96ページ目 四竜の秘密を教えましょう
昔々、まだ世界が白紙だった頃。
世界と共に生まれた創生の竜、ユーラン・イルミラージュがおりました。
美しい白一色の世界、それをユーラン・イルミラージュは虚しいと感じます。もっと沢山の色で溢れて欲しい。そうした願いから、彼女は世界を彩る事に決めました。
まずは白色の世界を自らの身体で囲い込み、そこから平坦な大地を創り上げました。しかしそれではつまらない。
ユーラン・イルミラージュは大地を盛り上げ、火山を創りました。そして火山を噴火させ、大地に起伏をもたらしました。
あとはこの世界で暮らす、生命が必要です。彼女は揺籠となる場所、海を創り上げます。そして生命の旅立ちを助ける為、世界を空気と風で満たしました。
しかし、生命はいつまで経っても生まれません。広い世界の中、ユーラン・イルミラージュは寂しくなりました。
するとどうでしょう。彼女から零れ落ちた涙が大地に落ちると、小さな小さな草花が芽を出したではありませんか。瞬く間に乾いた大地に緑が並び、世界は青く潤っていきました。
驚く彼女を尻目に、海に沢山の魚達が現れ始めました。空を飛ぶ鳥達、野を駆ける獣達。そしてその大地を踏みしめる、ユーラン・イルミラージュによく似た生き物。
竜。
彼女は安心しました。
自分が形作った世界は、これからは自ら彩りを加えていくのでしょう。
そしてユーラン・イルミラージュは疲れから、少しうたた寝をしてしまいます。
数百年の眠りの後、ユーラン・イルミラージュは1人の少女の声で目覚めました。
「貴女が、ユーラン・イルミラージュ様であられますか?」
少女はユーラン・イルミラージュが見た事のない生命でした。竜にしては鱗もなく、獣にしては2本の足でしっかり大地に立っています。
「私はレムリア。貴女様が創造された世界に生まれ落ちた、ヒューマンという種でございます」
『ヒューマン……そうですか、私が眠りについていた間に、そんな種が生を受けていたのですね』
「今はヒューマン以外にも、エルフ、ビースディア、ドラグニティ……私と祖を同じとする者達が大勢、この世界に根付いております。……しかし、今この世界は荒れている。大地は疲弊し、海は澱み、火山は怒り狂うように噴火を続け、風は暴風となって世界を荒らしておられます」
それを聞いたユーラン・イルミラージュは気がつきました。自分は世界を創ったまま、その管理を放り出して眠りについた事を。
『私は、世界を維持する責任を忘れていました。愚かしい事をしてしまった』
「それは違うのです、創生龍様。世界は美しいまま維持出来ていた。しかし、私達人間がそれを崩してしまったのです」
ユーラン・イルミラージュは事情を聞きました。全てを聞き終えた彼女は、レムリアへ1つの袋を渡しました。
「これは……?」
『私の力を宿した種です。これを世界の柱となる場所へ埋めてもらえませんか? そうすればまた、世界は再び安定します』
「間に合うのですか?」
『私がその間、世界を維持します。しかし貴女には辛い試練を与えてしまう事になります』
「……いえ。これは私達が行うべき償い。必ず成し遂げましょう。貴女様が安心して、眠れるよう」
こうしてレムリアという少女は旅立ち、世界を巡り、見事全ての種を植える事が出来ました。
種から生えた樹は、世界に再び活力をもたらし、生命はまた繁栄する力を取り戻しました。
ユーラン・イルミラージュは世界の再生を見届けると、また永い永い眠りについたのでした。そしてレムリアは創生樹を管理する為の4匹の竜を選び、ユーラン・イルミラージュに変わって創生樹を託し、また旅を続けたのでした。
「序章、めでたしめでたし。そして、ユーラン・イルミラージュ様から選ばれた竜のこそ、火の竜イフルヴェント、風の竜ジルフィウス、地の竜ファンガル、そして妾フィオディーネというわけじゃ」
長い昔話が終わる。
カリスは少し驚いた様子で、コノハはうとうととするフォンの頭を撫でつつも真剣に、ヘリオスは身を乗り出して興味津々に話を聞いていた。
そしてアリウスはというと、釣りを始めていた。
「って、この馬鹿者ぉぉぉ!! 何しとるんじゃアリウス!!」
「話長いから釣りでもしながら聞こうと」
「貴様が真剣に聞かんでどうする!? イフルヴェントの事を知らぬと聞いたから話してやったものを!!」
「イフルヴェントが誰なのかを聞いたのであって、お前達が生まれた時の話を聞いたわけじゃねぇ。ってか最後、ユーラン・イルミラージュじゃなくてレムリア姫に選ばれたんだろ、話を誇張するな」
「話の順序というものがある! これから妾達の役目を──」
「おっ、来た」
「話を聞かぬかっ!!」
すっかり釣りに夢中なアリウスを怒鳴り散らすフィオディーネ。そんな彼女を見た事がなかったのか、ネディエは口を開けたまま呆然としていた。
「ぐぬぬ……妾を竜の神と知っての愚行か……!」
「なんか、すみません」
「いやいや、コノハさんが謝る所じゃないですって」
小さく謝るコノハを止めるカリス。だがここで、フィオディーネに詰め寄る影が。
「話の続き、是非聞かせて下さい!」
「おぉ?」
フィオディーネの手を取るヘリオス。顔を間近に近づけ、目を輝かせる。
「じゃ、じゃが貴様が聞いたとて……」
「私、レムリア姫の伝説を小さい時からずっと聞いて育ちました。貴女はレムリア姫に会われた事があるのですよね!?」
「ま、まぁの……知ってはいるが……」
「是非、是非! お聞かせ願います! もちろん、貴女方四竜についても!!」
「そ、そうかのう!? そ、そこまで言うなら、仕方ない娘じゃなぁ……!!」
満更でもない笑みを浮かべるフィオディーネは、ヘリオスと共に話を始めた。
「コノハさん、竜ってだいぶ愉快なんですね」
「そう、ですね」
笑い合うカリスとコノハ。しかしそこへネディエが割って入る。
「愉快とはなんだ! フィオディーネ様は気高き竜、本来なら人間などと話す事すら……」
「でも、あれ……」
コノハが指差す先、仲睦まじく話し合う2人を見ると、ネディエは口を閉ざした。
「あ、あれはだな……!」
「はい、分かってますから」
「〜!!」
優しく微笑まれ、ネディエは顔を赤くして俯いてしまった。
と、フォンから微かな寝息が聞こえ始めた。起こさないように身体をどけると、代わりにシャディがフォンの頭を支え、枕を務めることを買って出た。
そんな彼に感謝しつつ、すっかり釣りに夢中なアリウスの顔を覗き込む。
「釣れてますか?」
「割とな。でも冬も終わりが近いし、そろそろハシリウオ達の季節が来るかもしれない」
「うっ、ハシリウオ……」
「まだ慣れてないか?」
「一生慣れませんよ、だって気持ち悪いですし……」
「ん? おっ、また釣れた」
「何が釣れました、って、ひぃっ!?」
コノハの目の前にぶら下がったのは、ハシリウオによく似た4本足の魚。飛び出した目玉がギロリとコノハを睨んでいた。
思わずアリウスにしがみつく。今度はそれに対しアリウスが戸惑う。
「待て待て! みんながいる前だぞ!?」
「いきなり目の前にぶら下げるからじゃないですかぁ!!」
急いでアリウスは後ろを振り返る。しかしカリス達は海の景色を眺めており、フォンは爆睡中。幸い目撃されてはいないみたいだった。
「まったく、見えないところでなら構わないが……」
「むぅ。元はと言えばアリウスの所為……」
「ほれほれ」
「きゃあっ!? もうっ! やめて下さいよ、やっ、ちょっと、いやっ、こらっ!?」
釣り上げた魚をぶらつかせる度に騒ぐコノハ。それが可愛いと同時にアリウスの加虐心をくすぐる。
この魚の名前はハネトビウオ。地上をスキップするように移動する、ハシリウオの近縁種である。味も食感もハシリウオに負けず劣らず良く、刺身が絶品。見た目が気持ち悪い事だけが欠点。
「さて、そこそこ釣れたし満足だな」
「はぁ、はぁ、まったくもう……!」
そばに置いてあった魚籃の中に放り込まれるハネトビウオ。既に魚籃はハシリウオとハネトビウオが詰まっており、コノハは震え上がった。
そんな2人を影ながら見学し、下らないやり取りに溜息を吐くネディエ。ここで彼女の腰に下げた、もう1本の剣の柄が輝きを増した。
普段戦いには用いないようにしている杖剣。その柄に嵌められた藍色の宝玉から発せられる光。
《ネディエ、今何処?》
「イヴ? 何の用だ、というか、お前のところのイフルヴェント様の所為で私達は──」
《なんかね、やばい気配がしてるの気づいてる?》
「当たり前だ。その気配の正体が創生樹の腕輪を奪ったんだと思っていたら、とんだ勘違いだった」
《それ、今凄い勢いで竜魂の谷に向かってるんだ。控えめに言ってかなりやばい》
「何だとっ!?」
《ってなわけで、久々に巫女同士集合! 他の巫女には伝えておいたから、よろしく!》
一方的に脳内に響く会話を切られる。
「何やら、緊急事態のようじゃな」
「フィオディーネ様」
「何、妾が送ってやろう。……というわけじゃ、皆の者、達者でな」
「えー、お別れー?」
いつのまにか目覚めていたフォンが寂しげに呟く。フィオディーネは笑いながら彼女の頭を撫でてやり、やがて足元から水が湧き出始める。
去ろうとするフィオディーネに、先程まで話を聞いていたヘリオスが急いで駆け寄った。
「フィオディーネさん……いえ、フィオディーネ様。またいつか貴女のお話、お聞かせ願いませんか?」
「ふむ、よかろう。貴様は勤勉な娘だしの。何処かの馬鹿たれと違って、な」
ニタニタと笑いながらアリウスを一瞥すると、フィオディーネは水流を纏って海へと飛び込んだ。
ネディエも後を追うように海へと向かう。と、その前に皆の方へ向き直り、深々と頭を下げた。どうやら彼女なりに責任を感じていたらしい。
が、アリウスに対してだけは礼をせず、そっぽを向いて船を去って行ってしまった。
「彼奴……」
「仕方ないでしょ、裸見たみたいなものだし」
「カリスさん?」
「あ、すみません。忘れます……」
そんな小さな、だが確かに忘れられない出会いと別れを経て、遂にヴィルガードの港に到着したのだった。
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム、
「巫女の集い」
一大事だ、集まるぞ!




