、どうしたレンブラント……?」
明らかに顔と声の雰囲気がいつもと違う。アリウスはそれを感で察したが、大人しく従う。早くもアリウスは、自分が何かやらかしたのかと思考を巡らせる。
レンブラントがミントシガーに火を灯す。フンワリ、爽やかな煙が宙に浮く。
「率直に聞くよ。アンタ、コノハに何やらかしたんだい?」
「……いや、何も?」
「ハッハー、あくまで白を切る気かい? 正直に話しな、コノハが可哀想だよ」
「正直も何も、本当に何もしてねぇよ」
「ハァ……。コノハ曰く、ギューッてされたらしいよ。おかげで、ウブなコノハちゃんは今面倒臭くなってんのさ。距離感ガー、てねぇ」
「ああ…………あぁっ!?」
アリウスはようやく思い当たる出来事を思い出したが、即座に首を横に振る。そのせいで頭で眠っていたシャディが勢いよく射出された。
「違う違う! アレはコノハに無茶させないように言ったら、泣いて抱きついたからで……振り払うのも変だろ?」
「フーン」
必死の弁解を、素っ気ない返事で一蹴される。だが、不意にレンブラントはニヤリと笑う。
何故だろう、もの凄く嫌な予感がする。コノハが時折纏う、黒いオーラのそれに近いものを感じる。
そして、アリウスのその感は的中した。
何か柔らかいものが腕に当たる感触がしたと同時に、レンブラントの顔が眼前にあった。
「レ、レンちゃん……!?」
「おまっ、何のつもりだ!?」
アリウスとコノハの声がユニゾンする。するとレンブラントは不敵な笑みを崩さず答える。
「いやぁね、本当にこうして抱きつかれても同じ言い訳出来るかな、って思ってね」
「言い訳ってお前な……って近い近い!」
「あれぇ? 振り払うのは変だよねぇ? 私もさ、独り身で寂しいんだよ。良いだろう?」
「何バレバレな嘘ついて……うぐ……!」
互いの顔の距離は、既に鼻が触れ合いそうな距離にあった。その細い瞳にアリウスの瞳が映り込み、吐息が微かに感じられる。何の香りだろう。若草のようにスーッとする。
視覚、聴覚、触覚、嗅覚。四つが今、レンブラント一人に埋め尽くされている。味覚は無事……とはいかない。
何故ならこの距離。レンブラントがその気になれば確実に口づけが成立する。
「アリウスは…………嫌?」
「嫌っていうか、嫌とかそういうことじゃないような……」
「満更でもないってことかい?」
「あ〜、それは……」
「そこまでぇぇぇぇぇぇ!!!!」
上ずった叫びと共に、モップがアリウスの側頭部に直撃。
「フンモッフ!!」
モップの長い毛で口が塞がれて謎の声をあげ、床に伏した。
レンブラントが横を見ると、顔が熱された鉄板の様に真っ赤なコノハが肩で息をしていた。
「やっぱりアリウスも身体なんじゃないですかっ! レンちゃんにちょ〜っと誘惑されたくらいでデレデレして! 私だって、私だってもう少ししたらレンちゃんに負けないくらい大きくなってーー」
「ふぉっふまふぇ、いっふぁいふぁふぃふぃっふぇふ!(ちょっと待て、一体何言ってる!)」
容赦なくモップをグリグリねじ込むコノハは涙を目の端に溜めている。アリウスはモップの毛によって息が出来ず、目の端に涙を溜める。
それを見たレンブラントは大笑いした。
「うん、アンタ達のいつもどおりが戻って私は嬉しいよ。いやぁ良かった良かった、あのまま本当になったら危なかったよ」
「ふがっふ……。全くだよ、誰が齢百歳越えの奴とーー」
「あ”んっ!?」
「グフッ!」
モップの脅威が去った矢先、今度はレンブラントの足が腹に直撃。同じようにグリグリとねじ込まれる。
「誰が齢百歳越えだって!? この美肌見ても同じこと言えんのかい?」
「でも百歳は事実だーーモガッ!」
「レンちゃんにも歳の事言いましたね! もう許せません、モップ成敗!!」
エルフのストンプ攻撃に、ドラグニティのモップ攻撃。
二つをモロに受けたアリウスはあえなく昏倒した。
「もう、アリウスったら……ブツブツ」
「本っ当、仲良いねえ」
未だグロッキー状態のアリウスの背をさするレンブラントが苦笑する。コノハは振り払われ気絶しているシャディの頭を撫でていた。
「というか、レンちゃんもレンちゃんだよ。もしその……キスとかしちゃったらどうするの?」
「…………悪くない、かねぇ」
「え……?」
コノハはレンブラントに違和感を覚えた。
いつもなら何かしら冗談で返す筈なのだが。
というか、コノハには照れたような表情に見えるのだ。
「レンちゃん、まさかアリウスの事……」
「な、なわけないだろう!! お、お芝居だよお芝居、ハッハッハ……」
「…………ま、まあ、別に? レンちゃんがアリウスの事どう思ってても私には関係無いけど? で、でもお友達同士でっていうのは私の立ち位置がーー」
ガチャッ
突然話の腰を折ったのは、来客の音だった。
だが様子がおかしい。コソコソとした話し声に混ざって、ガシャガシャと金属の音が聞こえる。
「レンちゃん、まさか……」
「コノハ、私の後ろに! てかアンタもさっさと起きな!!」
「オウッ!? 何なんだよお前……」
そして直後、鎧を身につけた者が二人入って来た。
騎士だ。
まるで物色するように周りを見渡す。何かを探しているようだった。
「……いらっしゃい」
レンブラントは警戒した様子で告げた。言葉とは裏腹に歓迎している雰囲気は皆無。
だが騎士達はレンブラントに目もくれず、真っ直ぐアリウスの元へ歩み寄る。
「アリウスさん、カリス騎士隊長の命によりお迎えに参りました。さあ、我々とレオズィールへ戻りましょう」
「あぁ? カリスの野郎がなんで……?」
「この街にて姿を見たとの現地の騎士からの報告にて。カリス隊長は地理に詳しく、こうして迎えに参る事が出来ました」
自分はあの時死んだと思われていた筈だったが。だが、奴なら馬鹿正直に生きていると信じていてもおかしくない……か。
アリウスはそう心の中で独白する。
「……そうか。それじゃあ……」
レンブラントはふと、自分の背中に振動を感じた。振り返ると、コノハは震えていた。
「アリウス……帰っちゃうんですか……?」
それを聞いた瞬間、レンブラントは理解した。アリウスを注視する。
もしこのままコノハを置いて行こうものなら、力ずくでも止めてやる。レンブラントは手のひらを両腿から浮かせ、いつでも掴めるように備える。
アリウスは口を開いた。
「俺はいなかった、ってカリスに伝えてくれ。頼んだ」
それを聞いた二人の騎士は唖然とした。
「何を言っておられる!? 貴方は騎士団に必要な方だ、どうか我々とーー」
「言った筈だ、俺は戻らない」
「…………ならば力ずくでも連れて帰ります」
二人の騎士は静かに腰のサーベルへ手を掛ける。だが抜刀しない。もちろん、コノハやレンブラントがいることもそうだが、
「どうした? 来ないのか?」
「……くっ!」
アリウスの目は、「剣を抜いたら容赦しない」と告げていた。丸腰だが、下手をすれば本当にやられかねない。
あの、アリウス・ヴィスターなら。
意を決したように騎士の手が動いた。
「そこまでだ」
響き渡る声。声を聞くと、騎士達はビクリとした後に流れる様に手を引き、後ろへ下がる。
すると、店の扉から一人の青年が現れた。
ブラウンのフンワリとした髪、背はアリウスと同じくらい高い。マリンブルーの瞳は厳しく細められているが、それでも優しげな雰囲気を醸し出している。
「カリス……」
「…………生きて、いたね。アリウス」
続く
???「ダリナンダアンダイッダイ……?」
という訳で11ページ目でした。新たなキャラ、カリス君とアリウスの因縁は……?
カリス君はアリウスとは違う、優しい正統派イケメンです。……え、アリウス? 無愛想鈍感系クソ真面目イケメン、ですかね?
それでは皆さん、ありがとうございました!




