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シネマね!~剣とナゴヤがB級ホラー~  作者: 山田中ミキヤ
前章 剣とナゴヤがB級ホラー
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「〝私がなにをした〟? ……あなたは〝逃げた〟のよ」


 一体どうなったんだ──大樹は恐る恐る目を開いた。




 霧はすっかり晴れ、蛇の群れもまさしく霧散したように姿を消してしまった。

 流れに飲まれたのだろうか?

 あんなにいた人々は影も形もない。

 ただ一人、葵だけが床に伏せていた。


「あおいッ!」

 駆け寄ろうとする大樹の前を、何かがふさいだ。

 オレンジの髪──ユズだ。


「どきなさいよっ!」

 大樹は警棒を構え、突撃する。

 敵は包丁を持ち出し、鍔迫り合いに発展した。


『ユズ、もう結構ですのよ。

 もともと須藤大樹なんて、どうでもいいのですわ』


 アカリは他人事のように言うと、葵の元に歩み寄った。


『その娘を狙って葵の動揺をさせるのが目的ですもの。

 東京なり何なり、どこへなりと行かせておしまい』

「嫌だ」

 ユズが大樹を睨み付けて言う。

「葵をこんな目にあわせた、こいつが許せない──ッ!!」

「ふざけんなっ!

 私がなにをしたっていうの!

 葵をこんな目にあわせたのはあんたたちじゃないッ!!」

 大樹は激昂した。今すべきことはわかる。

 こいつをやっつけて、葵を取り戻すんだ!

 大樹とユズは激しい衝突を続けた。


『〝私がなにをした〟?』

 両者の譲り合わない攻防とは裏腹に、アカリは冷めた口調で言った。

『あなたは〝逃げた〟のよ』


 ユズのナイフが翻る、だが必死に致命傷を与えようと力任せの動きだ。

 小競り合いならこちらのほうが上手と見切った。

「いいかげん、話を小出しにするんじゃないわよ!

 待ってろ、今そっちに言って、全部吐かせてやるッ!!」

 威勢よくそう怒鳴るが、目の前の敵が意地で通してくれない。

 持久戦に持ち込みたくはないが──ッ!



『わたくしは決して隠すつもりもございませんのよ。ただ、失格のあなたにお話しする義務など無いだけで』

「失格失格って、わけわかんないこと好き勝手言いやがって!

 私が何から逃げたっていうのよッ!!」



 するとアカリは呆れたように、はあ……っとため息をついた。

『何を今更……。

 あなたは逃げたのでしょう?

 〝実家〟、そしてこの〝名古屋〟から』


「え」


 葵と、大樹の実家と、こいつらと、

 ……名古屋?

 大樹には繋がりがまだよくわからない。

 とにかく、敵が待ってはくれない。




『前述の通り、葵はこの名古屋を護る土地の神ですの。

 神体を失って久しい故に、ずいぶん頼りないですが』

 こちらが理解していないのを汲んだのか、アカリはさも面倒そうに続けた。

『そしてあなたは土地神を祭る一族の末裔。

 偶然にも、千年ぶりに現れた、恐ろしく力の強い巫女だった。

 神楽無くとも土地神と交流できてしまうほど、力が強い巫女ですのよ。

 はっきり言って常識外れですわ』


 大樹とユズの競り合いは続く。相槌を打つ余裕は無かった。


『一年前。土地神はあなたに一つ、神託を告げに実体化した。

 あなたは強い力を持っている。その力で、自分の神体を探してほしいと』

「一年前……?」

 一年前といえば、オンボロ映画館で泣き喚いていた葵と出会った頃だ。

「映画館でぴーぴー泣いてたのは私に会うためだったのッ!?」

『そう。映画に驚いて言いそびれてしまったようですが』

 なんつー間抜けな神託なんだ……。

 葵らしいといえばその通りだが。


『その日以来、葵はすっかりあなたに懐いてしまった。あなたに嫌われたくないと、人にあらざるということを言えないまま時間ばかりが過ぎて行った。

 それどころか、あなたが神事の家の生まれを嫌っていると知ってしまった。

 ますます話が出来ないまま、ある日あなたはこう言い出した。

〝名古屋を出て行く〟……と』

「………………」

『それがどういうことか、あなたと葵の認識には大きなズレがありましたの。

 強大な力を持った巫女は、しかし家を継がずに外へと逃げていく……。

 あなたの家が途絶えてしまう。分家が継ぐとしても、神体の発見は絶望的。千年以来のチャンスをふいにしてしまう──』

「だ……だから、名古屋をホラー映画にしたっていうの……?」

『そうですわ。あなたが愛している世界に変えてしまえば、考え直してくれるからと。

 耳障りはいいですが、要するにあなたを閉じ込めておきたかった』

 そこで初めて、アカリは微笑んだ。

『先ほどご覧のように、葵はオロチの神ですから。わりとねちっこいのですわ。

 自分から逃げていくものを、絶対に逃がさない。そういう執念であなたを見ていたのでしてよ』


「待ってよ!

 私は葵から逃げてなんかいないわ!!

 葵が土地神だなんて知らなかったのよ!

 相談さえしてくれれば……ッ」


「ふざけるなッ!!」

 大樹の言葉を遮ったのは、目の前のユズだった。

「相談さえしてくれれば!? お前から家の話をする機会はあったはずだ!!

 泣いて止める葵を振り切ったのはお前のはずだ!!」

『何も話さず、嫌われたくないから黙っている。

 互いが互いに、嘘はついていないと自分に言い聞かせて。

 その結果が、〝知りませんでした〟。

 ……それを〝茶番〟と申しておりますの』


 大樹はあとずさった。

「……い……っ」

 なにか、反論しなくては。


 言い返さなくては。


 自分も葵も否定されたままだ──っ


「いいかげんにしてよっ!

 私は、家に何もかも縛られっぱなしなの!?

 なによっ! せっかく出来た親友も、結局家がらみだったってわけ!?」


 ちがうちがうっ!

 そんな事を怒鳴りたいわけじゃないんだ!

 自分と、葵は、いかに通じ合っていたか……意地っ張りで、家にも馴染めず、本当に気の合う友達も居なかった一人ぼっちの自分に、あの子がぴったり付いて来てくれたのがどんなに嬉しかったのか、それを、


「もうそんなのうんざりなのよ! 私が子供の頃、どんなことさせられてたと思うの!?

 朝から晩まで祭事や剣術の訓練をさせられてっ!!

 好きなことも出来ずに、好きなことは全部否定されて!!

 やっと、やっとそれから逃れられると思ったのに……っ」


 …………。

 ああ、そうか。

 自分は、結局逃げていたのか……。

 どんなに葵を案じていても、置いていくと決めたのは自分じゃないか。


 大樹は、がくりとひざを突いた。


『ですから、失格と申しておりますの。東京なり何なり、お好きになさい。

 ……ですが、よろしいこと? どこに行っても生まれは変えられない。

 生きた道から逃れることなど出来ない』


 アカリはつかつかと大樹の前に歩み寄り、腕を組んで言った。


『血とは家とはそういうものでしてよ』

「…………、けんな」

『え?』


 大樹の眼光がギラリと輝いた。


「ふざけんなああああああああああああああああああああああッ!!」


 意気消沈から一転、猛然と立ち上がり、唖然とする敵二人の脇を駆ける。

 そして放置された葵に向かって、タッチダウン!


『しまったッ!!』


 アカリの悲鳴。ざまあない。

 大樹は葵を抱えて、怒鳴った。

「ごちゃごちゃごちゃごぉーっちゃごちゃ!!

 御高説垂れてんじゃないわよ!!

 嘘が混じろうが隠し事があろうが、ダチはダチよ!!


 お前らにっ!


 合否をっ!


 決められてたまるもんですかッ!!」


『なんて往生際の悪いッ!!』

「あいにくとお利口さんじゃないんでな!

 バーカバーカ!!」

「葵から離れろぉぉぉぉッ!!」

 ユズが猛然と突撃してくる。

 葵を抱えては戦えない。大樹は一目散に逃走を始めた。




 人がぱたりと消失したクリスタル広場を、テレビ塔方面に走る。

 葵は異様に軽かった。まるで綿を詰めた袋を抱えているようだ。

 やはり人間じゃないと実感させられる。

 人──じゃなくて、神様を抱えた大樹に、この追いかけ合いは不利だった。

 なにか、転機はないのか。

 焦る大樹を、更に絶望的な状況が襲う。

 曲がり角から、ぬっと人影が現れた。

 小柄で真っ黒の、インパクトのあるファッション。

 ターミネーターもどきの少女……敵の増援だ。

 彼女はショットガンを構えると、こちらに銃口を向ける。

 後ろからは、恐ろしい形相でユズが迫ってくる。


 挟まれたか──ッ、


「……伏せて」


 ターミネーターもどきが、そう呟いた。

 大樹は体を屈めた。


 ドォンッ!

 昨晩鳴り響いたのと同じ砲声が、地下街を揺るがす。


「シロォッ!! お前ェッ!!」


 ユズが絶叫する。

 シロと呼ばれた少女は、表情も変えずにリロード、発射。


 ドォンッ!!


 そして大樹たちの側まで来ると、追撃にドォン! とやり、


「来て」

 と抑揚の無い声で言った。

 直後に、首を傾げてあっと呟くと、今度はこう言った。




「死にたくなかったら、ついてきて」

 ターミネーターのパロディをやり損ねて、台詞を修正したらしい。

 なんとも律儀な子である。

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