最後の眷属
「それで、具体的にはどうするの?」
大樹の質問に、サクラさんが答える。
「まずは熱田神宮にいこっか。
手がかりがあるかもしれないから」
『上前津ー、上前津。
鶴舞線に乗り換えの方は──』
地下鉄は大須をやや過ぎ、上前津駅に到着した。
とりあえずの目標の金山駅までもう少し、熱田はその先だ。
そういえば、運転手はブギーマンとして、車掌は一体誰がやっているのだろう?
──もう一人ブギーマン居たりして。だったらやだなぁ。
上前津を出発しようといったん閉じたドアが、急に、一度開いて再び閉じる。
駆け込み乗車のようだ。
……ん?
「……ねぇ、名古屋の人はみんな消えちゃったんだよね?」
二人に尋ねると二人ともそうだと頷いた。
「じゃあいまの駆け込み乗車は、誰?」
「あ。みつけたよーっ!」
はつらつとした声で、再びとなりの車両から女性客が乗り込んでくる。
褐色の肌に、ショートヘア、一見だと少年と見間違えそうな中性的な顔立ちで、この寒い中まさかの薄いTシャツとデニムのハーフパンツというスタイル。腕にリストバンド、手にはサポーターを着用したスポーティな装備だ。
「キミが大樹ちゃんだね!? 名古屋中を探したよっ!!」
「あら、カフイちゃん」
サクラさんが笑顔で手を振る。
「サクラ先輩、やっほーっ!」
そうか。今まで六人のホラーパロディに出会ってきたが、オロチ神の眷属は七人存在しているのだ。……どうやら彼女が最後の一人らしい。
「葵ちゃんが倒れて、映画が中止になったからびっくりしたよ。
ボクの出番がなくなっちゃったじゃないか」
「それは、なんというか……ご愁傷様。
えっと、自己紹介したほうがいいの?」
大樹が言うと、
「ううん、そんなの要らない。
──それよりボクと勝負してよッ!」
言うが早いか、カフイは拳を振り上げて大樹に飛び掛ってきた。
「え、ちょ、うひぃっ!?」
咄嗟に床に転がり、回避する。目標を失ったカフイの拳は、座席に激突し、なんとクッションにボコンと穴を開けたのだ。
「い──っ!」
軟材に拳で穴を開けるのは、ある意味鉄板を打ち抜くよりも難しい。
刃物や弾丸のように、力を一点に集中させなくてはならないからだ。
「カフイちゃん、危ないなぁ」
サクラさんが非難してる……らしい。
笑顔だからちょっとわかりづらい。
「だって、ボクは大樹ちゃんと会うのをたのしみにしてたんだよ!
葵ちゃんを妹分にしちゃうなんて、キミ、すっごく強いんでしょ!?」
「まてまてまてまて! なんかいろいろ誤解してるぞこの体育会系!」
「誤解はいつだって拳で解くものだよ!」
腋を閉めたワンツーパンチが、ドヒュンという恐ろしい音を立てて大樹を襲う。
「あわわわッ!!」
「どうしたのさ!? 避けてばっかりじゃ、勝負にならないよ!!」
「避けなきゃ死ぬだろお前のパンチ!!」
「カフイちゃん、おいたはだめよ。
今はそれどころじゃないの」
サクラさんがめっと叱り付けるが、聞く耳持たず。
「……言っても無駄。カフイは脳みそ筋肉」
シロがそう呟いて、大樹の前に躍り出た。そしてカフイの拳を片手で止める。
ドォンッ! という衝撃の余波が大樹にまで伝わってきた。
もはや格闘漫画である。
「シロ先輩……!?」
「言っても無駄なら実力で止める」
そして至近距離でショットガンを容赦なくぶっ放した。
カフイは銃身の下に潜り込み、その一撃を回避すると素早く反撃、しかしそれもシロの片手で止められてしまう。
「なんで邪魔するのさ!? ボクは大樹ちゃんと戦ってみたいだけなのに!!」
「さっき言った。今はそれどころじゃない」
「だってそれ、ボクには関係ないもん!」
「……カフイちゃん」
どこから取り出したのか、サクラさんも巨大なマチェットを突きつけて言った。
「わがままをいうなら、サクラさんもちょっと怒っちゃうかも」
相変わらず笑顔で言うもんだから余計に怖い。
大樹もやっと体制を建て直し、警棒を構える。
狭い車両に、三対一。
さしものカフイも動きが止まった。
ガタン、ゴトン……。列車の走る音が、緊迫の中やけに響く。
──悪い奴ではなさそうだから、これであきらめてくれればいいが……、
「よーし、わかったよ!
三人纏めてかかってこーい!!」
「なぜそうなるんだ!?」
さすが脳筋、いろんな理屈をすっ飛ばしてしまった。
カフイは少し距離を作り、
「先輩たちが映画の役でかかってくるなら、ボクも! ハァァァァッ!!」
おいおい、なんかポーズ決めて発光してるぞ。
「そ、そういえばあの子はなんのパロディをやる予定だったの?」
「なんだったかしら。エイリアンじゃなくて、ぷ、ぷ、……プレジデント?」
「違う」
サクラさんのボケを、シロが訂正する。
「〝プレデター〟」
「へんっしん──ッ!!」
ピカ──ッシャッッキ────ンッ!!
謎の閃光と謎の効果音。
そして重装備になったカフイが姿を現す。戦国武将の鎧兜をすっきり纏めてSF風にした、そんな印象のスーツに、刃が両端についている長いランス。むき出しの顔は、
「フェイス、オン!!」
の掛け声でフルフェイスマスクを着用して、変身完了。
「宇宙戦士カフィ!!」
ファイティングポーズの後、ドゴォーンっとバックファイアー。
「こらこらこらこらこらーッ!! プレデターは特撮ヒーローじゃねぇぇッ!!」
「あら、違うの?」
「えー、違うの?」
サクラさんとカフイの惚けた声。
「違うわよ! 言われてみればなんかデザインそれっぽいけど全然違うわよ!」
──説明しよう! 宇宙戦士カフイははるか成層圏に待機している母艦より電送される強化服T・ver.SKを着装することにより……、
「なんだこのナレーション!?
どっから聞こえてくんのよ!?」
──では変身のプロセスをもう一度見てみよう!!
「いらんいらん!
なんで確認の必要があるんだよ!?
そもそもプレデターはB級でもホラーでもねぇ!!」
「あら、違うの?」
「えー、違うの?」
「ちっげぇぇぇぇ!! つうかお前ら全般的に元の作品みてねぇだろ!!」
「だって、ボクらは葵ちゃんの指示通りにしてるだけだよ?」
あいつ、ナメやがって。
殺す、助けた後絶対殺す。
「もー、そんなのどうだっていいんだよ!
いっくよぉー!!」
カフイがランスを振り翳し、正面から突撃してくる。
その往く手をシロが阻んだ。
『東別院ー、東別院ー、御降りの際はお足元に……』
ちょうどそこで電車が駅に到着する。
「行って」
シロが言った。
大樹は頷き、葵を抱える。
「えっと。〝あいるびーばっく〟」
シロが親指を立てて天に向かって腕を伸ばす。
やや得意顔のところを申し訳ないが、溶解炉のシーンとごっちゃになってるぞ。
「むぅ、行かせないよ!」
カフイが喰らいつく、が、シロのショットガンがそれを許さなかった。
葵を抱えた大樹とサクラさんが車両から飛び出す。
「わーッ!!
せっかく大樹ちゃんに会えたのに!
シロ先輩のばかぁぁぁぁぁ!!」
「そんなに喧嘩がしたいなら、相手になる」
対峙する二人を乗せ、扉が閉まる。
ガタン、ゴトンと走行をはじめ、トンネルの向こうに消えていったところで、
バァァァァァン!!
爆発音が響いて、嗅ぐだけで具合の悪くなる匂いの煙がホームに漂ってきた。
「……、いこっか」
サクラさんに促され、大樹は地下鉄の出口への階段を上り始めた。