92ページ目 黒雷と蒼星
コノハが編んだ藁のベッド、そしてそれを覆うのは自分が一つ一つ積み上げた石と木の巣。中心はほんのりと温かく、そこで丸くなって寝ることがシャディの日課である。近づく春に備え、畑に積もった雪を払い、土をかき混ぜる働き者のゴーレム達を他所に幸せないびきを立てていた。
「フゴッ! フゴッフ!!」
そんなシャディへ檄を飛ばすゴーレムが1体。頭に棘を生やした隊長ゴーレムである。サボらず手伝うように言っているのだが、
「ガフゥ……」
「フゴ……(ダメだこの怠け者竜)」
テコでも動く気はないようだ。隊長ゴーレムよりも遥かに巨大になったシャディ。その背はすでにアリウスを追い越している。動かすのなら数体がかりの大作業になるだろう。
戦力にならないと判断した隊長ゴーレムが再び作業に戻ろうとした時だった。
「……グゥ!?」
突如跳ね起き、空を見つめるシャディ。何事かとゴーレム達の視線が集まる中、シャディは視線の方向へと走り出そうとする。
「フゴッ!!(待てぃ!!」
「グゥゥゥ!?(何!?)」
「ムゴ、フゴッフゴ、フガッフ!(私達の主人に危機が迫っているのだろう。ならば私も付いていく!)」
「ギュウゥゥ?(なんで分かるのさ?)」
「ムゴー(お前が昼寝を中断するなんて、それくらいの大ごとしかないだろう)」
「…………」
シャディが何とも言えない複雑な表情を浮かべる中、隊長ゴーレムは他のゴーレム達に手を振る。
「フゴンフゴ(では私は主人の危機を救いにいく。畑は任せたぞ)」
『フガー!!(ご武運を!!)』
「……ングゥ?(……戦えるの、君達?)」
瓦礫が積み重なった下で、アリウス達は静かに息を潜めている。
雷撃は止んだものの、黒いゼオ・ライジアはまだ近い場所にいる。
ワイバーンの多くは眼で獲物を探す。下手に動いて位置を晒すよりも、出来るだけ気配を消して去るのを待つ方が生き残れる確率は上がる。アリウスとカリスが新米時代に教官から教わった、ワイバーンに遭遇した時の対処法である。
「あんなゼオ・ライジア見たことない……」
「そもそも街にゼオ・ライジアが現れること自体おかしいだろ。産卵期でもないのに生息地を離れることなんて……」
少し離れた位置にいるアリウスとカリスは小声で会話を交わす。
だがその会話を遮ったのは、再び降り注いだ黒い雷の轟音。徐々に崩れた壁にヒビが刻まれていく。アリウス達が隠れている瓦礫はもう長くは保たないだろう。
僅かに開いた隙間から、アリウスは黒いゼオ・ライジアの様子を伺った。その時、初めてしっかりと姿を確認した。
黒い甲殻、否、あれは鎧。そして腹から突き出た黒い剣。
見覚えがある、なんて程度ではない。
「何で僕達だけを……!? このままじゃ……」
「…………いや、多分、だけど。お前達はここにいれば大丈夫だ」
「どういうこと?」
「こういうことだ」
アリウスは瓦礫の陰から姿を晒した。
「ちょっ!? なにして──」
「お前だろ!! 人の中から出て行ったと思ったら、今度はワイバーンに取り憑いたって訳か!!」
彼が一体何をワイバーンへ語りかけているのか、カリスには全く理解出来なかった。しかしゼオ・ライジアの方はアリウスの姿を見た途端、雷を降らせるのを止めた。
「俺を殺しに来たのか?」
『逆だ。俺はお前を取り戻しに来た。お前は俺だ。お前は俺と共にある運命だ』
創生樹の腕輪を通して言葉がアリウスの頭の中へ伝わる。身体の中が凍りつくほど冷たく、感情のない声。今まで聞いたものと同じだった。
「俺はお前と行く気は無い。先客がいる」
『いいや、行かざるを得なくなる。もう一度、大切なものを失えば気がつく筈だ』
「何だと……!?」
ゼオ・ライジアの視線の先をアリウスも追う。そこには、
「アリウス、その黒い竜は……!?」
「そうか……お前にとっちゃ、俺の弱点って事か。……その通りだよ」
「早く逃げ…………って、ふぇっ!?」
瓦礫の下から顔を出したコノハを引きずり出し、肩に担いだアリウスは全力で走り出した。
すかさずそれを追うゼオ・ライジア。放たれる黒い雷は道を焼きながらアリウス達へと迫り来る。アリウスは狭い路地に入り、人がいない場所を走る。
「やっぱりあれは……!」
「あぁ、まだ成仏してないなんてな!!」
薄暗い路地裏を抜けた先に見えた景色は、空と一体になるほど青い海。その上に立ち並ぶ船。
港だ。
「ここじゃ人が!」
「それもそうだが、逃げ道も無くなったか……!」
立ち止まるほかない。だがそんな事情など、黒い飛竜には関係ない。空を覆う翼が日を隠し、その角へ黒い電気が迸り始める。
「……アリウス、私に考えがあります」
「この絶望的な状況を打破出来る考えか?」
「それはアリウス次第。そして、そう何度も使えません。やれますか?」
「やらなきゃ炭になって終わりだ。やる」
やがて角が纏う雷は臨界に達し、枝分かれしながら地へ解放された。アリウス達がいる場所のみならず、停泊している船や貨物にまで降り注いだ。
騒然となる港。しかし煙が晴れた時、そこに塵と化した死体など存在していなかった。
「はぁ、上手く、はぁ、いきましたね……」
「確かに、何度も出来ないなこれは……」
2人の前に浮かんでいる、盾のような形をした多数の瓦礫から白煙が上っている。
雷が放たれた瞬間、抜剣したアリウスが足元の地面へ剣を叩きつけ、その時に破壊されて舞い上がった土や瓦礫を、コノハが即座に魔法で固め直して盾を作り出したのだった。魔法で強化された瓦礫達は一度きりとはいえ、2人をあの雷撃から守りきるほどの硬度。
見ればコノハは肩で息をしている。杖剣を用いたのだろうが、まだ完全に制御は出来ていないようだ。
「また走って逃げるしかないか……?」
黒いゼオ・ライジアから目を離さないようにしつつ、アリウスは次の行動を考える。
その時、黒い飛竜の背後に蒼い星を見た。まだ日は天で輝いているというのに。
星は輝くブレスをゼオ・ライジアへと吐きかける。不意を突かれたためか巨体は大きく吹き飛ばされ、海へと落下。大きく波が立つ。
星に見えたのは蒼い飛竜、リンドブルム。そしてその背に乗る銀色の騎士。
「竜騎士……!!」
と、海面が再び膨れ上がり、破裂すると同時にゼオ・ライジアが飛び出す。すぐに雷を放つが、リンドブルムもブレスで反撃。ぶつかり合い、飛び散った破壊の光が港や船に穴を開ける。
「何で彼奴が……!?」
「ど、どう、しますか、アリウス?」
「……何が出来るかは分からないが」
アリウスはコノハをその場に座らせ、2体の竜が睨み合う場へと走り出す。
その様子を、リンドブルムの背から竜騎士は見ていた。
目の前にいる邪竜から感じる気配は、かつてあの青年から放たれていたものだと瞬時に理解する。
「呪いを乗り越えたか。それで尚、呪いに好かれているとはな……」
続く
次回、ドラグニティズ・ファーム、
「予期せぬ再会」
フー、フガゴ、フガゴッグ(今助けに行きますぞ、主人!!)




