2章 十三日の金曜日は28日後・・・(ウソ) 1
人違いではなかったのだ。
彼はやはり、名駅で襲撃されたときに現場にいた男だ。
──一体何者なんだ……?
取調室に一人残され、大樹はううんと唸る。
外では銃声や怒声が交錯して騒乱状態になってた。
そしてぱちんっと電灯が光を失う。
映画の通りならブレーカーをぶち壊されたあたりか。
……考えるのは後だ。
襲撃してきたのが彼女なら、再び自分を狙ってくるはず。
自分の身を護らなくては……っ。
「まずはあいつと合流しなくちゃな」
状況を確認する。
葵は三つほど隣の取調室に拘留されたはずだから、合流は難しくないだろう。
それよりもどうやって外に出るかだ。ここは六階か七階だから、窓からの脱出は不可能に近い。階段は西側と東側、それから年代モノのエレベーターが一機あったな。エレベーターは停電しているから使えないはず。二択のルートから選び、敵と鉢合わせないように祈りながら降りるしかない。
「よしっ」
意を決して、暗闇の中、廊下へ飛び出した。
真っ先に葵の連れて行かれた取調室へと駆け込む。
そして大樹を待っていた葵を、
──さぁ、困った。
葵は居なかった。
部屋はもぬけの殻だったのだ。
「あいつ、どこいったのよ……っ」
他の部屋に入る。
事務室だった。
当然葵は居ない。
「葵ぃーっ! どこーっ!?」
呼んでも叫んでも葵の姿は見当たらなかった。
このフロアには居ないのだろうか?
だとすればかなりやっかいな話だぞ。
捜索と逃走を同時にこなさなくてはならない。
それに大声を出すこともできない。
敵に位置を知らせるようなものだし、警察だって味方ではないのだ。
どうする……っ!?
「──どうするって、一人で逃げるわけには行かないでしょ!」
大樹は迷いを振り払うように声に出し、走り出した。
「あおいぃーっ!!
どこなのっ!? 返事してッ!!」
叫びながら、あてもなく走る。
危険な行為だが今は葵の安否が先決だ。
ふと気が付くと、銃撃戦の怒声が聞こえなくなっていた。
「刑事さんたち、やられちゃったのかな……」
映画ではよくあるシーンだが、現実になるとぞっとしてくる。
騒音がなくなった分、少し慎重になる必要があるか。
大樹がそう判断したとき、
──ガランガランッ!!
ドラム缶かなにか、
鉄製の物音が廊下に響き渡った。
すぐ隣の部屋だ。
葵なのか……?
葵ならもっと早く返事をしているはず。
いいや、万が一、先に相手に挑んで負傷したのだとしたら?
──確かめる必要がある。
大樹は戸をゆっくり開放し、中に進入した。
「葵……居るの?」
最初の階にあった事務室とそっくりな部屋だったが、それ以外は真っ暗で状況がわからない。気丈な大樹も少し不安になってきた。
「葵、おねがい、居るなら返事してっ」
絞った声で呼びかけながらおっかなびっくり先に進む。
部屋の少し奥でいくつかのロッカーが転倒し、瓦礫状態になっているのが伺えた。
音の原因はこれらしい、
――ガシャンッ!
突然背後で何かが倒れた。
心臓が跳ね上がる。
振り返ると、
「にゃぉん」
「……なんだ、猫か。
びっくりさせないでよ。
――あ。」
※なんだ、ねこか【何だ、猫か】
フィクションにおいて、主にトラブルが発生する直前に使われる台詞。
惨劇の予兆を見逃す行為。
俗に、死亡フラグと呼ばれる事象の類。
例文:『~脅かすなよ。……ぎやぁぁぁ!!』
「うっわ、やっべ。
やっちまった。
言っちゃうもんなんだなぁ」
ばこぉぉぉぉぉーんっ!!
瓦礫ロッカーから何かが飛び出す。
ホッケーマスクを被った怪人だ!
「ぎゃーっ! やっぱりなんかいたぁ!!
てか警察署内で『何だ、猫か』は不自然すぎるだろッ!!」
よくよく考えてセルフでツッコミ。
それはさておき、怪人は大樹に向かって血糊の付いた鉈を振りかざした。
大樹はわぁやと悲鳴を上げて逃げ出す。
怪人は背後から盛大な物音を立てて大樹を追跡してきた。