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95ページ目 創生樹の巫女

 

 アリウスの問いに答えることなく、青い騎士は体を閃かせ、船の手すりへ着地。荒れ狂う海のせいで大きく揺れる船の上で、一切よろめくことなく立っている。

 そこへすかさずアリウスは飛び込み、剣を振るう。しかし手すりのみが両断され、騎士は宙を舞い背後へ。そして間髪入れずに騎士の剣が振るわれる。

 蒼く美しい軌跡を描きながら、アリウスの首へ迫る。

「危ないっ、と!!」

 しかしその一撃を、横から割って入ったカリスが剣で受け止めた。

「すまないカリス!」

「身のこなしが並みじゃない! それに何処から来たんだ!? 船に潜んでいたのか!?」

「さぁな、そいつは本人に聞くとしようぜ!!」

 アリウスはカリスの肩を借りて大きく跳躍。鍔迫り合いを繰り広げている騎士へ飛びつき、身柄を抑える。

「さて、顔を見せて貰おうか……って、おぉっ!?」

 突如船が一際大きく揺れ、体勢が崩れてしまう。少し前まで遠方にいたシャグ・ジャギアーダが、いつの間にか船へ体当たりを加えていた。そのせいで騎士は態勢を立て直し、再びアリウスへ斬りかかる。

 船が傾いたことを利用し、滑ってこの攻撃を回避。急いで立ち上がると抜剣、揺れる船の中を獣の様に駆ける。迎え撃とうとする騎士だが、背後から迫る気配に気づき、大きく跳び上がった。その直後、突き出された剣が先程まで騎士が構えていた空を貫く。

「くっ、避けられた!」

「いや、これでいい!」

 騎士が跳び上るのを見たアリウスは、近くの貨物を足場に跳び、船のマストを駆け上がる。そしてマストを蹴り出して大きく飛翔。空中で自由に動けない騎士へ一直線に接近する。

「もらった!!」

 兜を狙った斬り下ろしが命中。兜に大きなヒビが入り、落下する。アリウスも空中で一度回転して態勢を立て直し、安全に着地した。

「……前々から思ってたんだけど君、本当にヒューマンなの?」

「今はそんなこと話してる場合じゃない! あの騎士は……!?」

 駆け寄るカリスに構わず騎士が落下した位置へと向かう。しかし再び大きく船が揺れ、全員の態勢が崩れる。

 その瞬間、アリウスの頭上を蒼い光が飛んだ。視線で追った先には、

「あ、え、きゃっ!?」

「コノハッ!!」

「動くなっ!!」

 初めて騎士が声を張り上げた。コノハの首を絞める様に羽交い締めにし、その手に携えた剣が彼女に向けられる。

「お前……!!」

「私の指示に従ってもらうぞ! そうすればこの女に危害は加えない!」

 ひび割れた兜の下から聞こえる声はくぐもっており、性別は分からない。コノハを人質に取られてしまい、カリスやヘリオスも下手に動くことが出来ない。

「……早く要求を言え」

「その腕に巻いた創生樹の腕輪を外せ」

「何でこれの名前を知ってるんだ?」

「いいから早く外せ!」

 騎士は激昂し、刃をコノハの首へ密着させる。刃と首の隙間から僅かに血が滲んでいる。

「ア、ア……リ…………」

「…………分かった」

 アリウスは創生樹の腕輪を外し、騎士へ見せる。

「次は?」

「それを私に渡せ。女と交換だ」

 頷き、アリウスはゆっくりと騎士へ歩み寄る。

 こちらをじっと見つめるコノハを安心させるように、アリウスは小さく笑ってみせた。

「心配するなよ、コノハ」

「おい、何故笑って……っ!?」


 アリウスは手に持った創生樹の腕輪を、騎士の向こう側、海へ向けて投げた。


 それに一瞬気を取られた騎士の隙を突き、ヘリオスが一気に接近。

「貴様ら……!!」

「せやぁっ!!」

 突き出される剣を前にして、騎士はコノハの首を搔き切るよりも防御を優先。コノハの体が解放されると同時に剣同士がぶつかり合う。

 しかしヘリオスはもう1本を抜剣。騎士の剣を弾き飛ばし、そのまま柄頭で騎士の頭を打ち据えた。破片を散らし、遂に兜が砕ける。

「この……!!」

「ウガァウッ!!」

 よろめいた騎士へフォンが飛びつき、そのまま力任せに床に押さえ込んだ。さしもの騎士もビースディアの怪力を前に歯が立たず、もがくことすら出来ない。

「離せ、離せっ!! 創生樹の腕輪を盗んだ侵略者共が…………うぐっ!?」

 暴れる騎士だったが、カリスによって両肩の関節を一瞬で外され、遂に沈黙した。


「ワフ、おにーさんすごい」

「いやまぁ……それより、コノハさんは!?」

「大丈夫だよ。ちょっと切れてるが、もう血は止まってる」


 ヘたり込むコノハの肩を撫でるアリウス。彼の安堵した表情につられ、一同は胸を撫で下ろす。

「すみません、足を引っ張って……」

「コノハさんは悪くありません。それにしても人質を取るなど、同じ騎士として恥ずかしい」

「お前は騎士じゃないだろ」

 憤慨した様子を見せるヘリオス。皆はそれに苦笑いを浮かべていた。

「あ、アリウス! 腕輪は……!?」

「それも心配ない。な?」

「ガフゥ」

「フンゴ」

 いつのまにか船の縁にいたシャディの口には創生樹の腕輪が。さりげなく背にまたがる隊長ゴーレムが飛び降り、アリウスへ腕輪を手渡した。

「隊長が、私に任せろって言ったからな」

「フンゴゴ(主人達の為ならばお安い御用)」

「ガゥ……(君は何もしてないけどね……)」

 呆れ返るシャディ。アリウスはコノハを壁に寄りかからせ、身動きを封じた騎士の元へ近づこうとする。


 その時、海から巨大な咆哮が上がる。そこには船に食らいつこうとするシャグ・ジャギアーダが迫っていた。

「これは……!?」

「やべぇ! おいお前ら、早くそこから離れろ!」

 ヴィンレイは叫ぶが、アリウスが逃げようとする様子はない。むしろシャグ・ジャギアーダに向かい、創生樹の腕輪を掲げて叫んだ。


「お前の主人は俺達が預かってる! 船に手を出してみろ、主人の命はない!!」

「ギィィィチチチ……!!!」

「先にそんな手段を取ったのはそっちだ。卑怯だなんてよく言えたもんだな」

 口を閉じ、顎を打ち鳴らすシャグ・ジャギアーダ。アリウスはそれを確認すると、改めて騎士の方へと近づいた。

 兜を砕かれ、露わになった素顔は可憐なものだった。暗い水底の様な色の長髪を1つに纏め、瞳は透き通る河の水の様な青。凛とした顔は何処か美少年にも見えなくないが、鎧の隙間から覗く張りのある身体つきから女性であることが分かる。


「何で俺達を襲った?」

「あ、ぐ……!!」

「ん? あぁ、おいカリス、肩戻してやれ」

「え、でも……」

「これじゃ話せそうにないしな。手と足だけ縛っておけばいい」

 カリスは頷き、騎士の手足を縛り上げると再び肩の関節を戻す。鈍い音と小さな悲鳴と共に、腕が元の向きに治る。

「さて、もう一回聞くぞ。何で俺達を襲ったんだ?」

「……答えるつもりはない」

「お前な……」

「さっさと殺せばいい。私も生き恥を晒す気はない。……いくら目的の為とはいえ、同族を人質に取った以上…………」

 僅かに目線がコノハの方を向いた事にアリウスは気がつく。

「同族だと? まさか」

「おい何をし…………ひぇっ!!?」

 アリウスは騎士の髪を上げ、うなじを確認する。そこにはコノハと同じく、美しく輝く逆鱗が存在していた。

「ドラグニティだったのかお前……何となくそうじゃないかとは思っていたんだが……」

「やめろ!! 辱めを与えて心を折る気か!?」

「コノハと似た反応している辺り本当に……ん!?」

 突如アリウスの目の前が真っ暗になると同時に、勢い良く後ろに引っ張られた。


「何だ、誰だ!?」

「バカァッ!!! 何やってるんですかアリウス!!」

「何ってコイツが何も話さないから……」

「ドラグニティにとって逆鱗を見られる意味が分かってるんですか!? 裸を見られるのと同じなんですよ!!」


 それを聞いた周りがどよめき始める。カリスは吹き出し、ヘリオスは顔を赤く染め、ヴィンレイはニヤケ顔になる。そしてフォンはというと、

「きれーだねー!」

「やめろぉぉぉ!! いっそ殺せぇぇぇ!!」

 騎士の逆鱗をまじまじと観察。もはや襲撃時の気迫など消え失せ、半泣きになりながら叫ぶ姿は哀れだった。

「他の女の子の逆鱗を見るなんて浮気も同然です!」

「コノハが最近髪を梳かす時普通に見せるから忘れてたんだ。悪かった」

「えっ、それってつまり……いつも裸を見せてるってことと同じ……?」

「っ!!?!!?」

 カリスが呟いた言葉に、コノハの顔は真っ赤に紅潮。アリウスの目を覆い隠していた手に力が入る。

「いだだだだだ!! 目玉が出る、目玉が出る!!」

「はい皆さん! アリウスの言葉は忘れて下さい!! 忘れなさい!! 忘れて!!!」



「相変わらず賑やかじゃな」



 と、ここで天から声が響く。その声はアリウスとコノハ、そしてフォンやヴィンレイも聞いたことのある声。

 やがて渦を巻く1つの水流が船に降り立ち、消えると同時に声の主人が姿を現した。


「フィオ? 何でお前がここに……?」

「相変わらず無礼な奴じゃ……まぁ妾は心が広いから許してやろう。それはそうとな」


 フィオディーネは騎士の元へ寄る。すると泣き叫んでいた騎士は慌てて居住まいを正した。縛られた手足を器用に動かし、頭を垂れる姿勢になる。

「フィオディーネ様……」

「随分してやられたのぉ、ネディエ。貴様程の腕をもってしてもアリウスには敵わなかったか」

「この醜態、フィオディーネ様に仕える巫女として万死に値します……」

「真面目じゃな貴様は。ジルフィウスの阿呆にも見習って欲しいが……さっきイフルヴェントの馬鹿から連絡が来た」

「イフルヴェント様から? 一体どの様な……」


「あの馬鹿、創生樹の腕輪をヒューマンに渡すよう、あるドラゴンに託した、と今更言ってきてな。つまり今そこにいるアリウスが持っている腕輪は盗まれたものなどではない。正真正銘、正式にイフルヴェントから与えられたものじゃ」


 ネディエと呼ばれた少女騎士は理解が追いつかなかったのか唖然としていた。

 話題に上がったアリウスは腕輪を見つめ、首を傾げた。


「イフルヴェントって、結局何者なんだ……?」


 当然である。アリウスはマグラスから腕輪を受け取ったのだから。


続く

次回、ドラグニティズ・ファーム、


「四竜の秘密を教えましょう」


妾達の偉大さを貴様らに教えてやろう。心して聞くがよい。

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