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7ページ目 出会いの街

 ラットライエルの街は、お祭り騒ぎだった。

 祭りの時期でもないというのに。

 あちらこちらで、あれはいらんか〜、これはどうか〜、と様々な店が声を張っている。


 アリウスは仕事以外で他の街を歩く事が無かったので、ついつい店の声につられそうになる。

 だがそれは、きっちりコノハに止められてしまう。

「寄り道しちゃダメです」

「いや、見るだけ。見るだけだからさ……」

「用事はとっとと済ませたいんですよ。今日は行くところが多いんですから」

 そうは言うものの、やはりアリウスは好奇心を捨てられない。先程からキョロキョロと首が様々な方向を向いている。


 すると、香ばしい香りがどこからか漂い始める。素直なアリウスの腹は、ギュルーと鳴き声を上げる。

 更に、頭から水滴が垂れてくる。雨でも降ったのかとアリウスが目線を上に上げると、

「ピィ…………」

「だよなぁ、腹減ったよなあ」

 シャディがヨダレを口の隙間から垂らしていた。一人と一匹の意見が合致する。後は……

『…………』

 シャディはおねだりするように、アリウスは懇願するようにコノハを見つめる。

「わ、分かりましたよ!」

 とうとう、折れた。



「いらっしゃい」

 浅黒い肌をした店主が応対する。

 屋台のメニューは風変わりだった。

「スティルダックの串焼きにロックゴートの串焼き、火吹きネギの串焼き……。親父さん、ここって串焼き屋か?」

「他に何屋が当てはまるんだよ。そら、早く注文しろ」

 無愛想な表情で、無愛想な台詞を吐く店主。

 アリウスが真剣に悩んでいる顔を、コノハは初めて見た気がした。正直早く決めて欲しいと思っているので、こちらは少しばかりしかめ面になってしまっていた。

 すると、意を決したようにアリウスは決断した。

「親父さんのオススメを三つ頼む」

「えぇぇぇ!? 散々悩んでそれで良いんですかぁぁ!?」

 余りに予想外な答えにコノハは驚愕していたが、店主はむっすりした顔のまま「あいよ」とだけ返す。

 ジュウウウ、という耳に良い音がしばらく続く。そして、グイッと串を突き出した。


 そこに刺さっていたのは、鼻先から鞭のような一対の触角が生えた、ウィップフロッグというカエルだった。その大きさは店主の拳より大きい。


「ひぃぃぃぃ!?」

 コノハが悲鳴をあげたかと思うと、ビタッとアリウスの背中に隠れてしまった。

「何ビビってんだ? 親父さんに失礼だろ」

「だって、だって、カエル……」

「カエルがダメだったら畑仕事なんて出来ねぇだろうが」

「小っちゃいのは良いんですよ! 触手が、触手が……って買うんですか!?」

 見ると、既にアリウスはコノハの財布をリュックから取り出している。

「いくらだい、親父さん?」

「……三本で1ドラス」

「はいよ、また来るよ。近い内に、な」

「毎度。期待せずに待ってるよ」


 割と良心的な値段だった。が、コノハは渡されたカエル串を食べる気にはなれなかった。

 アリウスとシャディは、何食わぬ顔でかぶりついている。それはまあ美味そうに。

 シャディはともかく、アリウスは何故食べられるのだろうか。まさか、騎士団の食事に出ていた訳でも無かろうに。

「……アリウス、どんな味なんです?」

「ん〜、美味いぞ。塩しかかかってないけど、本体の旨味を引き出してて」

「その……触角は?」

「グニュっとしてるけど、悪くないぜ」

「…………」

 さっぱり分からない。

 結局、コノハは自分の分をシャディに譲ることにしたのだった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 かなり街を歩いたはずだが、まだ着かないのだろうかとアリウスは感じていた。

 いつの間にか賑やかな屋台通りを抜け、人気(ひとけ)の無い路地に来ていた。

 一応、店の看板は出ている。ほとんどが錆びつき、キィキィという音を立てるだけの存在になり果てているが。

「なあコノハ……まだ着かないのか?」

「いえ、もうすぐ……あっ、ありました」

 コノハが指差した先にあったのは、一軒の店。


 〈萬屋カルフュード 何でも買います売ります〉

 入り口には丁寧な字でそう書かれた綺麗な看板が立っていた。

 萬屋、要するに何でも屋だ。

「何か……胡散臭いな」

 アリウスがボソッと呟くと、コノハは苦笑する。

「ま、まあ……中に入れば分かりますよ」

 コノハがドアノブに手をかけ、ゆっくり押す。ギイイ、と古風(アンティーク)な音をたて、店の中へ二人を招き入れる。



「いらっしゃ……って、コノハかい」

「い、一応お客だよレンちゃん!」

 店の奥のカウンターに、一人の女性が座っていた。

 精錬した様に綺麗な銀髪の三つ編みに、整った顔立ちに猫の様な細い目。雪の様に白い肌。

 そして、髪の間から覗く尖った耳。

「そっちの男前は誰だい? 見たこと無い面だねぇ」

「……アリウス・ヴィスター、ヒューマンだ。職業は騎……、畑仕事をしてる」


「畑仕事……? まあいい。私はレンブラント・カルフュード。見ての通り、エルフだ。萬屋を経営してるよ」

 そういうと、レンブラントは葉巻に火をつけ始める。火を灯した葉巻は、ふわりと煙を生み出す。

「レンちゃん! 私だけの時は良いけど、今は……」

「ん? ああ、ついいつもの癖で。悪いね。まあミントシガーだから許してくれ」

 そういうと、今度は唇の隙間から煙を生む。ミントシガーは特別な葉巻で、普通の葉巻とは違い、柑橘の様な爽やかな香りが辺りを浮遊する。

「それで、今回は何をご所望で?」

「えっと、まずは……。アリウス、リュックから荷物をお願いします」

 コノハに言われるまま、リュックから取り出し始める。

 中身は、薬品が入った瓶がほとんどだった。

「これ、全部でいくら?」

「う、ん……どうだかねぇ。ちょっと待ってな」

 レンブラントはそう言うと、瓶の中身を確認する。匂いを確かめたり、色を見たりしている様だが、アリウスには分からない。

「発酵促進剤に、塗り薬、クグロドの喉薬、サンベリーのランプオイルーー」

「すげえな、見なくても分かるなんて」

 すると彼女は素っ気なく応答する。

「まあ、職業柄ってやつさ。……さて、他はこんな所かな」

 査定が終わったらしく、レンブラントはタイプライターを弾く。

 カタカタ、カタカタ、という音と共に、合計額が示された紙が這い出てきた。

 コノハはその紙を手に取り、読み進めるていく。


 と、コノハの眉がピクッと動いた。

「レンちゃん……打ち間違えてない? おかしいよね、こんなに出して40ドラスって」

「いやぁ、でも事実なのよ。諦めなさいな」

「前はこれより少なくて70ドラスだったよ!? どうして……」

「前は需要があった。けど今は無い。それだけさね」

「うぅ、せめて50……」

「ダメ」

 その一言を聞いたコノハは、ガックリとカウンターにもたれかかる。

「そんなに種の値段高いのか?」

「ついでにちょっと買い物したかったんですよ〜。うちにも余り貯金は無いし……」

「あ〜、どうしようかね?」

「何で他人事なんですか、も〜」

 二人のやり取りを黙って見つめていたレンブラントだったが、突然ちょいちょいとコノハに手招きする。

 どうしたのだろうとコノハが近づくと、顔を寄せて囁く様に言った。



「あいつ、コノハの男かい?」

「……………………??!!」

 ガタガタッ、とコノハは前のめりにずっこける。アリウスはビクリとしたが、すぐに店の商品に目を戻した。


「な、な、な、にを言ってるのレンちゃん!?」

「アレを見てそう思わないほうがおかしいだろう。てか違うなら何者なんだい?」

「それは、ええっと……そう! お手伝いさん! それとぉ、よ、用心棒?」

「何であんたが疑問系なのさ。ふーん、用心棒、ねえ」


 レンブラントは店内をうろつくアリウスを見つめる。まるで、値踏みをするかの様に、じっくりと。

 流石に視線に気がついたアリウスは、少々不快そうな表情をする。

「何だ? そんなに怪しいか、俺」

「怪しい、と言えば怪しいね。あんた、畑仕事が職業なんて言ってたけど、前は何をやってたんだい?」

「…………騎士だよ。訳あって今は違うがな」

 成る程、と相槌を打つレンブラント。

 一体何が言いたいのかアリウスが尋ねようとした時、彼女はこう言った。




「出て行っておくれ」



「……は?」

 一瞬、理解が出来なかった。

 何故、出ていかなければならない? 何故、今更それを言った?

 コノハも同じく、レンブラントを見つめたまま硬直している。

「り、理由を聞きたいなぁ、レンブラントさんよぉ。まさか、俺がヒューマンだからか?」

「それもあるねぇ。後は、元騎士だったからさ」

「……おかしいなぁ、理解できないんだが」

 険悪な雰囲気が漂い始める。

 アリウスも多少は感じていた。レンブラントが自分を見る視線が妙に冷たかったのは。

 エルフは本来、他種族とは交流を持とうとしない種族だ。プライドが高く、気難しい性格の人物が多いためである。

 だがレンブラントは、人通りが少ない場所とはいえヒューマンの街中で店を開く様な人物だ。そんなことを口にするとは思ってはいなかった。


「あんたらがヒューマンを気に入らないのは知っている。けど、それを面と向かって言われるといい気はしないな」

「よく言うね。種族差別が絶えないヒューマンを気に入らないのはエルフだけじゃない。おまけに騎士といったら、国の命令一つで自然破壊同然に生物を乱獲する様な蛮族じゃあないか」

「偏った情報だな。騎士には国民に被害をもたらした生物の討伐以外認められてないぞ。何の根拠も無しにーー」

「ドラゴンズ・シン……」

「っ!!」

 レンブラントの放った単語に、アリウスはその言葉を止める。


 アリウスの顔色は、酷く青ざめている。


「知らない訳ないよねぇ。レオズィールが被害の減少を名目に行おうとした大規模なドラゴンの乱獲作戦。まあ、結局ほとんどが帰ってこなかったらしいけど」


 彼は、何も答えない。

 紛れもない事実だから。


「奴ら、次はドラグニティを狙っているっていう噂もあるぐらいだ。唯一、ドラゴンと繋がりがあるからね。あんたもどうやって近づいたかは知らないが、大方コノハを利用しようとしてーー」


 バンッ


 レンブラントの言葉を切るように鳴り響いた音。

 コノハがカウンターを両手で叩きつけた音だった。


「いい加減にして……!!」

 コノハの話し方は、いつものものではなかった。

「アリウスがそんな人な訳無い!! 会って少ししか経ってないけど…………レンブラントが言うような酷い人じゃない!」

 いつの間にかコノハの頬を、水滴が滑り落ちていた。

 友人が、友人を罵倒するのが耐えられなくて。

 友人に対して、感情を暴発させる自分に耐えられなくて。

 力の限り、涙声で、叫んだ。



「私の……私の友達を傷つけないで!!」




 続く

ほのぼのどこ行ったんだよぉぉぉぉ!!


という訳で7ページ目です。何だかすみません、後味があまりよろしくなくて。僕はこの小説も料理も後味はよくしたいので、申し訳ない限りです。

次回は、次回こそはほんわかに終われるようにしますので何とぞ……。


それでは皆様、ありがとうございました!

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