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99ページ目 野営も楽しくいきましょう

 

 ヴィルガードを出た一行は、ハーヴィンから渡された地図を頼りに進む。

 最初こそはある程度整備された道だったのだが、やがて小石や枝、落ち葉の量は増えていく。そして小石は岩、枝は倒木へ変わり、完全に森の様相を見せていた。

「おい、地図の意味あるのかこれは」

「ハーヴィン、普段からワイバーンに乗って移動してるからもしかして……」

「じゃあこれ陸路は想定してないんじゃねぇか。おっちょこちょいか彼奴」

 溜息を吐くアリウス。地図を見ながら道を決めて歩くコノハも苦労している様だ。

「でもでも、私は楽しいですよ! 冒険みたいで!!」

「お前は今まさに冒険の真っ最中だろ」

 呑気に笑いながら歩くヘリオス。険しい道のりだがあまり応えている様子はない。

「カリス、今までにこんな道歩かせたのか?」

「そんなわけないじゃないか。なるべく手入れがされた道を通ってたよ。怪我させるわけにはいかない」

「過保護だな」

 しかしそんな2人の話などいざ知らず、ヘリオスはどんどん歩みを進めていく。先導しているコノハを追い越しそうだ。

「コノハさん、お疲れではありませんか?」

「へっ? いや、えっと……」

「歩く速度が落ちている気がしまして。よろしければ背中をお貸ししますが」

「ん〜…………お借りします」

「お任せあれ!」


 身を屈めたヘリオスの背にコノハがおぶさる。軽々持ち上げると、再び険しい道を踏破していく。


「まずいな。案内役と進撃姫が合体した。進む速度が上がるぞ」

「勘弁してよ」



 そんな一幕もありつつ、日が沈み始める頃。



「ん? ……んん?」

 鼻を鳴らし、顔をしかめるコノハ。シャディも同じ様な反応をしている。

「どうかなさいました、コノハさん?」

「ちょっと匂いがします。……卵?」

「え? …………本当だ」

 少し進むと、アリウス達の鼻にも不思議な匂いが届いた。少し不快な、それでいて心地よさも感じる妙な香りだ。


 しばらくすると、目の前に泉の様な水溜りが現れた。もう冬が明ける頃だとはいえ、凍っている様子もない。

 奇妙な泉を前に首を傾げるカリスとヘリオスだったが、アリウスとコノハは違った。


「あぁ、温泉か」

「温泉ですね」

「温泉?」

 手で泉の水を掬い上げ、アリウスは納得した様に頷く。

「こんな森の中にもあるんですね」

「俺は子供の頃、住む場所を移るために移動してる時に森とか山で見つけたな。温かいし身体にも良い。理屈はよく分からないが」

「なんだか分からないのに使ってたの君達」

「先人達の教えだ」

 アリウスは辺りを見回し、安全を確認。温泉を飲みに来た小さなワイバーンがいるくらいで、こちらを襲う様な生き物は今のところいない。


「ここで野営にするか。これがあるってことは地面も他よりは温かい。少しは寒さもマシになるだろ」

「……うん、日も沈み始めてる。僕は賛成。お2人は?」

「私も賛成です」

「分かりました」

 かくして一行は野営の準備に移る。


 アリウスとカリスは寝る為の簡易的なテントを張り始める。コノハは小さな調理器具を出し始めて料理の準備。ヘリオスは焚き火用の石を並べ、シャディと隊長ゴーレムが枝を集める。

「よし、後は火を点けるだけですね」

「あ、待ってください」

 火打ち石を取り出すヘリオスだったが、コノハが先に枝へ指を向ける。

「これくらいは……えいっ」

 火花が弾け、火が立ち始めた。

「わっ! 詠唱も無しに!?」

「ま、まぁこれくらいは……」

「凄いです!」

「え、え〜、え、えへへ…….」

 満更でもなさそうにニヤけるコノハ。遠巻きにそれを見ていたアリウスは噴き出した。

「そんなに嬉しいのか……」

「誰だって褒められたら嬉しいさ」

「そういう意味じゃ、あのお姫様は天才かもな」

「姫は武芸も学問も優秀らしいよ?」

「人たらし的な意味な。こればかりは持ってるものだよ…………おっと危ない、忘れるところだった」

 そこでアリウスは、コートのポケットから瓶を取り出した。中には紅い粉末が入っている。

「何それ?」

「念の為の獣避けだ。周りに撒いておけば一夜くらいは安心して眠れる」

「成る程。何が入ってるの?」

 カリスが尋ねた途端、アリウスは苦い表情を浮かべた。

「クグロドの実、ハシリウオの内臓、ユーランペッパー、スライムの絞り汁、シャディの糞…………を混ぜて乾燥させたもの」

「えぇ……」

 カリスの顔も歪む。視線を逸らした先では、シャディが地面で眠りに就いていた。



 そうして野営地は整い、次は料理を作る時間。しかし問題はここで発生した。


「…………絶対足りないな、食材」

 カリスが深刻な表情で食材が詰まった袋を睨んでいた。

「は? 何でだ、こんだけあれば4人でも何日かは余裕に見えるんだが」

「足りないんだ……これだと明日の昼にはなくなる。ねぇ、ヘリオス姫?」

 話を振られたヘリオスは、知らん顔をしながら宙へ視線を逸らす。

「育ち盛りなんです。お許し下さい」

「もういい大人だろ。悪いがどれだけ大食いだろうと我慢してもらうぞ」

「うぅ……」

 準備をしながら肩を落とすヘリオス。


 そんな中、料理が始まる。


「今日は何を作るんですか?」

「あまり凝ったものは作れないので、串焼きとスープを作ります」

 調理鍋に水、キノコ、スライムの干物を入れ、焚き火の中央へ。

 待っている間、肉や魚、野菜を一口サイズに切って串へ通す。

「……じゅる」

「何で焼く前から涎が出てんだよ」

「あ、失礼しました! はしたない……」

 食いしん坊な姫君に呆れつつも、アリウスは作業を続ける。

 側では隊長ゴーレムが火の面倒を見続けている。器用に枝の位置を調整して火が一定の大きさになるよう調整しているのだ。指の様なものは見当たらないのだが、どのような仕組みなのだろうか。

「串に刺したものにはこれをかけて、焚き火の端に立てて下さい」

 コノハがカリスに手渡したのは粉が入った瓶。アリウスが持っていた獣避けを思い出して一瞬震えたが、そんな雑念を捨てて振りかける。

 火の側に置くと、先程の考えが消えてしまうほどの良い香りが。

「これは……!」

「何にでも合う魔法のスパイスです」

「一体何を使ってるんですか?」

「秘密……っていうのは半分冗談で。物凄い数の素材が入ってるので私も正確には覚えてないんですよ」

「え、じゃあどうやって……」

「手が覚えてます!」

 格好つけた笑みと共にコノハは言い放った。しかしカリスは素直に感服し、アリウスへ耳打ちする。

「凄いね、コノハさん」

「凄そうには見えないけど凄いんだぞ?」


 そして仕上げに、煮立ったスープへ同じ調味料を加えて、

「はい、スープが出来ました! よそいますね」

 と、いの一番に器を差し出したヘリオス。目を大きく開き、輝かせながら待っていた。

「ん……しょ、はい、串焼きは焼けた順からどうぞ!」

「はい! では早速スープの方を……んっ!?」

 肩が震え、口を真一文字に結ぶヘリオス。

「あれ、お口に合いませんでした?」

「ち、違いまふ……美味しい……!!」

 するとどうだろう。豪快にスープと具を一息のうちに飲み干してしまった。

「おかわりをお願いします!!」

「美味いなら味わって食え」

「良いですよ〜。育ち盛りですもんね」

 コノハは嬉しそうに受け取り、再びスープを器に入れ手渡す。

「カリス、食事マナーは?」

「別に今は良いんじゃないかな?」

「…………それもそうか」

 むしろはしたないから食べられない、などと言われるより何倍もマシだ。


 アリウスは昔、摂政大臣と貴族達の食事の場を護衛した事があったが、美しいばかりで量は少なく、その癖ほとんど食される事はなかった。彼らにとって料理は芸術であり、交流の場を彩る脇役なのだろう。

 どうやらヘリオスは貴族達よりも、自分達に価値観が似ているようだ。


「あぁ〜、串焼きもおいひいれふ〜!」

「喜んで貰えて良かったです。お口に合うかだけが不安で……」

「お城の料理に引けを取りませんよ〜! 宮廷の料理人にスカウトしたいですが……」

 そこでヘリオスは一瞬、アリウスの方を見る。

「先約がいるのでは仕方ありませんね」

「先約……っ、えっと、はい、先約が、あるので……!」

 器で顔を隠すように、コノハもスープを飲み干した。



 食事が終わり、片付けが終わった。


 アリウスとカリスは焚き火の番をしていた。コノハとヘリオスの姿は無い。

「そういえば2人はどうした?」

「温泉に入ってくるってさ。姫様がどうしてもって」

「随分楽しそうだな」

「良いじゃないか。僕達が経験した遠征なんて辛い事しかなかったし。旅が楽しいのに越したことはないと思う」

 火を見つめながら語るカリスの目は、哀しげな色が煌めいていた。アリウスも過去に想いを馳せる。

「遠征での知らせなんて、誰かが死んだとかそんな事ばかりだ。敵味方問わずな。得た成果は俺達には知らされないし、大体関係がない」

「でもたまに、現地の人達と仲良くなったりもあるし。悪いことばかりってわけじゃないけどね」

「知り合った奴等とは、もう会わない事がほとんどだ」


 アリウスの言葉が誰の事を指しているのか、カリスは察していた。あの時、魔剣の回収任務の時。


「……話は変わるけどさ。よく付き合えたね?」

「は?」

「コノハさん。はっきり言っちゃうけど、あんなに良い人が君の恋人になるなんて今でも信じられない」

 焚き火が小さくなり始める。アリウスは誤魔化すように枝をくべ、中を弄る。

「俺が一番信じられない。俺はコノハの事が好きだったのは確かだ。でもコノハは俺の何処が良かったのやら……」

「何か言われなかった? 何処が良いだとか」

「…………」


 ── 大好きです!! 優しいところが、不器用なところが……!! ──


 不意にあの時の言葉と顔を思い出し、心臓が跳ねた。側にあった水筒の水を飲もうとしたが、焦るあまり噎せてしまった。

「うごっ!? ゲッホ、ウェッ、ゲッホ!!」

「いやちょっ、何してるんだよ君は!? 焚き火が、焚き火が消えるって!!」

 慌てて火の位置を調節し、何とか死守する。カリスはほっと息を吐きつつ、アリウスの背を叩く。

「焦るって事は、ちゃんと言われてたって事か」

「あぁ……しっかり言ってた」


 自分の何処が良かったのか。そんな事を考えるのは止めることにした。


 あの目と言葉に嘘はない。そしてそれを思い出す度、心臓が跳ね上がってしまう。


 十分だった。




「あったか〜!」

「気持ちいい……」

 コノハとヘリオスは肩まで浸かり、力の抜けた声が夜空に溶ける。

 泉は乳白色で、周りが森だというのに落ち葉や枝はほとんど浮いていない。立ち昇る湯気の匂いも癖になる。

「こんな場所があるなんて……」

「確かに森の中にあるのは珍しいです。基本的に温泉は火山の近くや洞窟にあるので」

 ヘリオスが手の平ですくい上げると、僅かに粘度がある湯が隙間から零れ落ちる。それを興味深そうに見ては、微笑んでいた。


「それにしても……」

 コノハは横目でヘリオスを観察。


 張りのある肌は女性らしく、しかしその下には美しい筋肉が見える。普段の服装では分かりづらいものの、想像以上に胸も大きい。その身体つきも気高く、高貴なものだ。


 それから自分の身体を改めて観察。背は低く、筋肉は少なくふにふにと柔らかい。加えて胸は慎ましやか。


「ぐぬぬぬ……」

「ど、どうかなさいました?」

「……ヘリオスさんは、普段何か特別なことはしているんですか?」

「ん〜、特別なこと。旅の間も剣の稽古と本を読むことは続けていますが、これは特別でも何でもないし……」

「剣の、稽古……それ、それです!」

 コノハはヘリオスの肩を掴み、声を上げた。

「私も剣を練習すれば、ヘリオスさんの様になれますか!?」

「わた、私の様に、とは?」

「ヘリオスさんの様に、美しい、ナイスバデーに、です!!」

 目を見開き、鼻息を荒くする。あまりの剣幕にヘリオスの頭の中は真っ白になる。

「あ、あのー、どうしてですか?」

「えっ!? ……あ、えっと…………」

 そこでやっと冷静になったのか、コノハはヘリオスの肩から手を離した。


「……自分に、その、自信が、無くて」

「自信……?」

「周りは綺麗な人ばかりで……アリウスが、いつか知らない誰かに取られちゃうかもって……最近そんな事ばっかり頭に浮かぶ様になって……こんな事、今までなかったのに……」


 いつもの元気な声はすっかり落ち込んでいる。その様な悩みを抱えている自分に対して自己嫌悪しているのが、深い溜息の中に表れていた。

 それを聞いたヘリオスは少し難しい顔をした後、この様に尋ねた。


「アリウスは、コノハさんが心配するほど移り気が激しいんですか?」

「へ? そ、そんな事ないですよ!」

「なら今は心配する必要なんてないかと。多分ですけど、今のアリウスはコノハさん以外の女性に対してあまり興味なさそうですし」

「う、うぅ……で、でも、分からないじゃないですか……」

「では聞いてみてはいかがですか?」

 今度はヘリオスがコノハの肩を抱く。

「愛の確認は大切だと聞きます。恋人でも、家族でも」

「愛の、確認」

「自信を持って下さい! 貴女は気立てが良くて優しくて可愛らしい女性です。同性の私ですら、アリウスが羨ましいくらいなんですから!」

「う、うぇ、ふぇ……!!」


 褒め称える言葉の連続に、コノハの体温は急上昇。のぼせない様に岩場に半身を曝け出した。

「だ、大丈夫です? のぼせない様に……はっ!?」


 その瞬間、ヘリオスの目が見開かれた。


「コノハさん……!」

「は、はい……?」

「なーにが自分に自信がない、ですかぁ……!?」

「へ……? ヘリオスさん……目、怖……」



「こんなに女の子らしい可愛い身体つきしておいて、何で自信が持てないんですかぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

「ふぁぁぁぁぁぁっっっ!!?」



 夜空に叫びが木霊し、湯の中で暴れまわる2つの水音がしばらく続いたのだった。



続く

次回、ドラグニティズ・ファーム、


「血濡れた魂」


貴方達2人の魂には、血が染み込んでいる……。

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