砂糖よりも甘い
ふんわりと甘い匂いが部屋に充満している。甘く涼しい空気を吸い込むと同時に、同居人の声がした。
「あ、おかえり。今ね、ドーナツ作ってるんだ。もう少し待っててね」
「ドーナツ?」
この甘い匂いの正体は、それか。
同居人の背後から、そっと彼の手元を覗き込む。既に何個か揚がっているドーナツに手を伸ばそうとすると、ぱしんと手の甲をはたかれた。
「颯太、つまみ食いはダメ」
「…ちぇっ」
やや唇を尖らして、拗ねたふりをしてみる。そんな俺の目の前に、奏がきつね色にこんがりと揚がったドーナツの真ん中の部分を差し出した。
「それやるから。ちょっと待ってて」
奏の手から直接それを食べ、もふもふと口を動かしながらこくんと頷く。奏はふっと微笑んだ後、再び鍋に向き直った。
俺はダイニングの椅子に座り、ドーナツを揚げる奏の後ろ姿を見つめる。腕まくりをした奏が動くたびに、腰の辺りで結ばれたエプロンの紐が揺れる。それをぼんやりと眺めながら、エアコンの涼しい風に吹かれていた。
奏がコンロの火を止め、ドーナツの乗ったキッチンペーパーを包み状にした後、何かを振りかける。包み状にしたキッチンペーパーの口を抑え、数回振る。その後、ドーナツを皿に移し、奏は此方にやってきた。
ことりと優しげな音と共にテーブルに置かれた皿の上には、小さな水晶のような砂糖がまぶされたドーナツ。甘い香りを吸い込み、目を輝かせる颯太を、奏は微笑みながら見つめていた。
「食べていい?」
「どうぞ召し上がれ。」
颯太が嬉しそうにドーナツを頬張るのを見つめ、奏もドーナツに手を伸ばした。外はサクサク、中はふわふわ。奏の願い通り、美味しく出来ている。満足そうに目を細め、奏はドーナツを頬張る。
あっという間にきつね色をした輪っか型の焼き菓子はなくなった。
名残惜しそうに皿を眺めていた颯太が、ふと顔を上げ、奏を見つめる。暫く見つめられ、次第に不思議そうな顔つきになる奏に、颯太が顔を近づけた。
「口。…砂糖、ついてる。」
するりと奏の顎に手を添え、颯太は柔く奏の唇を食んだ。
仕上げにぺろりと甘い甘い奏の唇を舐め、元通り椅子に座る
「…馬ァ鹿」
平然とテレビをつける颯太を抗議の眼差しで見つめ、奏は小さく呟いた。