94ページ目 呪いを追って
黒いゼオ・ライジアの襲来により破壊されてしまったラットライエルの港には、既に駐屯している騎士団が駆けつけ始めている。
少なからず怪我人は出たようだが、アリウス達がレンブラント達の元へ戻る最中で死人が出たという話は聞こえなかった。
当然、半壊したレンブラントの店にも騎士団は集まっていた。
「この辺が特に酷くやられているみたいだな」
「家主は何と?」
「いいから帰れの一点張りで……」
「エルフは変人しかいないからな……」
「……カリスと姫は引っ込んどいた方がいいな」
「僕は顔覚えられてる可能性もあるしね。というか、誰が聞いてるか分からないんだから君もお嬢様って呼びなよ」
文句を言いつつ、カリスはヘリオスと共に路地裏へと隠れる。
アリウス、コノハ、そして付いてきたフォンは、騎士団と話すレンブラントへ駆け寄る。
「破壊された家屋の修繕の件で……」
「知り合いに大工がいるからいらない!」
「しかし竜による被害は災害扱いでして、個人ではなく街や国が修理を行うと法で……」
「騎士団なんぞに借りなんか作りたくない! いいから帰りな!」
「何アホなこと言ってんだ」
騎士に噛み付くレンブラントの口を塞ぎ、後ろへと下がらせる。
「お疲れさん。コイツの店の修復、頼んだ」
「ま、まぁ、我々もそれが仕事ですので……」
騎士は若干困惑しつつも、礼をして去って行く。
一方後ろでは、フォンに持ち上げられて手足をばたつかせるレンブラントの姿が。
「ワフ、お姉さん軽ーい」
「何なんだいこの子!?」
「そういえばレンちゃんははじめましてだっけ? フォン、自己紹介は?」
「フォンだよー! ビースディア! よろしくー!」
「下ろしてから自己紹介しなっ!!」
早速打ち解けているようなので、アリウスはもう一方へと向かう。
「ニドは大丈夫か?」
「あ、兄さん。大丈夫、少し肩の辺りが瓦礫で切れちゃっただけだから」
見れば右肩に包帯を巻いたニドが鼻息を鳴らしていた。アリウスの方を向いた彼の言葉が、創生樹の腕輪を通して響く。
《心配をかけた。もう大丈夫だ》
「無理はするなよ。怪我は怪我なんだからな」
「兄さん、ニドとお話出来るんだ。凄い」
「あ? まぁ、そんなところだ」
何の疑問も抱いていない様子なので、敢えて説明はしない。
改めて自分の右手首に巻かれた腕輪を見つめる。マグラスから貰ったものの、その出所はほとんど分かっていない。
(マグラスが言っていたのは確か、イフルヴェントか。竜騎士が言ってた呪いについても知っているのか……?)
竜騎士の言っていた言葉を反芻する。
呪いと向き合う。そのために必要な事は。
アリウスはコノハの元へ戻る。
「あ、アリウス。ニドは大丈夫でした?」
「心配ない。んで、相談なんだが……あの本、持ってるか?」
「あの本……掃除の時に見つけた本です? そういえばラットライエルに来たのってこれについてジークさんに聞く為だったような……」
「とりあえず見せてみる」
コノハが懐から取り出した本を受け取り、再びアリウスはジークの所へ。
「なぁジーク、この本見たことあるか?」
「…………」
ジークは本を手に取ると、ジッと見つめたまま動かなくなる。やはり覚えていないかと、アリウスが考え込もうとした時だった。
「ヴィルガード…………」
「っ!? ヴィルガードがどうした!?」
「うーん、それしか分からないや。ところでヴィルガードって何?」
自分が発した言葉にきょとんとするジーク。どうやら彼の記憶は無くなっても、刻みつけた知識は僅かに残っていたようだ。弟が振り絞った手掛かりを信じる事にする。
「ヴィルガードに何かあるのか……」
「んー? アリウス、ヴィルガードに用事?」
と、ここでフォンがアリウスの言葉に反応する。抱え上げたレンブラントを下ろし、尻尾を大きく左右に振る。
「フォン達、これから、ヴィルガードに行くよ。一緒に行くー?」
「本当か!? コノハ、お前も行くよな!?」
「へっ? アリウスが行くならついて行きますけど……どうしたんです?」
「船で話す! 出港は!?」
「いつでも!」
聞くや否や、その場から走り去るアリウス。その後を慌ててコノハとフォンが追いかけていく。
「相変わらず騒がしい奴等だねぇ」
「僕達は行かなくていいの?」
「ニドをまだ放って置けないだろう? それに、騎士団の連中に好き勝手いじられないよう監視しなきゃ」
「相変わらずなのはレンさんもだよね」
物陰からアリウス達を見送ったカリスは大きく息を吐く。
「ここで彼らとはお別れですね。さ、行きましょうかお嬢様」
しかし返事がない。
「お嬢様? ……あっ!?」
振り返ってみれば、彼女は意気揚々とアリウス達の後を追いかけていた。
「ちょっと!? 何処へ行かれるのですか!?」
「待ってくださいアリウス! 私もヴィルガードには興味が! お供いたします!」
「ほんと貴女って人は!!」
その結果。
「…………んで、全員ヴィルガードまで?」
「ヴィンレイ、お願いね〜」
ニコニコと笑うフォンの後ろには、計4人の乗客の姿が。目を輝かせるヘリオスに対し、アリウスは苦い表情を浮かべていた。
「何でお前達まで……?」
「一度言ったら止まらない方なんだ……すまない」
「ヴィルガード……魔術と学術の都……一度訪れてみたかったのです」
「別に何人乗っても構わねえけど、旅行船じゃねぇから乗り心地は保証できないからな?」
ヴィンレイは前置すると、早速船は出港した。錨を上げた時、
「フゴッ!」
「ガウ」
「……はいはい、お前さん達もな」
小さな2人の来客が乗船している事を確認して。
船の縁に上半身を預け、アリウスが海を眺めていると、そこへヘリオスが近づいてくる。
「アリウスはもうヴィルガードには行かれたのですか?」
「まぁな。意外か?」
「少しだけ」
そうだろうな、といった具合にアリウスは笑う。
「凄い場所だったのは分かった。俺は魔法と魔術の違いすら分からないけどな」
「魔法は古代……ユーラン・イルミラージュが作り出された時から存在したと言われています。しかし魔術はここ最近、数百年前に生まれた学問です。魔法の仕組みを解明し、その機構を再現する。それが魔術と呼ばれているのです」
長々とした説明を終えると、少し距離を縮めながら得意げにしてみせる。
「詳しいな」
「本は数え切れないほど読みましたので、知識には少し自信があります。アリウスも分からないことがあったら遠慮せずにどうぞ」
「そうさせてもらう」
海風でなびく長い髪。気高さを感じさせる出で立ちを持っていながら、その目に希望と冒険心を沸き立たせている。
と、アリウスは背中に何かが突き刺さるような感覚を覚えた。恐る恐る振り返ってみると、
「…………アッ」
視線の主は、アリウスが間抜けな悲鳴を上げるに十分な迫力を放っていた。
「…………なぁ、そ、そういえばカリスが呼んでたぞ。早く行ったらど、どうだ?」
「あら? そうでしたか、ならば急がねばなりませんね」
恭しく礼をし、ヘリオスは去って行った。
すぐさまもう一度振り返る。が、既に視線の主の姿はなくなっていた。
ほっとしたアリウスは、前に視線を戻す。
「仲良しさんですねー」
「うぉっ!?」
いつのまにかアリウスの目の前に立ち塞がっていたコノハ。小さな頬は膨れ、アリウスの腹をペシペシと叩いている。
「なんだなんだ、ただ世間話してただけだ。何が気に入らない?」
「何がって……もう、察しが悪いですよ」
「んん?」
今度は頭を押し付けてくる。
よく分かってはいないが、アリウスはコノハの頭を優しく撫でる。
「うむむ、そんな事で、ふふ、機嫌が取れるほど、えへ、安くありませんよ?」
「はいはい」
言葉とは裏腹に声色も体も素直に反応するコノハ。要するにもっと自分に構えと言いたかったのだろう。
ならばと、アリウスはコノハをその腕に抱き上げた。
「わわっ!? ア、アリウス!?」
「あっちの姫様にはしてやらないんだぞ? コノハだけだ」
「わ、私だけ……」
目に見えて顔が真っ赤に染まり、にやけ始める。先程までのご機嫌斜めな顔は何処へやら、だらしなく緩んだ頬を擦り寄せてくる。
「全く…………うん?」
何処か違和感を感じ、アリウスは海を見つめる。
穏やかな波を立てていた海が、騒がしい波を立て始めている。空を飛ぶ海鳥は一斉に海面から飛び立ち、波は一層うねりを伴って大きくなっていく。
「……おかしい」
「確かに、こんな急に海が荒れるなんて……」
何やら後ろで船員達も慌て始めている。やはり異常事態らしい。
アリウスはコノハを下ろし、指揮を取っているヴィンレイの元へ行く。
「やっぱり何かおかしいんだな?」
「荒れ方が急過ぎる。気候が変わりやすいったってこんなあっという間に変わるなんて事ない」
その時、少し離れた場所から何かが飛び出した。
翼膜を携えた4つの鰭、大きく真横に裂けた口からは鋭い歯が覗き、その額からは刀剣の様な吻が伸びている。
「あれはシャグ・ジャギアーダか!? 海の中じゃザガ・バザエダスに並ぶワイバーンだ!!」
「んな危ねえワイバーンまでいやがるのか……っ!?」
アリウスの目に、またしても灰色の光景が映った。
「ヴィンレイ、先に謝るぞ、すまない!!」
「は? 何言って……ぐわばっ!!?」
間髪入れずにアリウスはヴィンレイを蹴り飛ばした。そして先程までヴィンレイがいた場所へ、一瞬光が瞬く。アリウスはそれ目掛けて剣を振るう。
透き通る様な激突音。同時に光の正体が露わとなった。
海の様に透き通る様な青い鎧に身を包んだ、美しい騎士だった。海竜の頭部を模した兜が、アリウスを睨みつける。
「誰だ、お前……!?」
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム、
「創生樹の巫女」
自然に仇なす者は、私が粛清する




